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    tyaba122

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    tyaba122

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    case:3 ライブ会場誘拐事件 前編
    終わらないので前後編。
    前半のルツのターンが無ければ五千字でここまで行けた気がする…。救出までは難しいけど。
    絶対変な所あるので、ふわーっと読み流してください。

    黒星を追う 3-1※前回のあらすじ※

    グラタンが美味しかった。

    以上
    なんでも大丈夫な人のみでお願いいたします。

    ―――

    「…二人でなにしてんすか」
    「あぁ、いい所へ来たね東雲くん。助けてくれないかい?」
    「無理っすね」
    リビングのソファーやテーブルには、これでもかと言うほど服が散乱している。フリルのついたシャツや、派手な柄の物から落ち着いたデザインの物まで様々だ。それらを次々に手に取っては目を輝かせて類の体に当てる瑞希を、呆れた様子で彰人が見やる。彰人は状況を何となく察したが、助ける気は無さそうだ。
    「類がデートに行くんだって! これはお洒落しなきゃダメでしょ!」
    「へぇ。センパイも他人に興味持つんすね」
    「僕をなんだと思っているんだい? というより、デートではないと何度も言っているよね? 瑞希」
    「最近類が通ってるカフェの可愛い店員さんでしょ? まだ通い始めて一ヶ月なのに、手が早いねぇ」
    にまにまとした顔で類を見る瑞希に、類が深い溜息を吐く。
    国際特別捜査官である類には、寧々の他にも二人の仲間がいる。アメリカで知り合った特別捜査官の東雲彰人と、寧々同様学生の頃から付き合いのある暁山瑞希。二人とも類と同じ国際特別捜査官で、今回Xの調査を一緒にする為、類と共に日本に帰国してきた。
    この家には、寧々を含めたこの四人で共同生活をしている。Xを捕まえたらまたアメリカに戻る予定になっているため、一時的な住まいだ。
    「センパイの帰りが遅くなるなら、夕飯はどっか食べに行くか」
    「あ、じゃぁ、ボクらも類の行きつけのカフェでご飯にしよーよ! いつもは類が連れて行ってくれないけど、今日はデートで類もお店にいないし」
    「瑞希が行くと、仕事の邪魔をするでしょ」
    「しないよ〜! 類のどこが好き? って相手の子にちょ〜っと聞くだけだよ」
    楽しそうな瑞希に、類が肩を落とす。それが嫌なんだ、という言葉を飲み込み、類は彰人の方へ目を向けた。我関せずな彰人は、態とらしく類から顔を背けている。
    そんな彰人に、類は「何かあったのかい?」と問いかけた。彰人がここに来たと言う事は、何かあるのだろう。そう判断した類は、適当に散らばっている服の山から一着選び、それにさっさと着替え始める。
    「いや、この前の朝比奈一家の事件で逮捕された犯人の自宅を捜査して、引き出しから“犯罪指示書”がでてきたじゃないっすか」
    「あぁ、確か彼女、意識不明だったけど、つい昨日目を覚ましたそうだね」
    「犯人の自宅から押収したパソコンに、昨日メールが届いたそうで」
    「…メール?」
    彰人の言葉に、類が顔を上げた。彰人は、手に持っていた一枚の紙を類に差し出す。それを受け取った類は、すぐにそれに目を通した。宛先はごく一般的な名前だが、偽名なのだろう。そう悟った類が、彰人に目を向ける。
    「アドレスは?」
    「ダメでした。こっちから返信も出来なければ、手がかりもない」
    「…そう」
    文面に書かれているのは、たった一文。『躊躇ってはいけないと言ったのに』、そう書いてあった。その文字を何度も読み返して、類は口元に手を当てる。
    (躊躇っては…、もしかして、未遂で終わったからか…?)
    意識不明の重体ではあったが、今回の被害者は一命を取り留めた。それを知ったXが、このメールを犯人宛に送った、という事だろう。そう考えた類の頭の中に、一つの疑問が浮かぶ。
    被害者が一命を取り留めたと知るだけの情報収集力がありながら、何故実行犯が逮捕されたと知らないのか。そんな事があるはずはない。クライアントからの連絡が途絶えればすぐに分かるはずだ。そして、捕まったと知ったから、Xはクライアントとの連絡手段を絶ったのだろう。つまり、Xは警察がクライアントのパソコンを押収していると知った上で、このメールを送ったと言うことだ。その結論に至った類は、小さく息を吐いた。
    「本当に、面倒な相手だなぁ…」
    こちらの動きを把握されているような、気持ち悪さがある。類はそう心の中で小さく呟き、部屋の隅に置いていた鞄を持った。
    「なにか新しい情報が入ったら連絡をしておくれ」
    「はいはーい! いってらっしゃ~い」
    彰人に紙を渡し、類はリビングの扉を開く。上機嫌な瑞希は、ひらひらと手を振って類を見送った。
    そんな瑞希をちらりと見た彰人は、類の背中が見えなくなると詰めていた息を吐きだした。
    「ほんとに見つかるのかねぇ、Xなんて」
    「まぁ、類の言う通り、日本にはいるみたいじゃん。こんなに連続してXの指示書が出てくるんだから」
    「どっちかっつぅと、センパイの周りで事件が起こってる気がするけどな…」
    はぁ、と深い溜息を吐いてそう言った彰人の言葉に、瑞希は黙ったままリビングの扉を見つめ続けた。

     *

    事の発端は、二日前の事だ。
    知り合いがライブを行うので兄弟で行く予定だったが、急遽妹に外せない用事が出来てしまい、チケットが一枚余ってしまっている。緊張した様子の司くんにそう切り出され、『それは困ってしまうね』と返した。どう返事をすればいいか分からなかったからだ。けれど、一瞬傷付いた表情をした彼が、『一緒に行ってくれませんか?!』とすぐさま僕に尋ねてきた。遠回しに誘われていたのだとそこで漸く気付き、二つ返事で返した。誘ってもらえるとは思ってもみなくて、彼に恥をかかせてしまったかもしれない。司くんからのお誘いなら、断る理由もない。行きつけの店の店員である彼には、普段からお世話になっているからね。
    (それに、彼と仲良くなれているのは、嬉しいからね)
    いつもは店内でだけ話す程度で、友人と呼ぶにもまだ日は浅い。司くんからしても、僕は常連客の内の一人という認識だろう。そんな彼が、妹さんの代わりに僕を誘ってくれたのだ。嬉しくないはずがない。
    待ち合わせ場所で待ちながら、スマホで時間を確認する。少々着くのが早すぎたようだ。待ち合わせの時間まで三十分もある。遅れてはいけないと早く出たけれど、これは少し早すぎる。
    (それだけ、僕も楽しみにしていた、ということだろうか…)
    最近は、調査以外での外出は、あのカフェに行くときだけだった。久しぶりに別の用事で出かけることになったから、無意識に気合が入ってしまったのかもしれない。何故だか理由は分からないけれど。
    そんな風に考えながら、スマホのロックを開く。メッセージアプリを起動すれば、一番上に新しい連絡先が表示されていた。今回彼と出かける事になった為、司くんと連絡先を交換することになった。この歳になると、交友関係を築くなんて中々ないから、なんだかむず痒いな。
    「類さん…!」
    そわそわとした気持ちを落ち着かせようと深く息を吸ったところで、正面から声がかけられた。顔を上げれば、少し驚いた顔をした司くんが、小走りでこちらに駆け寄ってくる。カフェで見る服装とは違う、少しラフな格好だ。サイズの大きなパーカーだからか、手が半分程袖で隠れてしまっている。歳は四つ程しか離れていなかったと思うけれど、服装のせいかかなり幼く見える。
    その為だろうか、目の前の彼が、いつもより可愛らしく見えた。
    「待たせてしまいましたか?」
    「いや、僕が少し早くついてしまっただけだよ。司くんこそ、早いね」
    「類さんに会うのが楽しみで、落ち着かなくて…!」
    照れたように笑う司くんに、思わず息を飲む。素直というか、正直というか、直球でこういう事を言われてしまうと、どうにも気が抜けてしまう。悪い気がしないから、余計にこちらが戸惑う。
    僕が黙ってしまったからだろう、数秒不思議そうにしていた司くんは、ハッと何かに気付き、袖で半分隠れた手を顔の前でぶんぶんと振り始めた。
    「あ、あのっ、変な意味はなくてっ…!」
    自分の発言の意味に気付いたのだろう。誤魔化そうと必死に言葉を探す姿がまた可愛らしい。「類さんと仲良くなりたくてっ…」とか、「普段はあまり長く話せないからっ…」と、次々に彼の口から言葉が飛び出してくる。真っ赤な顔が更に赤く染まっていくのを見て、思わず吹き出してしまった。なんとも可愛らしいけれど、余計に恥ずかしい事を言っていると、彼は気付いているのだろうか。
    まだ何か言おうとする彼の口元に指先を当て、「司くん」と名前を呼ぶ。ハッ、として口をつぐんだ彼は、薄っすらと涙の滲む瞳で僕を見上げた。なんだか、意地悪をして泣かせてしまったような気分だ。
    「僕も、朝から君に会うのが楽しみだったから、お互い様だね」
    「んぇっ…?!」
    ボフッ、と小さな爆発音が聞こえそうな勢いで顔を赤くさせた司くんが、口をぱくぱくと開閉させる。そんな金魚のような彼の反応がまた可愛らしくて、つい「ふふ」と声が零れた。
    彼の手の甲へ指を触れさせると、真っ赤な顔をした司くんの視線が手元へ向く。
    「そろそろ、行こうか」
    「……は、はい…」
    「まだ少し早いから、ゆっくり、ね」
    緊張で硬くなる彼の手に僕の手を重ねて、そっと握る。ゆっくりと手を引けば、彼は俯いたままついてきてくれた。恐る恐る握り返された手に、ほんの少し胸が掴まれたような苦しさを覚える。手が熱い気がするけれど、気のせいかな。そう自分に言い聞かせ、彼とは反対の方へ顔を向けた。
    何故だか、今司くんの方を見るのは、緊張するな…。

     *
    「家が近所で、小さい頃はよく一緒に遊んでいたんです」
    「そうだったんだね」
    目的地であるライブ会場が近付くと、司くんの緊張も和らいできたようだった。彼の緊張が移っていたのか、司くんがいつもの調子を取り戻すと、僕の緊張も自然と落ち着いてきた。今日は、四人組アイドルのライブで、メンバーの一人は、彼の知り合いだそうだ。
    会場が近づくにつれ、壁や掲示板や柱に張られたポスターの数が増えていく。なんとなく見たそのポスターに映る女性たちは、四人とも綺麗な子たちだ。どの子が司くんの知り合いかは分からないけれど、こんな子たちが知り合いで幼い頃から仲が良ければ、好意を持ってしまっても不思議ではないだろう。態々お店の休みを取ってライブに来るくらいだ、そういう事かもしれない。
    (何故だろう…、少し、落ち着かないな…)
    収まったと思ったけど、まだ緊張しているのだろうか。ちら、と隣に目を向ければ、彼はスマホのメッセージアプリを開いて、何かを打っていた。スマホを操作するなら、繋いだままの手は邪魔かもしれない。周りに人も増えてきたので、男二人で手を繋ぐのは目立つだろうね。そう思って、そっと指先の力を抜く。自然を装ってゆっくりと手を離せば、驚いた表情をして司くんが、すぐさま僕の手を掴んだ。
    「あ…」
    無意識だったのだろう。目をぱちぱちとさせた彼が、掴んだ僕の手をじっと見つめ、数秒程固まる。けれど、次の瞬間、我に返ったように顔を一気に赤くさせ、パッ、とその手を離した。「すみませんっ…!」と大きな声で謝る司くんが、持っていたスマホを両手で持ち直し、僕から一歩離れてしまう。
    「…すまないね。メッセージを打っていたから、繋いだままだと打ちづらいと思って…」
    「お、オレの方こそすみませんっ…! 気を遣ってくれたのに…」
    持っていたスマホをポケットにしまい、司くんが僕の隣に立つ。突然手を離したから、驚いたのだろう。次からは、一言声をかけた方がいいかもしれないね。心の中でそっと反省し、眉を下げて困った表情をする司くんに にこりと笑って見せる。
    存外、彼は甘え上手なのかもしれない。カフェで見る彼はしっかりした青年の印象があるけれど、今日の司くんはどこか年下の幼さを感じる。普段は妹の面倒をよく見る良いお兄さんだと、以前青柳くんは言っていたけれど、こういう一面もあるようだ。
    (そういえば、あの店の店長は青柳くんだけれど、彼より司くんの方が歳は一つ上だったね)
    妹さんと同い年の青柳くんも、司くんにとっては弟の様な存在なのかもしれないね。気恥しそうに顔を背けて黙ってしまう司くんに、つい、口元が緩んでしまう。こんな風に司くんが甘えるのが、僕だけだったら、嬉しいかな。
    まぁ、僕と彼が知り合ったのはつい最近だから、そこまで彼の特別になれるはずもないけれどね。
    「まだ時間があるみたいだけれど、どこかのお店で時間をつぶすかい?」
    話題を切り替えるために問いかければ、司くんがパッと顔を上げる。「それなら、」と口を開いた司くんは、僕の方へ体を寄せた。ちょいちょい、と手招きをされ、ほんの少しかがんで目線の高さを合わせる。と、内緒話をするように司くんが口の横へ手を立てた。
    「ライブ前に挨拶をしたいので、一緒に裏口からか控室に入ってもらえますか?」
    「…いいのかい? 僕は部外者だけれど」
    「大丈夫です。今さっき許可は取ったので」
    画面の消えたスマホを僕に見せる様に上げた司くんが、二ッ、と笑う。どうやら、先程メッセージのやり取りをしていたのは、その知り合いのアイドルの子のようだ。本当に、抜け目がないというか、ちゃっかりしているというか…。こういう所を知っているからこそ、先程の幼い子どもの様な甘える姿が印象強く感じてしまう。
    「問題がないなら、付き合うよ」
    「ありがとうございます!」
    頷いて返せば、彼はパッと表情を綻ばせた。花が咲く様なその笑顔に、息を飲む。初めて会った時から思っていたけれど、彼の笑顔は目を引くものがある。キラキラと輝いているようにさえ感じて、目が離せなくなる。この笑顔を、ずっと見ていたいとさえ思ってしまう。どうも僕は、自分が思っている以上に彼に惹かれてしまっている様だ。
    年下の子相手に、僕は何を考えているのか。はぁ、とバレないようにそっと息を吐いて苦笑すれば、司くんがそっと手を差し出してくる。ほんの少し震える手は、戻るか迷うように指先を丸め、けれど恐る恐るゆっくりその掌が開く。そんな彼の手に目を瞬くと、彼は気恥しそうに顔を俯かせ、小さな声で、「て…」と呟く。
    「…つ、ないで…くれ、ますか…?」
    断られる事を怖がるように、司くんの震える声がなんとか言葉を繋ぐ。そんな彼の言葉に、胸の奥できゅぅ、と聞いたことのない音が鳴った気がした。
    (………ぁ…、可愛い…)
    そんな間の抜けた考えで、頭の中が塗り潰される。
    僕の返事を待ちながら、逃げる様にほんの少し後ろに後退る司くんが小動物の様に見えてしまう。思わずその丸い頭を撫でて、抱き締めてしまいたくなる衝動をなんとか抑え、自信なく下へ下がっていく彼の手を掴んだ。掌を合わせるようにして繋げば、薄っすらと涙の滲む瞳が僕を映す。
    「僕も、司くんと手を繋いでいたいな」
    君だけではない、と伝えるためにそう口にすれば、司くんの表情が安堵したように柔らかくなる。へんにゃりと眉が
    下がり、気恥しそうに破顔する司くんは、力強く僕の手を握り返してくれた。
    瑞希には、『デートではない』とはっきり言ったけれど、もしかしたら、デートだったのかもしれない。そう思ってしまう程、彼から向けられる僕への好意を勘違いで見て見ぬフリが出来ない。手を繋いだだけで嬉しそうな雰囲気を醸し出す司くんを、ただの【行きつけの店の店員さん】で片付けたくはない。今まで気付かないフリをしていただけで、僕は相当彼を気に入ってしまっているようだ。
    (さすがに、巻き込みたくはないな…)
    静かなカフェで穏やかに過ごしている司くんには、このまま変わらず平和に過ごしていてほしい。静かなクラシックの流れる店内で彼らしい接客をしながら、幸せでいてほしい。そう願うなら、初めから関わらなければ良かったな。
    「類さんはミステリーとかを読みますか? オレは、冬弥に薦められて読み始めたんですが、気付いたらハマってしまって…! 最近読み終わったのは、外国の作者が書いた本で…」
    「司くんは英語が得意なのかい?」
    「実は苦手なんです。辞書を片手に頑張って読んだんですよ」
    「そこまでして読むなんて、司くんは本当にミステリーが好きなんだね」
    楽しそうに話す司くんの話に耳を傾ける。それがとても落ち着く。彼の声は、結構好きだ。男らしい少し低い声で、けれど話し方が穏やかだから、聞いていて癒される。お店で接客する時の元気で明るい声音も良いけれど、彼と二人で話す時のこの雰囲気も好きだ。緊張しているのか、少し小さな声が可愛らしい。
    「小さい頃は、探偵になりたかったんです。だから、初めて会った時の類さんがとてもかっこよくて…、オレも、類さんみたいに、なりたいんです」
    赤くなった顔を隠すように、司くんは顔を腕で覆う。段々と尻すぼみになる彼の言葉に、僕の顔も熱くなっていく。ここまで直球で言われるのは、恥ずかしいかな。もしかしたら、彼の好意は憧れに近いものなのだろう。今手を繋いでいるのも、大好きなスポーツ選手と握手をするような気持なのかもしれない。僕が抱くものとは、少し違う好意。それでも、緊張してしまう程意識されているというのは、悪くない。憧れの様なものなら、時間が経てばその内治まるかもしれないからね。そうなればいい。
    そんな風にゆっくり歩いていれば、関係者用の裏口にたどり着いた。裏口を開けると、真っすぐにのびた長い廊下が現れる。警備員らしい人が入り口に立っていて、司くんがその人に名前を伝えると、あっさり中へ入る許可がおりた。本人かスタッフから事前に伝えられていたのかもしれない。控室は二つ階を上がり、長い廊下を半分ほど進んだ所だそうだ。すれ違うスタッフが不思議そうに僕らを見るけれど、特に何も聞かれることはなかった。
    「この階ですね」
    階段を上がった司くんが、僕の手を引いて進んでいく。控室のある階だからだろうか、裏口前の廊下より、スタッフの数が多い。機材や大きな紙など、ライブで使うだろう道具を運ぶスタッフや、壁側で話し合うスタッフ、どこかへ電話を掛けるスタッフもいる。
    忙しそうにする人たちを横目に、そっとスマホで時間を確認した。ライブの開場まで一時間を切っているようだ。
    「おわっ…?!」
    不意に、手が引っ張られ、体が傾いた。何かに躓いたのか、隣を歩いていた司くんが廊下に尻餅をついている。「大丈夫かい?」と彼の手を引くと、司くんはどこか恥ずかしそうに、「大丈夫です」と眉を下げて笑った。そんな彼の足元に、可愛らしい花柄のハンカチが落ちている。
    「このハンカチで滑ったようだね。誰かの落とし物かな…?」
    「すみません、類さん、手は痛くないですか?」
    「大丈夫だよ」
    転んで引っ張ってしまったことを気にしているのだろうね。繋いだ手を心配そうに見る司くんを安心させるために、にこりと笑って見せる。僕としては、咄嗟に抱き留められなかったことが悔しいかな。
    手に持ったハンカチを広げると、下の方に刺繍が入っていた。おそらく名前だろう、【Minori】という文字に、司くんが首を傾げる。
    「もしかして、花里のか…?」
    「知り合いかい?」
    「今日のライブで歌うメンバーの一人です」
    「それなら、スタッフの誰かに預けておこうか」
    司くんは、他のメンバーのことも知っているようだ。これから控室へは行くけれど、タイミング悪く会えない可能性もある。【知り合い】ではなく【メンバーの一人】と言った彼の言葉から、このハンカチの持ち主は彼が今から会いに行く知り合いではないのだと分かる。それなら、スタッフに預けておく方が確実に本人の手元へ行くだろう。
    忙しそうにしているスタッフを見回しながら、誰に声をかけるか考えていれば、タイミング良くすぐ近くの扉からスタッフが出てきた。手に何も持っていないのを確認し、「すみません」と声をかける。
    「このハンカチを今ここで拾ったのですが、もしかしたら出演者のモノかもしれないので、本人に返してもらえませんか?」
    「わかりました」
    スタッフ帽を目深に被った男性は、にこりと笑って僕からハンカチを受け取る。そのまま彼は、僕らが先程あがってきた階段を小走りで駆け下りて行った。
    「僕らも行こうか」
    このままここで立ち止まっていても、スタッフの邪魔になるだけだろう。「そうですね」と返してくれた司くんの手を引いて、僕らは控室に向かった。
    「ここですね」と立ち止まる司くんが、躊躇いなく扉をノックする。すると、中から「は~い」と返事が返ってきた。その返事を聞いて、司くんはゆっくりと扉を開ける。
    「あら、いらっしゃい、司くん」
    「本番前にすまないな、雫」
    「司くんこそ、忙しいのに来てくれて嬉しいわ〜」
    中から出迎えてくれたのは、ポスターに映っていた女性の内の一人だった。空色の髪の女性は、話し方も雰囲気も穏やかで落ち着いた印象だ。僕と会話する時は敬語で話す司くんも、彼女の前では口調が砕けている。子どもの頃からの知り合いだと言っていたから、お互いに気心の知れた仲なのだろうね。普段見る彼とはまた違った一面に、安堵すると同時にほんの少し悔しさを覚える。素で接する司くんを、僕は普段見ることが出来ない。それはなんだか、寂しい気さえしてしまう。だからといって、普段の彼が嫌だという訳では無いので、複雑な心境だ。
    「咲希ちゃんが来られないのは残念だけど、司くんのお友達に会えて嬉しいわ〜」
    「と、友だち、とはまた違うのだが…」
    「あら、そうなの? 手を繋いでいたから、とっても仲良しなのかと…」
    「そ、それより、花里達はどうしたんだ? 本番前に打ち合わせとかはしなくていいのか?!」
    焦ったように話題を変えた司くんに、ついくすっと笑ってしまう。なんとも可愛らしいやり取りをしているようだ。ここで僕が会話に混ざってしまっては、司くんが余計に困ってしまうのだろうね。
    黙って少し後ろで二人の会話を聞いていようかな。
    「打ち合わせはもう終わったから、本番までここで待機なのよ」
    「そうか、それなら本番前に花里達にも一言挨拶をしてくるか」
    「それはいいわね。せっかくだから、私もついて行こうかしら」
    「何故雫がついてくるんだ…?」
    スマホで時間を確認して、通知の来ていたメッセージアプリを開く。瑞希からきた、『楽しんでる?』というメッセージは無視しよう。東雲くんからのメッセージは、報告みたいだ。
    (……仲介者については情報を得られなかった、か…)
    手がかりの増えない調査に、頭が痛くなる。Xを追って日本に帰国したけれど、なんの情報も得られていない。何か一つでも進展があればいいのだけど、そう簡単にはいかないようだね。
    はぁ、と一つ息を吐き、スマホをポケットにしまう。すると、すぐ後ろの扉が強めにコンコン、とノックされた。すぐに少し隣へ移動すれば、タイミング良く扉がガチャ、と開く。
    「雫っ…!」と焦った様に、見覚えのある女性二人が控え室に飛び込んできた。
    「あら、愛莉ちゃん、遥ちゃん。二人ともどうしたの?」
    「みのりを探しているんだけど、ここに来ていないかしら?」
    「私たちも丁度今、みのりちゃんに会いに行こうと思っていたのよ」
    「ということは、ここにもみのりは来てないってことだね」
    心配そうな顔をする二人の女性が、どこか落ち着いた様子で返す司くんの知り合いの女性の返答で表情を更に曇らせた。お互いに顔を見合わせて、「どこにいったんだろう?」と呟いている。もしかして、控室にいなかったのだろうか。司くんの方へ顔を向けると、真剣な顔で僕の目を見返してくる。どうやら、彼もこの状況を察したようだ。
    「花里を探しているのか?」
    「あら、天馬くんも来てくれていたのね。実は、少し前から遥と探しているんだけど、見当たらなくて」
    「化粧室にもいないから、もしかしたらここかと思ったんだけど…」
    スマホを取り出して、「メッセージにも既読がつかないし」と桃色髪の女性が零す。スマホで連絡がつかないのは、あまり良い状況ではなさそうだね。充電が切れてしまっているだけならいいのだけど、もし何かの事件に巻き込まれているとしたら、急いで探した方がいい。
    開場時間まであまり時間もない。彼女たちだけで探すにも限界があるだろう。スタッフにも協力してもらって、急いで探した方が良いかな。
    「良ければ、協力させていただけますか?」
    「…ぇ……」
    「まずは自己紹介と、いつから姿が見えないのか。今わかっている事を、教えていただけますか?」
    困惑する彼女たちに にこりと笑顔を作って見せ、上着のポケットから表向きに使用している警察手帳を出した。
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