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    春猫🐱

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    恋願う 9

    忙しくて会えなくなるんじゃないのかい??って思うけど、多分無理やり予定は変更してくるだろう事は予想出来る…( 'ㅅ')
    次回、☆ちゃんのナンパ回。

    恋願う 9「か、神代…?」
    「なんだい、天馬くん」
    「…その、…ち、かい、のだが…」

    腰に回す手に力を入れて引き寄せれば、更に彼女の体が僕の方へ寄る。何か言いたげな顔がこちらへ向けられ、にこりと笑顔で返した。『近い』と頬を赤らめて言っているけれど、抵抗する素振りも嫌がる感じも無い。むしろ、流れに任せて寄りかかってくれてさえいる。それがまた可愛らしくて、ついくすりと笑ってしまった。

    「な、何故笑うんだっ…?!」
    「ふふ、すまないね。嬉しくて つい、ね」
    「う、嬉しい、とは…?」

    眉間に皺を寄せて困惑した様子の天馬くんに、にこりと笑顔で返す。教えてあげてもいいけれど、天馬くんのこの甘え方は無自覚な気もするから敢えて言わない方が良いかな。言ってしまったら、今後は意識して近付いてくれなくなるかもしれないしね。
    首を傾げて僕の返しを待つ天馬くんの手を握り、「それよりも、考えてくれたかい?」と話題を変える。数秒、僕の質問の意味を考えていた天馬くんは、ハッ、とした顔をした後に慌てて首を左右へ振った。

    「だから、神代とは付き合えないとっ…!」
    「キスまでしているのにかい?」
    「うっ……、それは、お前が…」

    バツが悪そうに顔を逸らす天馬くんに、苦笑してしまう。確かに、色々と理由を付けてデートの度にキスをしてきたのは僕だ。本気で嫌がる素振りが見られないのをいい事に、彼女に甘えているのも自覚している。けれど、僕もそれだけ本気なのだといい加減理解してほしいからね。
    人の通りが殆どない、大通りから離れた裏通り。壁側に天馬くんを誘導して、僕の体で隠す。『早く頷いてくれないと、誰かに見つかっちゃうかもしれないね』なんて彼女に言えば、きっと顔を赤らめて慌て出すのだろうね。まぁ、それで頷いてくれても嬉しくはないから、ゆっくり待つ気ではいるのだけど。

    「僕が嫌い…?」
    「…っ……そ、ういう、わけでは…」
    「それなら、何か問題でもあるのかい?」
    「………そ、れは…」

    僕の言葉に否定せず天馬くんが顔を俯かせてしまう。
    この反応を見るに、“なにか”あるのだろう。僕に言いづらい何かが。嫌われてはいないはずだ。むしろ、自意識過剰かもしれないけれど、天馬くんにはそれなりに好かれている自信がある。デートの誘いに毎回律儀に頷いてくれるからというだけではなく、キスをする時の反応も、普段の彼女の表情や仕草、答え方、彼女の態度の一つひとつが、“そうなのでは”と思わせてくる。
    それなのに、何故彼女は頷いてくれないのだろうか。

    (…確か、学生の頃に僕が彼女の告白を断ったと言っていたね……)

    思い当たる理由が、それしかない。けれど、学生の頃に色んな女性と遊んだ記憶はあるけど、天馬くんの事がどうしても思い出せない。同年代という事は、クラスが違っても大きな行事は殆ど一緒のはずだ。顔を合わせる機会も他の学年よりは多いと思うのだけど…。告白された事も、彼女の顔すら思い出せない。一体、何故。
    何度頭を捻っても、目の前の天馬くんの面影は思い出せない。黙ってしまった僕を不思議に思ったのだろう。首を傾げた天馬くんが「神代…?」と不安そうな声音で僕を呼んだ。そんな彼女があまりに可愛らしくて、返事の代わりに彼女の方へ体を更に一歩近付けた。

    「ぇ、ちょ…、神代…?!」
    「…静かにしないと、バレてしまうよ?」
    「…っ…だ、駄目だっ、…やだやだっ、…まっ……んんっ…」

    顔を近付ける僕の意図を察した天馬くんが、逃げようと白い両手で僕の肩を掴んだ。それに構わず、唇を彼女のに押し付ける。肩を掴む手が一瞬震え、ぎゅっ、と強く力が入る。しっかりと閉じられた瞳から、緊張しているのが伺えた。けれど、僕を押しのけて逃げようとする素振りはない。触れ合わす唇からは熱が伝わり、力の入る肩からは未だに不慣れな様子がうかがえて可愛らしい。
    こういう所を見るから、手放しづらくなってしまうのだろうね。ほんの少し唇を離して、すぐにもう一度重ね合わせる。文句一つ言わずに受け入れる天馬くんは、白い手で僕の腕をそっと掴んだ。それに気を良くして、壁についていた手を彼女の肩に添わせる。ゆっくりとそこから首元へ触れ、髪と肌の境界線を辿るように項に手を滑らせた。
    その瞬間、びくっ、と肩を大きく跳ねさせた天馬くんが、僕の胸元を思いっきり押した。

    「……ぇ…」

    突然押されたことと、今までより強い力の入れ方に驚いて固まれば、それに気付いた天馬くんがサッ、とその顔を青ざめさせた。

    「…あっ、……その…、今日は、帰る…」
    「待っておくれ。せめて途中まで送るよ」
    「いいっ…!」

    伸ばした手が払われ、逃げるように天馬くんが僕に背を向け走っていってしまう。それを追いかけようとしたけれど、予想以上に彼女の足が早くて見失ってしまった。人通りの多い場所で大きな声を出す訳にもいかず、仕方なくタクシーを呼んで家まで向かう。スマホを見るも、天馬くんからは連絡がなかった。

    「……何か、気に触る様なことをしてしまったのかな…」

    力強く僕を押し退けた天馬くんには驚いたけれど、僕よりも、彼女の方が驚いているように見えた。咄嗟の行動だったのかもしれない。驚いた表情の後、『やってしまった』と言わんばかりに顔を青ざめさせ、逃げてしまった。あれは、どういう心境だったのだろうか。僕が、怒ると思ったのかな。いや、もしそうなら、彼女は反射的に謝るだろうね。
    そうではないなら、一体なんなのだろう。

    (天馬くんについて、知らない事が多過ぎる…)

    ゆっくりと息を吐き気持ちを一度落ち着かせ、スマホのメッセージアプリを開いた。

    ―――
    (司side)

    「……律儀な奴だな…」

    既読をつけたメッセージアプリを閉じて、枕元に放る。オレがしてしまった失礼な態度について、何も書かれてはいなかった。逆に、『傷付けてしまっていたら、すまない』と気遣われてしまった。あれは、オレが悪いというのに。

    「…驚いただけ、なのだが……」

    手の熱に、驚いたんだ。当たり前の様に神代はオレにキスをしてくるが、そのキスにだってまだ慣れんのだ。体が触れ合いそうなほど近い距離感も、すぐ近くから聞こえる神代の声にも慣れない。神代に見られているというだけで、心臓が壊れてしまいそうな程にドキドキするんだ。それ程、オレはまだ神代が好きなんだ。それなのに、こちらの気も知らず触れてくるのはなんなんだ。そんな風に触れられたら、勘違いしてしまう。

    「寧々が言うように、会わなければいいと分かってはいるんだがな…」

    はぁ、と溜息を吐いて、腕で顔を覆った。
    神代に会うのがやめられないのは、オレがまだ神代の事を好きだからだ。学生の頃から変わらず、神代を追ってしまっているから。だから、神代に『付き合おう』と言われて、嬉しかった。嬉しいが、それは神代に会う時のオレが“女性”だからだというのも分かっている。本当は男なのに、“女”だと偽って接しているから、神代はオレに優しいんだ。これが“男”だと知られれば、きっと二度と連絡は来なくなるのだろう。それが怖くて、中々言い出せない。
    バレないよう適度に距離を保ち、もう未練は無いと言って、早めに離れるべきだというのも頭では理解しているんだが…。

    「…このままでは、流れで頷いてしまいそうだな…」

    神代とキスをすると、心臓のドキドキが煩くて、頭も何故かぼーっとしてしまう気がする。そんな状態で神代に『付き合おう』なんて言われては、思わず頷きかねん。絶対にそんな事になってはならないと分かっているのに、どうすればいいのか。会わない、というのが一番手っ取り早いが…。
    どうにかして、会わなくする方法は無いものか。

    「きっぱりと断っているつもりなんだがな…」

    付き合えないと言ったにも関わらず、『何故』と問われていつも有耶無耶になってしまう。『僕が嫌いかい?』と問うのは、ずるいだろう。“嫌い”だなんて、言えるわけがないのだから。もう好きではないと言ったことはあるが、それでもダメだった。それなら、もっとハッキリとした理由が必要なのかもしれん。それこそ、オレが男だと打ち明けるような…。いや、それが出来れば苦労しないんだが…。

    「神代が諦める、理由…か……」

    そもそも、神代はオレでなくても良いはずだ。もっと綺麗な女性は沢山いるのだから。それなのに、何故オレに拘るのか。神代が優しいから、相手をしてくれているだけだとしたら…。
    女装しているとはいえ、せっかくの休みをオレに合わせてくれているのは正直申し訳ない。他に、神代が遊ぶ女性は今はいないのだろうか。

    「………他、に…?」

    そこで、はた、と思いつく。
    神代は女性関係が広い。高校の時、噂がすぐに広がる程だ。モデルになってからはあまりその話を聞かないが、あれだけかっこいいのだから、女性が寄ってくるだろう。たまたま同窓会で会ったオレに興味を持ってくれたが、オレが会わなくなれば他の女性を探すはずだ。その為にも、やはりオレは一度神代と距離をおく必要がある。
    ただし、それには理由がいる。神代とは付き合えない、ハッキリとした理由が。神代を『嫌いだ』と言えないなら、神代では駄目な理由をオレが作ればいい。

    「神代以外にお付き合いしている相手がいれば、さすがの神代も諦めるだろう!」

    なんという名案か。
    『付き合っている恋人がいるから』と神代に言えばいいんだ。そうすれば神代も、『それでは仕方ないね』と諦めてくれるに違いない。何故こんな簡単な方法に気付かなかったのか。神代に告白したのは高校の頃なのだから、その間で恋人が出来てもおかしくはないはずだ。
    そうと決まれば、次に神代から連絡が来た時にでもそう伝えよう。それで全て解決だ。

    「…まぁ、これで神代と会えなくなるかもしれないのは少し寂しいが……」

    早い内に解決する方がいい。いつまでも女装している事を隠していられはずが無いのだからな。
    もやもやとしてしまう気持ちに色々と理由を付けて誤魔化せば、タイミング良くスマホが大きな音を鳴らした。ビクッ、と肩が跳ね、慌ててスマホを手に取る。画面に映る『神代』の文字に思わず息を飲んだ。神代からの連絡はそれなりに来るので何らおかしくは無い。先程もメッセージを貰っていたのだから、その続きだろう。オレから返事は返していないが…。それにしても、本当にばっちりのタイミングで来たな。もしかして、オレが考えている事を神代に知られているのではないだろうか。なんてな。
    ロックを解除してメッセージアプリを起動する。表示されたのは、『次の休みの日だけど』という言葉。いつもの誘いだろう、そう思いながら文面を読み進めれば、『暫く仕事が忙しくなるから休みが取れそうにない』というものだった。珍しいな、と思いつつ『お仕事頑張ってください』と返信を打ち込む。それを送った後、次のメッセージを打ち込んだ。
    『ずっと言えませんでしたが、実は、以前からお付き合いしている方がいるので、もうお会い出来ません』そう打ち込んで、送信ボタンに指を置く。ここまではっきりと打てば、さすがにもうデートの誘いも来ないだろう。神代も諦めるはずだ。すぐに他の女性に興味が移って、オレの事も諦め…。

    「ぉわっ…?!」

    不意に、スマホが大きな音を鳴らし、着信が来たと画面に映る。大きく出された『神代』の文字に、思わず口角が引き攣った。このタイミングで、神代から着信が来るとはどういうことか。あのメッセージを送信したのは今だが…?!
    まさか、恋人がいるのを黙っていたことに対して怒って抗議をしようというのではないだろうか。人気モデルをよくも騙したな、と文句を言われるのでは…。いや、最初から付き合えないと言っていたのだから、こちらが怒られる筋合いは無いはずだが…。
    全くと言っていいほど鳴り止まない着信に、顔を顰める。このまま放っておくわけにもいかないが、だからと言って出るのは怖い。なんというか、スマホから黒いオーラが見える気がする。
    切れる気配のない着信をちら、と見て、仕方なく手を伸ばす。スマホの画面を指でタップすれば、先程までうるさく鳴り続けていた着信が止まった。

    「……か、神代、くん…?」
    『誰なんだい?』
    「…ぇ…」

    恐る恐るスマホを耳に当てれば、低い声が機械越しに聞こえてくる。てっきり、いつもの様に『こんばんは』とふんわりした挨拶が聞こえてくるものだと思っていた為に、驚いて変な声が出てしまった。
    いつもと雰囲気の違う神代の声音に首を傾げれば、『天馬くん』と名を呼ばれる。

    『君の恋人って、誰かな?』
    「ぇ…ぃゃ……」
    『いつから交際していたのかな? 歳は? どういう人だい? 君は僕よりその人が良いのかい?』
    「…ぇ、もしや、怒っているのか……?」

    こちらの返答を待たずに次々飛び出す問い掛けに、口角が引き攣る。何故か冷たい声音に背筋がぴん、と張りベッドの上に座り直した。まさかとは思うが、怒っているのだろうか。オレに騙されたと、そう言われるのだろうか。同窓会からかなり経っているし、その間ずっと神代とデートしていたのだから、そう思われても仕方ないとは思うが…。いやいやいや、神代だって高校の頃色々な女性と遊んでいたと噂もあったのだから、同じ話だろう。実際、オレに恋人なんていないのだし…。
    そもそも、オレは男なのだから。

    『答えてよ。僕よりも君に相応しい恋人だと言うのかい?』
    「…いや、そもそもオレは神代とは……」
    『君の態度からして、今も少なからず僕に対して好意があると自負しているのだけどね?』
    「う゛…」

    率直な言葉に、唇を引き結ぶ。
    神代の言う通り、オレは未練がましく振られてからもずっと神代に片想いをしているわけで、他の恋人なんて考えたことすらない。だが、それを今ここで言う訳にはいかないんだ。ここではっきり『付き合えない』と言わなければ、いつか神代に流されてしまう。
    ゆっくりと息を吸い込んで、時間をかけて吐き出す。こうなったら、神代にこの話を信じてもらう他ない。それならば、多少の嘘は致し方ないだろう。頭の中で何となくイメージを組み立てて、よし、と一つ気合を入れる。

    「神代の事は、ファンとして応援しているんだ。だが、それは恋愛とは違う想いで…」
    『キスまでしておいて、愛はないと?』
    「っ、…とにかく、オレには恋人がいて……」
    『誰?』
    「こ、高校の、同級生で……」
    『何組の子?』
    「そ、そこまでは…」
    『運動が得意とか? それとも学力に秀でた子かい?』
    「いや…ぇ……」
    『名前は? 君と同級生なら、僕も知っているかもしれないよね? もしかして、この前の同窓会にもいたのかな?』
    「ぁ、……その…」

    オレの返答にすぐさま返ってくる神代の返しに口篭ってしまう。下手な事を言うと、気付かれてしまいそうだ。だが、有耶無耶に返しては、“恋人がいる”ということ自体疑われる可能性がある。バレない程度に人物像を創って、信憑性を高めねば…。
    んーっ、と頭を悩ませれば、機械越しに『会わせてほしいな』と聞こえ、発射的に顔を上げた。聞き間違いでなければ、予想もしていなかった言葉が聞こえた気がするのだが…?

    「…ぇ……」
    『実際に会わせてくれないかい? 君に相応しい相手か、見定めてあげるよ』
    「いやいやいや、何故そういう話になるんだ…?!」
    『今更すんなりと諦められるはずがないからね。少しは悪足掻きもしたくなるさ』

    低くもどこか楽しそうな声音に、言葉が詰まる。
    すんなり諦めると思っていたのに、何故悪足掻きをする必要があるのか。『それなら仕方ないね』という言葉を予想していただけに、全く理解が追いつかない。会ってどうするのか。オレの言葉を疑っているのか? 実際にいると分かれば、すんなり諦めるということか。
    会わせたいが、生憎とオレにそんな奴はいない。そもそも、男である事を隠さねばならんから神代と交際出来ないんだ。神代以外の誰かを好いたこともなければ、現在進行形で神代に片想いをしているというのに…。

    「…あ、相手は、その…仕事が忙しくてな……」
    『そんなに時間はかけないよ。休みも出来る限り合わせるから』
    「だが…、」
    『写真でもいいよ。君と二人で写った写真とかはないのかい?』

    にこりと、神代が笑った気がする。これは、確実に相手がいないと疑われているのではないだろうか。そうだ、絶対そうに決まっている。オレが神代の告白を断る為に嘘の理由を作ったとバレているではないか。でなければ、“写真でもいい”なんて言うはずがない。
    中々折れてくれない神代に、頭が痛くなる。このままでは、嘘を看破され、いつもの流れになるに違いない。かといって、適当な写真を送るわけにもいかない。オレと二人で映った写真となると、“女装したオレ”と誰かの写真になるはずだ。そんなものがあるはずが無い。

    「しゃ、写真は無いんだ…、撮られるのが嫌いな奴で……」
    『それなら、直接会わせてほしいな。君が大切にされていると分かれば、僕も諦めがつくかもしれないからね』
    「ぅ……、そう言われても…」

    いない人物とどう会わせればいいのか。オレと同級生で、一時的に交際するフリをしてくれるような奴なんているはずがない。そもそも女装した姿で同級生に会えば、良い笑いものだ。同窓会の時は酒が入っていたからしたようなもので…。
    同級生の顔を頭に浮かべながらどう切り抜けるか悩めば、機械越しに神代がクスッと笑った。

    『会わせてもらえないなら、僕は君を諦めきれないからこれからもアプローチを続けさせてもらうよ』
    「っ……そ、それは困るっ…!」
    『それなら、早く落とされてほしいな。気長に待つつもりだけど、そろそろキスだけでは物足りないよ』

    先程とは打って変わって、神代の声がいつもの様な優しい声音に変わる。じわっ、と顔が熱くなり、耳に当てたスマホを握り締めた。態とらしくスマホから ちゅ、とリップ音がして、一気に顔に熱が集まる。心臓が大きく鳴り出し、ぎゅ、とスマホを持つ手と反対の手で胸元を握り締めた。こういう所がずるい。こういう事ばかりされたら、神代を意識させられてしまう。ただでさえこんなに好きだと言うのに、隠せなくなる。
    ほんの少しスマホを離し、「ぁあ〜〜…」と腹の奥から唸り声を吐き出す。もう嫌だ。こんな事を続けられては、逃げられない。

    「…分かった。来週の日曜日に会わせてやる」
    『え』
    「だから…、恋人に会わせたら、もう終わりにしてくれ」

    そのまま神代の返答は聞かず、通話を一方的に切る。このままでは、さらに要らんことを言ってしまいそうだ。
    はぁ、と深く息を吐いて、スマホをベッドの上に放る。そのままシーツの上に倒れ込んで、体に入っていた力を抜いた。ぐったりと布に沈む体に苦笑して、腹の奥から唸るような声を吐き出した。
    いつも以上に、どっと疲れた気がする。

    「……来週までに、恋人を作らねばならんなぁ…」

    自分で言い出してしまった嘘に、今日一番重い溜息が零れた。

    ―――
    (類side)

    「…高校の時からの恋人、ねぇ」

    切れてしまった通話に息を一つ吐いてソファーへもたれかかる。
    今日のデートも、今までとそう変わらなかった。キスをした時に彼女に触れてしまって、逃げられてしまったけれど…。それくらいで、彼女が僕を嫌いになるとは考えにくい。デートの度に可愛らしい反応をしてくれているのに、『好きではない』と言われたら疑ってしまう。自意識過剰だと言われてしまったら、言い返せないけどね。
    それに、このタイミングで『他に恋人がいる』なんて言われて信じられるはずもない。今までそんな事を言われてはいないのだから。相手の特徴を聞いた時も返答が曖昧だった。
    もしかしたら、僕の告白を躱すためについた彼女なりの嘘なのかもしれない。

    「…嘘をつく程、嫌われてしまったのかな」

    そんなことは無いと思いたいけれど、態度や反応とは裏腹に僕からの告白は一向に受け入れてくれない。もしかしたら、男性に慣れていないだけで、本当に僕のことを何とも思っていないのだろうか。
    まぁ、それでも天馬くんを振り向かせると決めたのだけど。

    「………同級生、ね…」

    高校の頃の事は、正直あまり覚えていない。色んな女の子に声をかけられ、遊んだことは覚えているけれど。その時に印象の強かった子達は名前も覚えている。連絡先はつい最近まで残っていたけど、天馬くんを好きだと自覚してからは全て消したから今は残っていない。天馬くんと仲の良かった子を探すとなると、現状では難しいかな。連絡を取り合う程仲の良い男友達もほとんどいなかったから、情報が得られない。
    更に、僕は学生の頃の天馬くんの顔を覚えていない。告白された事さえ思い出せないんだ。天馬くんの様な印象深い子なら、忘れられないと思うのに。

    (せめて、顔が分かれば思い出すかな…?)

    今の彼女と高校生の彼女で、容姿にかなりの差があるとしたら思い出せないのも納得できる。それこそ、この十年で劇的なダイエットをしたとか整形手術をした、なんて事があれば尚更だ。努力の結果可愛くなったのだとしたら、僕に相応しくないと拒む気持ちも多少は察せる。そんな事を気にしているなら、気にしなくても良いのにね。本人の気持ちだから、追求は出来ないけど。
    天馬くんの話を聞く限り、学生の頃に彼女と話したのは告白の時だけのようだし、もう少し他の情報が得られればいいのだけど…。

    「天馬くんに、学生の頃の写真を送ってもらおうか…」

    そう思い至って、首を横に振る。もし、彼女が学生時代の容姿に自信がなかったとしたら、送りたくはないだろう。当時彼女の告白を断った僕が相手なら、尚更見られたくないかもしれない。それなら、他に当時の彼女を知るには…。
    そこで、はた、と思い出した。彼女は同級生だ。高校の同級生なら、顔を合わせていなくても大きな行事で一緒に参加している可能性が高い。修学旅行や体育祭の写真に、映っているかもしれない。

    「…と言っても、行事の写真なんてあったかな……」

    学生の頃の写真を見返す事なんてほとんどない。買ったかどうかも怪しいけど、そんな中から天馬くんを探せるだろうか。学年ごとの全体写真でもあれば話は別だけど…。いや、その場合、彼女の顔が変わっていたら見つけられないかもしれない。名前と一緒に顔が確認出来れば良いけど、そんな都合のいい物があるだろうか。
    なんとなく昔の物をしまった箱を引っ張り出し、中身を漁る。アルバムはあるけれど、家族写真ばかりで学生の頃の写真は殆ど出てこない。学生の頃の作文や工作も捨ててしまったから、探しても何も出てこないかもしれないな。
    そう思いながら箱を漁っていれば、大きなサイズ本を見つけた。ケースに入ったそれを引っ張りだし背表紙を見れば、“卒業アルバム”と書かれている。

    「そうか、卒業アルバムなら……」

    高校の卒業アルバムをケースから出し、ページを捲る。当時の同級生が書き込んでくれたのだろうページを飛ばし、目次も飛ばす。ぱらぱらと捲った所で出てきたのはクラス写真だ。一人ひとりの写真の下に、その子の名前が載っている。各クラスごとにまとめられたそのページを開き、上から順に目を通した。『天馬司』という名前を探して、女子生徒の欄を順に目で追う。

    「……おかしいな、どのクラスにもいない…?」

    見つからなければ次のページへ、と確認するも、『天馬司』という名前が見つからない。僕のクラスのページも念の為に見たけれど、やはり居なかった。彼女は一度も同じクラスにはならなかったと言っていたから当たり前だろう。
    もう一度ページを戻りながら名前を確認してみたけれど、やっぱり天馬くんの名前は見つからなかった。個人写真だから、写真を撮る時に休みだったという訳でもなさそうだ。それなら、見落としたのだろうか。
    もう一度、今度はページの上から順に全て確認していく。当時の担任の写真、女子生徒の写真、そして男子生徒の写真。このページには居ない。次のページも、上から確認していく。

    「……ぁ…」

    そうして一つひとつ名前を確認して、漸く『天馬司』の名前を見つけた。写真を見れば、確かに“天馬くんと同じ顔”をしている。
    けれど、僕の知っている彼女とは違い、綺麗な髪がとても短かった。きっちりと第一ボタンまでとまった襟には、見覚えのある“ネクタイ”がしめられている。

    「…お、とこ…?」

    ブレザーを着て、やや緊張した様子の天馬くんの写真。それは、男子生徒の写真が並ぶ真ん中にあった。短く切り揃えられた髪と、大きな蜂蜜色の瞳。それは紛れもなく天馬くんなのに、僕の知る“天馬くん”とは印象が正反対の男の子だった。
    何故、と写真を何度見直すも、写真は変わらない。頭の中で、以前会って話をした天馬咲希くんの言葉が脳裏を過った。

    『アタシにはお姉ちゃんも妹もいませんよ? お兄ちゃんはいますけど…』

    その言葉を思い出した瞬間、一気に周りが静かになった気がした。雑音が消え、頭の中がクリアになるような感覚を覚える。
    咲希くんは、僕の同級生に“兄”がいると言っていた。天馬くんと同姓同名の、男子生徒。女子生徒の中に名前の見つからない天馬くん。このアルバムにある天馬くんの顔に見覚えがあるのは、咲希くんに似ているからでも、“天馬くん”に似ているからでもない。
    僕は確かに、“天馬くん”を知っている。

    『悪いけど、男に興味はないかな』

    頭の中で再生されたその言葉は、紛れもなく“僕自身が言った言葉”だ。
    何故こんなにも印象深い“彼”の事を忘れていたのか。

    「…どうりで、思い出せないわけだ」

    重い息をひとつ吐いて、その場にしゃがみ込んだ。
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