「冷える前に部屋へ戻ろう」
スキーグローブを外した左手を差し出され、私は思わず固まった。
「え…っと」
「吹雪いてきた。足元も悪いし、司令にまで遭難されてはかなわない」
まるでこうするのが当然という態度に、動揺したこちらがおかしいのかと混乱してしまう。オスカー、ウィルと共に、既に先を歩いているアキラの「おせーぞ、司令! ブラッド!」という声が飛んできて、手を振り、すぐいくと返事をした。
「グローブはしたままでいいよ。ブラッドの手が冷えちゃう」
「それでは司令の手袋が濡れてしまうだろう」
そこでようやく、ブラッドの意図を理解した。
私の手には、ウィルが編んでくれた手編みの手袋がはまっている。暖かくて、柔らかい、編んだ本人を思い出させるようなそれは、もちろん防水ではなく。雪遊びなんてしたらすぐべしょべしょになってしまうだろう。ブラッドは、これが濡れてしまうのを懸念して、素手を差し出したのだ。変にどきどきしてしまった。
「じゃあ、お願いします」
意識してしまったのを誤魔化すように、手を重ねた。私より一回り大きい手が、しっかりと、赤い手袋ごと私の手を包み込む。グローブの中で温められていた彼の手の温もりが、手袋越しにも感じられた。
アキラ達はもうかなり先を歩いていて、吹雪く中、言葉少なにふたりで後を追う。積もり続ける雪は柔らかくて、歩くたびに足が埋まった。これは、確かに手を繋いでいてもらってよかった。
時折ブラッドからかけられる「大丈夫か」という声に返事をしながら、普段から彼は私と歩くとき、必ず速さを合わせてくれているのを思い出した。
職務に関しては妥協を許さず、厳格に接するブラッドのその行動が、彼本来のスマートさを物語っていて、気付いた時には感嘆したものだ。
今だって、膝まで埋まる私が転ばず歩けるように、しっかりと握った手で支えてくれている。今回もブラッドは、体格の差がある私を流れるように気遣ってくれたのだ。
歩みを進め、彼を見上げる。ばちりと目があった瞬間、心臓が大きく跳ねた。
「司令?」
どきん、どきん、とうるさいくらいに心臓が鳴る。
「歩きにくいのであれば、俺が抱えても構わないが」
彼の提案に、それは大丈夫、と小さく返す。なびく髪の一筋すらきれいな彼が、そうか、と言ってまたしっかりと私の手を引いた。
アキラ達の姿はもうみえない。部屋まで、あと十五分はかかるだろうか。
生まれたばかりの想いで頭をいっぱいにしながら、私はもう一歩雪を踏みしめた。