「冷える前に部屋へ戻ろう」
そう言って差し出されたブラッドの手は、グローブをはめていない私を気遣い、同様に素肌だった。
私とブラッドは、もちろん手を繋いで歩くような関係ではない。
第十三期の司令と、その任について四ヶ月ほどの私のサポートもしてくれている、メンターリーダー。それ以上でも以下でもない。それなのにブラッドが手を差し出してくれた理由は、往路、既に一度私が雪にはまって動けなくなり彼に助けてもらったことと、先程から雪がさらに強まり、視界が悪くなってきたためだ。また雪にはまって置いていかれないよう、エスコートを申し出てくれているに過ぎない。
……過ぎないのだけれど。
「おい! なんでブラッドが司令と手繋ぐ必要があんだよ」
重ねようとした手をスノーボードのグローブのまま、がしりと掴まれる。雪で濡れたグローブの質感は、きんと冷えた私の手には痛いほどだった。ブラッドはこうならないように、グローブを外して手を差し出してくれたのだと身をもって理解する。
「……アキラ」
呆れたようなブラッドの声、苦笑する私。面白くないアキラが言葉を続ける。
「帰りも司令がコケねぇようにってことだろ? だったら誰が繋いだっていいだろ」
「構わないが、まずはそのグローブを外せ」
ブラッドに言われて初めて、アキラは自分が掴んでいる手をみる。赤くなった私の指先を見ると、彼は「悪ぃ!」と慌てて手を放した。
大丈夫、と、もう片方の手で真っ赤になった指先を温め、息を吹きかける私を見たアキラは、しゅんとしながら自らのグローブを外す。
「ブラッド、ありがとう。あとはアキラにお願いするので、ウィルたちと先に行っていてください。すぐに行きます」
「わかった。アキラ、あまり離れすぎないように」
「わかってる」
つんと唇をとがらせ、けれど自分も悪かったと反省の色が見えるアキラの表情を確認してから、ブラッドはウィルとオスカーにインカムから声を掛ける。それを右耳で聞きながら、アキラはもう一度ぽそりと「悪い」と呟いた。
「痛かったろ。赤くなってる」
そう言って、今度は少しかさついた彼の素肌が、優しく私の手を包み込んだ。今は能力を使っていないはずなのに、アキラの手は焚き火にあてているようにぽかぽかだ。
「大丈夫って言ったでしょう。アキラの手すごく温かいから、赤いのもすぐ治るよ」
ありがとうね、と続ければ、アキラは小さく「おう」とだけ返してきた。まだ少ししょげているようだ。いつもは自信満々なのに、時折こうやってしゅんとするところが、まだ十代なのだと感じて微笑ましくなる。本人に言ったらガキ扱いをするなと怒られそうだけれど。
「ほら、私たちも早く行こう」
先程まで痛いほど冷えていたのが嘘のように、あっという前に温まった指で彼の手を握れば、あちらからもぎゅうっと、一回り大きな手がこちらを強く包み込んでくれた。