ハンカゲ馴れ初め話「はあ…………」
息を吐いては右へふらふら。
「すぅ〜…………」
息を吸っては左へふらふら。
かれこれ15分近くはそんな調子で玄関口をウロウロさまよっているイッテツに、ヒスイはばしんとグーパンチを入れた。クロガネも呆れているのかその場に伏せながらわふ、と一声あげた。
「イテッ」
「いつまでそうしてるニャ!昼時を逃すどころか日が暮れるニャよ!」
「うグッ、いや、うーん……それはそうなんですかその、心の準備とか……」
「どうせアレコレ考えてても本人前にしたらパニクってトチるんにゃから準備にはな〜んの意味もニャいとおもうニャ。」
「……そこまで言わなくてもよくないですか?」
困ったようにアタマを掻きながらへらりと笑う人懐っこい青年……イッテツは、手に握りこまれた紙を広げた。カムラ名物うさ団子を振る舞う茶屋の娘にしてイッテツの心強い味方でもあるヨモギから、2人で食べに来るとうさ団子がいっそうお安くなるというクーポン券をもらったのだ。これをデートの口実にしてね!……とドッカンキツ大福のように弾ける笑みでもって持たされた大切な紙。……を、懐へ戻し、また取り出して、広げて見て懐へ戻しを落ち着きなく繰り返し、ルームサービスとヒスイ、クロガネがシャボン玉で仲良く遊び出した頃ようやく両頬を叩いた。
「よし、行きましょう!!!」
「……にゃっ」
「ワォンッ」
道すがらハネナガさんやセイハクに軽く挨拶をしながら、イッテツは真っ直ぐ雑貨屋へと向かった。薬品を買うために何度も通っているのに、雑貨屋へ行くまでの時間、カゲロウの前に立つこの瞬間にはどうにも慣れることはない。
「いらっしゃいませ。」
鼓膜を震わすカゲロウの低い声に思わずぎゅっと拳を握りしめてしまう。今日は仮面をつけていないので変な顔は出来ないと思うと、余計に心臓がバクバクした。
「……どうも!回復薬5つ貰えますか?」
「かしこまりました。おや、今日はオトモの皆さんはおられませんので?」
「ヘッ!?あ、ああ、そ、そうなんですよ彼らもたまには休ませてあげようと思いましてねハハハ……」
慌てて辺りをチラチラ見回してみたが確かにいない。……もしや端から着いてくる気なんかなかったのでは?!
なんだかんだ言って背中を押してくれる頼もしい友人がいないと知り、内心冷や汗をかきながらイッテツは懐の紙を取り出しカゲロウの前に見せた。
「?これは……」
「よ、ヨモギさんからうさ団子のペアクーポンを頂きましてね!その、カゲロウさんさえ、よければ……おっ、俺と、お茶しませんか」
イッテツは微笑んだが、うまく笑えているか分からなかった。カゲロウの顔はどんな強風にも負けないふしぎなお札で隠されており、その表情をうかがうことは出来ない。時間にすればほんの数秒だとしても、イッテツにとっては永久にも思える長い時間が流れる。
「……私でよければ、是非ご一緒させてください。」
お札の下から漏れた笑い声によりやっと安堵したイッテツは、昼前にもう一度カゲロウのもとを訪れることを伝えると、翔虫を使って文字通り疾風のような速さで帰宅した。
「はあ、はあっはっ、は……はぁーっ……」
「おつかれニャ〜、その様子だとちゃんと誘えたみたいだニャ」
ニャハハと陽気に笑うヒスイをみるやいなやイッテツはほっぺをむちゃくちゃに揉んだ。
「ぶゃにゃゃにゃ」
「どうして!!どうして俺を1人で行かせたんですかあ!!!!」
むにむにと好き勝手弄ぶイッテツの手を叩くとヒスイはフンと鼻を鳴らした。
「……むしろデートのお誘いするのににゃんで同伴がいるのニャ……もういい大人にゃんだからそれくらい1人でやるニャ。クロガネもそう思うよにゃあ?」
「わんっ」
「うう……、……」
もごもごと口を動かすも結局何も言い返せなかったイッテツは、囲炉裏の横に座り込んだ。
(里の英雄も好きな人の前では形無しなのにゃあ……)
昼までなにかクエストをこなそうかと思ったが、多分今は何をしても身が入らないだろうし何より天地がひっくり返っても絶対に遅刻したくなかったので、イッテツは軽くストレッチしたり武器の手入れをしたりして時間を潰した。
そして時は来た。
毛皮でできた服ではなく、軽く見た目も爽やかな花浅葱色の着流しを纏ったイッテツは再びカゲロウの前に立った。カゲロウもこちらに気付くとするりと歩み寄ってきてくれた。今この時は、自分とカゲロウを切り取る商人と客という枠組みが外れていると思うとどうしようもなく浮かれてしまう。
「あっ、ど、どうも。さっきぶりですね」
「こんにちは、イッテツ殿。今日はお誘いありがとうございます。」
ニコ、と笑いかけてくれた、ような気がする。そうだといい。まだ何も始まってはいないのにじわ、と顔が赤くなっているのをごまかすように頭を振った。
「いえ、そんな……ハハハ……で、では早速、お団子食べに行きましょう!」
「ええ。」
カゲロウとめかしこんだイッテツが並んで現れたのを見るなりパッと顔を輝かせたヨモギは、メニュー表を渡すなりすぐさま引っ込んでしまった。すれ違いざまにちょん、と腕を小突いてブイサインをくれた彼女にこちらも小さく返した。……彼女には頭があがらない。
「イッテツ殿のオススメはどちらですか?」
「はエッ俺のオススメ!?……そうだな……薬湯蒸し団子なんかはクエスト前によく食べていってますよ。薬草の風味が爽やかでおいしくて……」
「フフ……私も好きですよ。」
瞬間、ひゅゴッと喉が鳴る。団子を頬張っているときに言われたら盛大にむせていたことだろう。
「ぁ、アハハ……おっ美味しいですもんねえ!!……あっ、よ、ヨモギさん、俺かむらだんごと薬湯蒸し団子とオネガ芋練りをセットで!!」
「では、せっかくですから私も同じものを頂きましょう」
「……はーい!お任せあれ!」
伝票にさらさらと注文を書き込むと、ヨモギはそそくさと退散した。
……ああああやってしまった!!本当はもっと和やかにお話したかったのに!!というか、カゲロウさんがメニュー決めてから注文するのが筋なのに先に決めて注文してしまった!!!!カゲロウさんに気を遣わせてしまってあああもお消えてしまいたい!!!!
……と内心しっちゃかめっちゃかの大騒ぎだったが、目に見えて取り乱してはいよいよ台無しになってしまうため、イッテツは努めて冷静であろうと深呼吸した。
「今日はどうして私を誘ってくださったのですか?」
「いつもお世話ににゃっ……なっているので、その、お礼ですよ。…………」
「これはこれは……ありがとうございます。」
イッテツは内心はちゃめちゃに項垂れた。もうこの世の終わりかと思うほどに項垂れた。
めちゃくちゃ派手に噛んじゃったな……なんかもうほんと今すぐここにバゼルギウス飛んできて全てをウヤムヤにしてくれないかな……
……全身が泥になりかけたころ、お皿にお団子を盛り付けたヨモギがさっそうと現れた。
「おまちどうさま!ではおふたりでごゆっくりどうぞ〜!」
つきたてのお団子はお天道様の光を反射して艶々と輝いている。
「おお……!」
「おいしそうですねえ。」
「では早速いただきます!」
「いただきます。」
かぶりつくとふわりと香る芋の甘みに頬がとろけそうになる。いつもは一思いにムシャムシャと食べてしまうが、今日は少しでも長く食事が出来たらと思い、ゆっくりよく噛んで食べようと心に決めていた。
「おいしいですね!」
「ええ、いつも素晴らしいです。ヨモギ殿の作られるお団子は……うん?どうかなさいましたか?」
モグモグと団子を頬張りながらニコニコとこちらを見ているイッテツに気がついたカゲロウは、くるりと振り返った。
「ッ!ぁ、いっいやあ、いつもは狩猟前の腹ごなしに食べていくことがほとんどだったので、ふつうに食事として……しかも誰かと一緒に食べるなんて、こどもの頃以来だったので……」
「おや、そうだったんですか……」
カゲロウとイッテツは他愛もない話を交わした。大社跡で、最近見つけた辺り一体がよく見渡せる高台のこと、名も知らぬ花の美しさ、狩猟したモンスターから多めに素材が剥ぎ取れて嬉しかったこと……
……時間はあっという間にすぎ、いつしか解散予定の時刻よりかなり経っていた。
「そろそろ解散致しましょうか……」
イッテツはすっかり冷えた茶を一気に飲み干すと、勢いよく立ち上がった。
「…………あの……かっ、カ、カゲロウさん、」
突然立ち上がったイッテツにカゲロウは驚いて向き直った。イッテツは普段は見上げているカゲロウの顔を見下ろすと、ぐっと足を踏み締めた。
「また俺と、ごっご飯、来てくれますか!?」
「!、ええ……イッテツ殿がお誘いしてくれるなら、いつでもご一緒させてもらう所存ですよ」
「それから……あの……お、お願いが……あ、るんです……けど……」
「…………」
湯気が出そうなくらい顔を真っ赤に染め上げたイッテツは、勢いよく手を突き出しながら頭を下げた。
「俺と……俺と!!お、お付き合い……」
「!」
「…………を、前提にお友達になってください!!!」
「ええーーーーーー!?」
叫んだのはカゲロウ……ではなくヨモギだ。ガーグァがシビレガスカエルを食らったような顔をしている。シラタマとキナコも顔を見合わせてぽかんとした。
「なに言ってるのニャ!?」
続いてどこから来たのかいつから見ていたのか、クロガネに跨ったヒスイがクエスト受付場の屋根から降り立った。
「ヒスイ!?」
「そこは『お付き合いしてください』でいいニャ!!!」
意気地無し!!と足元で跳ねるヒスイに、イッテツはカゲロウに向けて手を差し出したまま言い返した。
「いいえダメですこういうのは段階を踏まないと!!俺とカゲロウさんはプライベートでそんなにお話することはほとんどなかったんですからねだからこれから少しずつ距離を近づけたいと思ってますけどでも少しはオトコとして意識してほしいですし」
「あの……」
「!!!!」
カゲロウの低く、それでいて凛とした声が空気を裂いた。ビクッとイッテツの肩が震える。カゲロウの顔はお札で隠れていると分かっていても、それでも見るのが恐ろしくて、油を差されず放置されたカラクリのようなぎこちない動きでカゲロウを振り返った。
いつの間にか立ち上がっていたカゲロウの顔は相変わらず見えないが、イッテツは彼は今微笑んでいるのだと確信した。
カゲロウの白魚のようにしなやかな指がイッテツの厚く硬い手を包み込む。
「ぁ、」
「……お友達……からでなければ駄目なのでしょうか?」
「へっ?」
「私は……イッテツ殿と、もっと親密になるのもやぶさかではありませんよ」
「え、えっ、ぁ、…………」
顔どころか全身真っ赤に赤らめたイッテツは、半泣きになった顔を隠すように俯いた。