あのWCが終わり、受験を迎え、引退式も過ぎ去り、卒業も迎えた。もうここで出会った誰とも関わることはないだろうと思いながらも、赤司征十郎の顔を思い浮かべていた。良くも悪くも印象深いあいつを忘れることはあるのだろうか。
ーーそう黛が思っていたられたのもほんの数日のことだった。
赤司はなにかにつけて黛に連絡をとってきて、驚くべきことに実際に会いに来ることもあった。黛の進学先は東京で、赤司は京都に住んでいるというのにだ。赤司の実家は東京にあるらしいので、東京に来ること自体は何も珍しいことではない。
しかしなぜ黛に会いに来るのかがわからない。黛と関わることで赤司にメリットがあるはずがなく、それどころか距離が遠い分時間が無駄に消費されるためデメリットがあると言えるだろう。いくら追い返そうと突き放しても一切響く様子もないので、面倒になった黛は適当にあしらう事にした……筈だったのだが。
「黛さん……黛さん黛さん黛さん黛さん……! どうしてオレから距離を取ろうとするんですか? どうして返事をくれないんですか? この部屋に誰かいれたんですか? どうして……どうして……」
部屋に上がりこんできた赤司は、急に黛を押し倒してまるで呪詛のように言葉を吐き出しはじめた。どこか錯乱しているようにも見え、瞳は暗く淀んでしまっている。
(もったいないな)
そう思ったときにはすでに赤司の頬に手を添えていた。するとまるで油の切れたロボットみたいにぎこちなくゆっくりとこちらを見つめてきて、ようやく目の焦点が合った気がした。
「黛、さん」
「お前さ、全部きれいなのにそんな目してたらもったいないぞ。目が濁ってる」
親指だけを使って頬を撫でる。そうすれば赤司の目には光が戻り始めていて、だんだんと潤いを帯びていくのがわかった。そのままじっと見つめていれば、彼は何かを言いかけて口を閉じた。そして次の瞬間には勢いよく起き上がってきて、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「……なんだあいつ」
一人取り残された黛は呆然と呟く。あれだけの執着心を見せられて、あんな風に言い寄られて、全く気にしていないといえば嘘になる。だがそれよりも、もっと気になることがあって。
「あぁ……っクソ!」
どうにも上手くいかない自分の思考回路にイラつきながら、黛はベッドへと倒れこんだ。バクバクと心臓がうるさいくらい高鳴っていて、このままだと死んでしまうのではないかとさえ思えてくる。
(まさか、オレは……)
黛千尋にとって、赤司征十郎は光だった。それはコートの上でも、そうでなくても。眩しくて、美しくて、目が焼かれてしまいそうだった。だからこそ、ずっと目を逸らしていた。
(その結果がこれなのか? オレがアイツを濁らせた……?)
そんなはずが無いと頭を振る。黛千尋が赤司征十郎に影響を与えるなんて、そんなことがあるはずがない。だって自分は影で道具にすぎないのだ。だから、そんなことはありえない。絶対に。
『黛さん』
脳裏に浮かび上がる赤司の姿を振り払うようにして、黛はきつく瞼を閉じる。そうしなければ、溢れ出してしまいそうだった。