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    tyaba122

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    tyaba122

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    case5:挑戦状
    後二話。本題が6千字で終わって、もしや目標達成か!?と思ったのに、結局八千字超えてて…。一話五千字の目標がほど遠い。
    でも、ちょっと進んだ。次は、つくんが頑張る話。

    黒星を追う 5〇前回のあらすじ

    類の紹介で司は瑞希、彰人、寧々の三人に出会う。
    類達が追うXについて話を聞き、司は類達に協力することになった。

    ―――

    「いたずら、ですか…?」

    不思議そうに首を傾げる司に、類が一枚の紙を手渡した。それはファックスで送られたのだろう、紙の下の方には昨日の日付が印字されている。丁度その日付と時刻は、類が瑞希たちとこの店に来て司と話をしていた時のものだ。コピーされたのだろう、同じものを瑞希や寧々たちも持っている。
    宛先は無く、上の方にはただ一行、【止められるものなら止めてみろ】という挑発的な言葉が書かれている。そして、最も不可解なのはその下に記載された、本文と思わしき文字の羅列。

    「…ぴ、らんて、で…?」

    それは、とても奇怪な文だった。

    【Pらんてd ぼmbs いん tへ
    pれしでんt's おfふぃけ あんd tへ
    こんtろl ろおm おf tへ
    こmぱny wへれ い をrけd.
     
    Tへ ぼmb うぃll えxpろで あt
    10あm おん もんだy wへん
    tへ ねw がめ いs れれあせd.
     
    いf よう わんt と sとp いt, そlべ
    tひs mysてry あんd ふぃんd tへ ぼmb.】

    アルファベットと平仮名が混じった文。まるでキーボードを適当に叩いて作ったかのような文を見て、司は困ったような顔を類の方へ向ける。

    「これが、昨日警察署に届いたようでね。何かの暗号だと思うんだけど、解き方がイマイチ分からなくて」
    「暗号、ですか…」
    「まぁ、警察はイタズラと決めつけて、早々に匙を投げたけど」

    寧々が紅茶を一口飲み、ひらひらと手に持ったファックスのコピーを振る。読める文は、一番上に書かれた【止められるものなら止めてみろ】の一文だけ。A4の紙の真ん中に記載された奇怪な文は、普通に見ただけでは読めない。
    もう一度紙を見た司は、数秒文字と睨めっこをし、類に向き直った。

    「何故、これが暗号なんですか?」
    「それとは別に、もう一枚届いたんだよ」

    類が服の内ポケットから一通の封筒を取り出す。差出人は書かれてなく、切手も消印もない封筒。けれど、その封筒の宛名には、【白海かい】としっかり名前が書かれている。その封筒から一枚の紙を類は取り出した。

    「警察庁へ届いた郵便に混ざっていたそうだよ。以前ここに来た警察の人が、僕に連絡をくれたんだ」
    「中には、なんて書いてあるんですか?」
    「【君達警察がこの暗号を解き、見事私の計画を止めた暁には、私についてヒントを与えよう】」
    「……ヒント…」

    類の言葉に、司は口元へ手を当てる。
    類宛てにその手紙が警察署に届いたのは、ファックスが届いたのとほぼ同時刻であり、同一人物が送った可能性が高い。同一人物でなくとも、関連性は極めて高いだろう。類達はそう考えている。そして、送り主についても心当たりがある。「僕らが追いかけてきたと、向こうも気付いたようだね」そうぼそりと呟いた類に、司はパッと顔を上げた。

    「もしや、その手紙は…」
    「うん。きっと、送り主は“X”だろうね」

    手紙はWordで文字を打ち込み印刷したものであり、筆跡は分からない。ご丁寧に指紋もついていない。消印も無いため出先を絞る事も出来ない。それだけ痕跡を隠して送って来たということは、絶対に捕まらない自信があるのだろう。類はその手紙を見てそう感じていた。
    カチャ、と空になったカップをソーサーに置き、瑞希がくるくると椅子を回転させる。

    「大体さぁ、いつまでって期日も書いてないし、パソコンで書いたような文字は意味不明だし、そもそも止めるって何を止めればいいのやら」
    「ヒントが少なすぎるよね。法則性も見つからないし」
    「パッと見て分かるは、【tへ】ってのがいくつか混じってるってことくれぇで…」

    わしわしと頭を手で掻きながら、彰人が深く溜息を吐く。
    文面には、適当に打ち込んだような文字が並んでいるだけだ。それを眺めながら、瑞希が紙の文字を指さした。

    「【tへ】ってことは、~へって意味じゃないの? 【t】のイニシャルがつく人に向けたメッセージみたいな」
    「それだと、類宛てに送られてくる意味が分かんないじゃん」

    寧々の言葉に、瑞希は「そ、うだよね…」と肩を落とす。そんな寧々の隣で、類は文字の羅列をじっと見つめた。四人は警察から暗号を受けとり、ずっとこの暗号について考えているが一向に解き方が分からず、息抜きを兼ねてこの店に来ていた。協力すると言った司も一緒に考えれば、もしかしたら四人とは違った視点で何かヒントが得られるかもしれない。
    ちら、と類が司を見ると、司は紙を見つめたままゆっくりとその首を傾ける。

    「アルファベットを平仮名にしたら、読める…なんてこともないですね…」
    「そうなんだよねぇ。平仮名も繋がっているようで繋がらないし」
    「試しに平仮名だけ読んでみたり、アルファベットだけ繋げてみたけど、イマイチしっくりこないし」
    「ん~…」

    紙を裏返すも文字は変わることがない。特に意味はないか、と司は椅子に腰かけた。

    「何かの略称とかですかね?」

    そうぼそりと司が呟くと、瑞希がパッと顔を上げる。

    「そういえば、前に流行ったよね。【ry】ってメールに書いて、【略称】って意味になるやつ」
    「でも、それも最後の一文だけで、他には出てこないじゃん」
    「【w】なら、【草】って意味だと聞いたことはありますが…」
    「そんなふざけた暗号じゃ、なにを言いたいかわかんないわよ」

    寧々の言葉に、司と瑞希が肩を落とす。結局振り出しに戻ってしまった様だ。
    あーでもない、こーでもないと話す内に、読み方がどんどん変な方向へ向かっていく。「そもそも、【おfふぃけ】って何、【おふw】みたいなやつ?」と瑞希が言えば、類の隣に座る寧々が「それならその下に【おf】ってあるけど」とすかさず返す。「【ふぃんd】は【フィンディー語】とかですかね?」と真剣な顔で呟いた司に、「なら【ろおm】はローマ字とか?」と瑞希が問い返す。「じゃぁ、【あt】は【@】ですね」と、本題がどんどんずれていく二人に、寧々は頭を手で押さえて溜息を吐いた。
    真剣な顔で暗号と睨めっこする彰人は、そんな二人のやり取りが煩いのか背中を向けてしまっている。淹れてもらったコーヒーを一口飲んで、類は紙をカウンターの上に置いた。疲れたように眉間に指をあて、そっと目を瞑る。
    そんな類に、司が「コーヒーのおかわりはいかがですか?」と問いかける。「お願いするよ」と類が答えれば、司は笑顔でカウンターの下からコーヒー豆の入った袋を取り出した。

    「そういえば、司さんって英語が苦手なんだってねぇ」
    「あッ…もしかして、類さんが話したんですか!?」
    「すまないね」
    「いや~、それ聞いたらなんだか懐かしくなっちゃって。誰かさんも昔英語が苦手だったからねぇ」

    にまりと揶揄うように、瑞希が隣に座る彰人へ目を向ける。その視線に気付いた彰人は、聞こえないフリをするかのように黙ってしまった。瑞希の視線に気付いたのだろう。司は彰人の方を見て、目を丸くさせる。

    「もしかして、東雲さんも苦手だったんですか?」
    「いや~、昔は酷かったよねぇ。書類読むのにも苦労したし、よくスペルを間違えてボクたちがその直しをさせられるし」
    「悪かったな」

    ぼそりと拗ねたようにそう返す彰人に、瑞希は変らずにまにまとした顔を向けている。
    彰人は、類と同じく大学卒業後に目的があってアメリカへ渡り、そのまま現地で警察になった。まだ警察になりたての頃 類や瑞希と出会い、同じ日本人で話しやすいという理由で共に組むようになる。そこから後に寧々が呼ばれ、今は四人での活動となっている。当初は英語が得意ではなかった彰人も、今ではかなりに身についている。英語での会話も問題なく、誤字も少ない。けれど、当時を知っている瑞希には時折からかわれる為、本人は結構気にしているようだ。
    一向に振り向かない彰人をちら、と見て、司は困ったように眉を下げる。

    「オレも苦手なので、分かる気がします。たまに店の前の看板にテイクアウトって文字を英語で書こうとして、つい、【たけ おうと】って間違えないように声に出してしまいますし」

    へらりと笑ってそう言った司に、瑞希が「そうなの?」と笑い始める。そんな瑞希の隣で、彰人は揶揄う対象が変わったことにほっと胸を撫で下ろす。そして、持っていた紙を見て、はた、と目を丸くさせた。
    「センパイっ…!」と彰人が振り返ると、類も何かに気付いたのかカウンターに紙を置いてボールペンを取り出す。そうして、紙に書かれた怪奇文の上へ“アルファベット”を書き込み始めた。
    そんな類の手元を見ていた寧々も、類がしようとしていることに気付き、持ってきた鞄からノートパソコンを引っ張りだす。きょとんとした顔を類へ向ける司と瑞希は、不思議そうにその手元を覗き込んだ。

    「もしかして、何か分かったんですか?」
    「司くんのお陰でね」
    「…オレ……?」

    さらさらと紙に文字が書き込まれていく。『ら』の上には『la』、『ん』の上には『n』、『て』の上には『te』と、類はペンを走らせた。平仮名の上に書き込まれたアルファベットはだんだんと増え、次第に英文へと変わっていく。それを隣から覗き込んでいた瑞希が、「あ、」と小さく声を零した。

    「そっか。平仮名を“ローマ字”に変えて…」
    「うん。この変な文字も、それぞれ所々に“間”があるし、この塊一つひとつが単語だとすれば、全て変換すれば、きっと…」

    時折手を止めて何かを考えた後、すぐにまた類のペンが文字を書き込んでいく。そうして、最後の平仮名もアルファベットに直すと、三つの英文が出来上がった。

    【Planted bombs in the
    president's office and the
    control room of the
    company where I worked.
     
    The bomb will explode at
    10am on Monday when
    the new game is released.
     
    if you want to stop it, solve
    this mystery and find the bomb.】

    出来上がった英文を覗き込んだ司が、「犯行予告…?」と小さく呟く。それに一つ頷いて、類が更に開いたスペースへ文字を書き込んだ。今度は全て日本語で。

    【私が勤務していた会社の社長室と制御室に爆弾を仕掛けた。
     爆弾は新作ゲームが発売される月曜日の午前10時に爆発する。
     それを阻止したいなら、この謎を解いて爆弾を見つけろ】

    ガタッと瑞希が椅子から立ち上がり、スマホを取り出す。彰人も椅子を立つと、ポケットに入れていた車の鍵を手に店を出て行った。「寧々ちゃん、場所は?!」と瑞希が寧々の方へ顔を向けると、パソコンの画面を注視していた寧々が「南区八丁目にある大手ゲーム会社。今日が日曜だから、まだ余裕あるよ」とすぐさま答える。それを聞いた瑞希は、すぐに住所を伝え、爆発物処理班の要請をかけた。寧々の手元を覗き込んだ類が、「主犯は?」と問いかけると、「今探してる」と寧々が短く返す。ずらりと文字や数字、画像の並ぶ画面を次々に確認し、寧々はその中から一枚の顔写真を画面に映し出した。

    「出た。佐藤茂 38歳。二週間前に自主退職させられて、現在無職。住所は西区の―――」
    「瑞希」
    「はいはーい!」

    通話が終了したばかりの瑞希が、すぐさま別の番号を打ち込んで電話をかける。そのタイミングで店の扉が開き、先程出て行った彰人が「車、前に回しました」と類達に声をかけた。寧々はパソコンを閉じて荷物と一緒に持つと、早足に店の扉を出る。店の正面に停められた車へ三人が乗り込むのを呆然と見ていた司に、上着を掴んで駆け出した類が顔だけ振り返り、「すぐもどる」と一言残す。
    カランカラン、と扉のベルが音を立て閉まる、そんな嵐の様な一瞬の慌ただしさが嘘の様に、店内はシン、と静まり返った。
    残された司は、一人残された店内で呆気と四人の出ていった扉を見ていた。

    ―――

    「すまなかったね、慌ただしくしてしまって」
    「いえ。無事に事件が終わってよかったです」

    あの後、無事に爆弾は発見できた。
    犯人は、不正が発覚した際に社長から自主退職する様言い渡され、会社を辞めさせられたことを根に持ち犯行に及んだそうだ。彼の自宅からXとやり取りをしたと思われるメールや、犯罪指示書も発見された。犯人である佐藤曰く、二週間前に突然若い女性に話しかけられたそうだ。その女性は、佐藤の表情から何か悩みがあるのではないかと尋ねてきたらしく、酒で酔っていた事もありつい色々と話をしてしまった、と。そうして、良い相談役を紹介すると言われ、Xと連絡を取り始めたらしい。今までと犯行の手口が同じ為、Xで間違いないだろう。
    その経緯も含め、司くんにも一通り話をした。暗号を解くヒントをくれたのは彼なのに、置いて行ってしまったからね。食事代も払っていなかったため、終息後、僕一人で急いで店に戻ってきた。彼は僕を見ると、『ご無事でよかったです』と、安心した様に笑って出迎えてくれた。
    無銭飲食の様なものだったのだから、もっと怒ってくれても良かったのに。まぁ、司くんがそんな事で怒るとは思えないけれど。

    「お兄ちゃーん! お砂糖がないんだけど」
    「む…、そういえば、昨日切らしてしまったな」

    ひょこりとカウンター奥の扉から顔を出した女性に、目を瞬く。司くんと同じ金色の髪の少女は、彼とよく似ていた。高校の制服だろう。この近くの女子高の制服を着た彼女が、司くんの隣に立つ。そんな二人のやり取りを見ながら、僕は改めて入れてもらったコーヒーに口をつけた。

    (彼女が、司くんの妹さんか…)

    確かによく似ている。普段は学校に行っているからか、妹さんがいるという話は聞いていたけれど、実際に見るのは初めてだ。随分と仲が良いのだろう、司くんの腕に自身の腕を絡めてくっついている。楽しそうに笑い合う姿が微笑ましく、自然と口元が緩んだ。彼女の為に、彼は仕事を頑張っているのだろう。その気持ちはなんだかわかる気がする。そう思いながら黙ってコーヒーを飲んでいれば、司くんがエプロンを外し始めた。

    「もう暗いから、買い出しはオレが行ってこよう」
    「え、でも今お客さんが…」
    「…カイさんなら大丈夫だ。冬弥もいるし、咲希はここで少し待っていてくれ」

    エプロンを彼女に手渡して、司くんがカウンターから出てくる。そして、僕の隣に来ると、「すみません」と小さな声で謝った。そんな彼に笑って見せ、「待っているよ」と返す。急ぎの話はないけれど、もう少し司くんと話がしたい気分だった。そんな僕の言葉に、彼は一つ頷くと、少し早足に店を出て行った。
    司くんの後ろ姿を見送って、コーヒーのカップの取手を掴む。と、カウンターの中にいる司くんの妹さんが僕の方へ「あの、」と声をかけてきた。

    「アタシ、天馬咲希といいます! いつもお兄ちゃんがお世話になってます!」
    「…僕は白海かい。僕の方こそ、司くんにはいつもお世話になっているよ」
    「えっと、かいさんは…お兄ちゃんのお友達さんですよね?」
    「…友だちかどうかはわからないけど、仲良くさせてもらえたらとは思っているよ」

    そう返せば、彼女、咲希くんはきらりとその瞳を輝かせた。

    「やっぱり! 良かったぁ! お兄ちゃん、お友達少ないから、アタシずっと心配してて…!」
    「意外だね。司くんは、結構社交的だと思うのだけど」
    「多分、アタシのせいなんです。お母さん達が亡くなってからとーやくんの家でお世話になってて、でも、お兄ちゃんが高校卒業してからは、お兄ちゃんがアタシの面倒見てくれてたから」
    「…以前は仕事が忙しくて、あまり交友関係も広くなかったのかな」

    こくりと頷いた咲希くんに、僕は黙ってコーヒーを一口飲む。
    確か、二人のご両親は十年前に亡くなったのだったね。司くんは今24歳だと言っていたから、十年前というと中学生か。店長である青柳くんのご家族とは昔からお世話になっていると彼も言っていたから、本当のことなのだろうね。高校を卒業してから、彼が妹さんの為に頑張ってきたのか。彼は本当にすごいね。

    「お兄ちゃん、昔は役者になるのが夢だったのに、アタシの入院費も必要だからって、夢を諦めてずっと頑張ってくれてて…」
    「…そう……」
    「だから、高校生になったらアタシも頑張って働くって決めていたんです! 今は別のお店でバイトさせてもらってて…!」
    「ふふ、本当に二人は仲がいいんだね」

    楽しそうに話す咲希くんに、暗い雰囲気はない。こういうところも、司くんによく似ている。周りを明るくさせるような話し方で、場の雰囲気を明るくしてくれるところがそっくりだ。
    「お兄ちゃん、お家でよく かいさんの話をしてくれるんですよ~!」と、彼女が笑顔で教えてくれる。まさか妹さんに僕の話をしてくれているとは思わず、なんだか少し気恥しかった。どんな話をしているのか訊こうとして口を開いた所で、タイミングよくお店の扉が開く。顔を向ければ、大きな鞄を持った司くんが帰ってきたところだった。僕と話をする咲希くんを見て、司くんが目を丸くさせる。

    「何の話をしているんだ?」
    「あ、お帰り、お兄ちゃん!」
    「ふふ、司くんの話を少し聞いていたんだよ」
    「はっ…!? へ、変なことを言ったわけではないな!?」

    僕の言葉に、司くんが慌て始める。カウンターに手をついて、咲希くんの方へ身を乗り出すようにして少し大きな声で問い返す姿に、つい笑ってしまった。「変な事なんて言ってませーん」と頬を膨らませる咲希くんが、僕の方に顔を向ける。「ですよね?」と同意を求める彼女に、僕は頷いて返した。
    司くんから鞄を受け取った咲希くんが、「晩御飯の準備してるね!」とそそくさと奥に引っ込んでしまう。そんな咲希くんの名前を呼びながらわたわたとする司くんは、咲希くんの入っていった奥の扉と僕を交互に見て、戸惑っている様子だった。

    「ふふ。それじゃぁ僕も、そろそろ、御暇しようかな」
    「え…、それなら、途中まで送りますよ…!」
    「有難いけれど、もう時間も遅いから大丈夫だよ」

    席を立ち、飲み終わったカップをそのままにレジへ向かう。店長さんに昼の分も合わせて支払えば、エプロンを片手に持った司くんが僕の隣に駆け寄ってきた。「せめて、入口まで…!」と、気を遣ってくれる司くんに、表情が綻ぶ。常連だから気を遣ってくれているだけだと分かっているけれど、つい期待してしまいたくなる。「それなら、お願いしようかな」と素直に甘えれば、司くんの表情がパッと花が咲くように綻んだ。「少しだけ行ってきます!」と青柳くんに言って、司くんが入口の扉を開けてくれる。そんな彼と外へ出れば、暗くなった空に微かに星が浮かんでいるのが見える。

    「せっかく待っていてくださったのに、遅くなってすみませんでした」
    「僕が好きで待っていただけだから、かまわないよ」

    入口の前で立ち止まるわけにはいかないので、少しだけ横にずれた場所で司くんに向かい合う。彼は僕の言葉にホッと胸を撫で下ろすと、ほんの少し顔を俯かせた。

    「また今度、皆さんといらしてくださいね…!」
    「勿論。煩くなると思うけど、よろしくね」

    へにゃりと笑う彼は、そわそわとしながら視線を逸らしてしまう。何か言いたげに口を開いては、思いとどまるようにその口が閉じてしまう。そんな彼に、自然と口角が上がる。咲希くんは、『仲良くしてほしい』と言ってくれた。司くんと仲良くしてほしい、と。友達かどうかは分からない。彼は、僕を友人だと思ってくれていないかもしれない。お店によく来る常連客としか、思われていないかもしれない。
    それでも、僕の中で彼は特別だ。

    「司くん」
    「はい…!」

    名前を呼べば、彼は嬉しそうにその顔を上げた。
    そんな彼に、僕はそっと目を細めて微笑んで見せる。

    「好きだよ」
    「………は…」

    『はい』と言おうとしたのだろう、彼の言葉が途切れてしまう。石の様に固まってしまった司くんは、僕の言葉の意味を頭の中で必死にかみ砕こうとしているようだ。
    そんな彼に追い打ちをかける様に、彼の手をそっと握る。ほんの少し前屈みになり彼の手の甲へ唇を触れさせれば、ピクッと、司くんの肩が跳ね、細い指先に力が入る。ちらりと視線を上げれば、戸惑うような表情をする彼と視線が合った。

    「…困らせてしまったかな」
    「ぁ……いえ、その…」
    「無理に答えなくていいよ。僕の想いを、知っておいてほしいだけだからね」

    彼の手をそっと離せば、その手に反対の手を重ね、彼は胸元を押さえる。顔を俯かせた司くんに、ふわりと笑って見せた。
    いきなりこんな事を言っても、彼が困るだけだと分かっていたはずだ。日本では手の甲にキスなんてしない。海外暮らしが長かったせいで、少し常識もズレが生じているのかもしれないね。それに、司くんと出会ったのもつい最近だ。こんな短期間で告白されても、戸惑うのは当たり前だろうね。

    (まぁ、僕も今すぐ返事が欲しいわけではないからね)

    言わずにいられなかった。咲希くんのあの言葉もそうだけれど、彼が他の誰かに取られてしまう前に、彼の中の特別になりたかっただけだ。彼の中で印象強く自分を刻みつけて、少しでも意識してくれればいいと。そんな打算的な考えもあるなんて、彼には言えないけれどね。
    困ったように視線を彷徨わせる彼の頭を軽く撫でて、「それじゃぁ、また明日」と小さな声を口にする。彼は驚いた様に顔を上げて、咄嗟に僕の服を掴んだ。けれど、彼は開いた口を閉ざし、そのまま手を離してしまう。

    「…おやすみなさい、類さん」
    「おやすみ、司くん」

    早く中に入るんだよ、と声をかけ、彼に背を向ける。思っていたよりも遅くなってしまったから少し急いで帰った方がいいだろうね。いつもより早めに歩こうと踏み出すと、後ろから「少しだけっ…」と声がかけられた。
    顔だけ振り返れば、司くんがほんのり頬を赤くさせて、きゅ、とその唇を引き結ぶ。

    「…少しだけ…考える時間を、ください…」
    「……それで充分だよ」

    『考える』と言ってくれた彼に、胸の内が熱くなる。ほんの少しでも、可能性があるというだけで十分だ。
    ひら、と手を振って今度こそ彼に背を向ければ、「またのお越しを、お待ちしてます」と彼らしい言葉が聞こえてきた。
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    tyaba122

    DOODLEタイトル決まって無いので、なんて呼ぼう……。
    リリーかな?🖤🤍️✡️⚔️??暗号だな??
    ネーミングセンス無いので、いいタイトルあれば教えてほしい…_:( _ ́ω`):_

    とりあえず、リリーと呼んで決まったらそっちで呼ぼうかな。

    諸注意は前回と一緒です。
    ガーデンバース(騎士side)

    「ツカサくん、なんだか不機嫌だね」
    「そのような事はございません」

    不思議そうにする類は、それ以上何も聞いてこない。きっと、『何かあったのだろう』とそう察しているのだろうな。このように主君に悟らせてしまうのは従者として情けない。情けないが、許してほしい。
    脳裏で藤色のふわふわとしたくせ毛の少年を思い出し、またムカムカとしたものが胸の奥でくすぶり始めた。

    (このオレに対して暇人だと…?! なんたる無礼かっ…!!)

    思い出すだけで腹が立つ。突然目の前から消えた少年は、一体どこの迷子か。
    昼過ぎに警備を兼ねて客人のお部屋の傍を巡回していた時に見つけた幼い子ども。妹の咲希よりも小さい、オレの半分ほどの背丈しかないその子どもは、あろう事か目の前から突然姿を消してしまったんだ。消える直前に言われた『どうやらノワール領の騎士団長殿は大層お暇な御様子で』という言葉を思い返すだけで腹が立つ。魔術師見習いとはいえ、このオレを暇人と愚弄するとは…!
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