「なるほどなぁ…ホムガーの爆発は出産、かぁ。本部からの資料に無かったが、これはかなりの重要案件だぞ。」
「命を繋ぐというのは大切だが、人里でやられちゃたまらんよな…。ま、次がいつになるかわからんが、今後防衛隊の監視対象になるだろ。」
なんだかんだで恒例となった特機団長らのSKIP訪問情報交換会、何度目かのその日、SKIP星元市分所でユウマのまとめた資料を手に難しい顔を見合わせたのは、防衛隊特殊機動団長のヒルマゲントと、その副官であるカミオジンだ。
「ホムガーの出産周期ですが、過去のホムガー伝説を徹底的に調べたところ、おそらく数百年のスパンになるかと。」
「数百年!?...なるほどな、道理で防衛隊の記録には無いワケだ。」
「えぇ。ですから、今回僕たちがすべきはいつになるか分からない次に備えて、後世に記録を残すこと、だと思います。」
ユウマの言葉にゲントは静かに頷いた。
「それは俺たちと言うより、君らの役目になるな。」
「そうですね…」
「あの、少しいいですか?」
しばしの沈黙の後、ユウマは口を開いた。防衛隊の、最前線で戦う彼らに聞きたいことがあったのだ。
「ん、どうした。」
「今回のホムガーは、ウルトラマンアークによって周囲に被害を及ぼす事なく爆破出産を終えました。ですがもし、アークが現れなかったら防衛隊はホムガーをあのまま排除してましたか?」
「あぁ。」
「他に選択肢は無いだろうな。」
即答である。
「も、もし、その時にホムガーが出産を控えている事を知ってもですか?」
「…あぁ。」
「それが我々の役目だからな。」
またしても即答である。
「で、では、ホムガーも人間と同じ様に命を繋ごうとしているだけなのだと、告げられたら?」
「…それは、誰に?」
「えっと、その、精霊と呼ばれる者、なんですけど…」
資料の端っこに記載されたホムガー伝説に付随する精霊伝説の欄を指し示す。今回の事案で精霊の姿を見たのはユウマだけだ。しかし、過去の記録にはユウマが見た女性と酷似した人物についての記述がいくつか見受けられた。
「精霊は現れるたびに、人間とホムガーの共存を訴えたと言われています。」
「なるほど…」
資料に、自分が精霊に出会ったことは書いていない。
「ではユウマくん。」
少し考えたゲントは、おもむろにユウマに向き直った。
「君は、どう思うんだ?」
「ぼ、ぼくですか?」
「あぁ。人々が暮らす街を丸ごと吹き飛ばす程の脅威を抱えた怪獣が、命をつなごうとしている。そんな相手に共存を持ちかけられて、君はどう思う?」
「それは…」
ゲントは民間人としてのユウマに聞いているのだろう。戦う術を持たない一般市民としてのユウマに。
もし、アークの力が無かったら、自分はどうしていただろう。言葉が出てこないユウマに、ゲントは静かに語る。
「怪獣の脅威に対し人間はあまりに無力だ。たとえ相手に攻撃の意思など無くとも、怪獣はそこに存在するだけで人々の生活と安全を脅かしてしまう。まして今回、ホムガーが共存を望んだとして、ウルトラマンの介入がなかったら星元市は壊滅していた。それを阻止するのは我々防衛隊の役目だよ。例えその怪獣が子を守る親であっても。」
ため息のような音をこぼして、彼は続けた。
「命に優先順位をつける、という行為が非道な行いであることは重々承知してる。怪獣であっても親は子を守るものだと言うことも。でもね、俺たちは人間で、相手は怪獣なんだ。俺達防衛隊の役目は人間社会を守る事。怪獣が人間の生活圏に現れてしまった以上、両方を守る事はできないし、そうなったら我々が排除すべきは怪獣の方だ。」
「そう、ですよね…。でも、でもあの怪獣たちだって生きてるんです…。」
ユウマだってわかっている。ホムガーが市街地のど真ん中で大爆発を起こそうとしていたこと。でも、彼女の言葉はユウマにとって大きかったのだ。
不意に、今までずっと黙って聞いていたジンが顔を上げた。
「飛世くん、君は確か怪獣災害でご両親を亡くしたと聞いている。その過去を踏まえても、共存という言葉を飲み込めるのかい?」
「…飲み込めては…いない、です。でも、僕は知ってます。親が子を守りたいという願いの強さを。だから、あの怪獣が子供を産もうとしていると知った時、迷ったんです。人間の為に排除してしまっていいのだろうかって。彼らに悪意は無いのにって。」
そうか、と相づちをうって、ジンは続けた。
「これは俺の持論でもあるんだけどな、共存ってのは、力の有る者が言えることなんだ。力の無い相手に言ったって、それは存在の押し付けに過ぎない。今回はそうだったんじゃないかな。怪獣が共存を望んでも、人間の近くにいるだけでこちらに被害がでてしまう。もし、俺たちにもっと力があれば、街に被害を出さずに出産できる環境を用意してやれたかもしれない。ウルトラマンアークには、その力があった。
今の俺たちにその力は無かったんだよ。だから、怪獣ホムガーが次の世代に命を繋ぐとき、人間側に力がある様な、そんな未来を願うしかないんじゃないかな。」
優しい声で彼は言う。
「だからこそ、今の俺たちができることはさ、最初に君が言った通りのことなんだと俺は思うよ。」
「僕がですか?」
「あぁ。記録し、後世に残す。これに尽きる。記録がはっきりと残ってさえいれば、次が来た時に対処できるかも知れないからね。」
「そっか…そうですよね…うん。」
この問題を飲み込むことはできないかも知れない。でも、今のユウマ達にできることはそれだけなのだ。次の時にウルトラマンが居るかはわからないのだから。
資料の束をカバンにしまい込み、分所を去っていく2人を見送ってユウマは応接室の長椅子に寝転がった。“何もわかっていない。”そう言って己を咎めた彼女の顔を思い出す。
次が来た時、彼女が笑顔でいられるかは、今の自分達にかかっているのかも知れない。そう思った。