正夢?「なぁ...恵美」
「なに?誠一。」
ひたいをつたる汗。左腕にのしかかる恵美の体重、
温もり。
「なに?じゃないやろ!!ひっつきすぎやぞ今日のお前っ!」
ぎゅうぎゅう、と左腕を抱き、猫のように擦り寄ってくる。
「べつにいつも通りでしょ?」
何かがおかしい。いつももこんな感じやったか?いやそんなわけない...馬鹿みたいに考えているうちも、恵美はすりすりと俺の腕で身じろぐ。まじでこいつ、猫にでもなったんとちゃうか?!と、おかしな結論に至りそうになったところで、恵美がまたひとつ。
「普段通りじゃないっていうのはさ、こういうのを言うんじゃない?」
そう言うと、恵美は俺にぐいっと近寄り、膝に乗った。
「誠一。キスしてよ」
へ?
「はああああ?!何言うとんねんお前?!」
一瞬思考が止まって、いや、なんなら今でも恵美が何を言っているか全くわからん!!
「じゃあ僕からしちゃうよ。」
「あかんあかん!ほんまにお前が何言ってるかわからんけど、絶対あかあああん!」
そんな俺の言葉に聞く耳持たず、恵美は少しだけ頬を赤らめて...
「うわああああっ!!」
俺はいつもより何倍もでかい声を出し、飛び起きた。ベッドが大きく軋む。
夢。あれは夢。
夢でよかったのか?そんな疑問が浮かんだが、考えれば考えるだけ良くない気がしてやめた。
おもい腕で事務所のドアを開ける。「おはようさーん...」
朝の早い事務所には静けさが漂う。
サンルームの花に水をやり、恵美の朝食を作るためにキッチンに立つ。
トントン、とネギを切っていると、足音が聞こえた。
「おはよう...」
「おぉ、!起きとったんか...」
「水飲もうと思って...」
恵美はおおきく欠伸をしながらそう言った。この調子だ、どうせ二度寝でもするつもりだろう。
「グラス取ってぇ...ついでに水も...すや」
「へーへー。て、寝とるし」
いつもと変わらない恵美に、なんだかほっとした。朝はあんな夢を見てしまったが故に、少しだけ気まづいところがあったから。
グラスに水と、氷を入れて恵美に渡す。
「ありがと誠一」
恵美はその場で水を飲み干すと、思い出したかのように聞く。
「そういえば健三は?いつもならもう来てるよね」
「今日は取材のため?とかで午後からなんやと。」
「ふーん」
要件はそれだけだったようで、恵美はシンクにグラスを置いて、そそくさとベッドに戻って行く。おかしな態度を取らなくて済み、安堵の息を漏らした。
それから30分。朝ごはんができて、恵美を起こす。
「恵美ー!起きろ!」
沈黙。事務所には俺の声だけが響く。まぁ、簡単に起きてはくれないことぐらい理解っているので、大きく息を吸い、もう一度。
「お!き!ろ!」
「誠一うるさい...」
「朝ごはんやで!さっさと起きろ!」
「ベッドまでもってきてよ。」
「自分で歩け。」
「けち」
ふてくされる恵美の文句を聞き流し、朝食の準備をする。
「ほら、来たよ」
「お、偉いやん!毎日その調子で頼むで〜」
「そのかわり」
恵美はイスに座り、俺の方を向く。
「あーん」
「......は?」
食べさせて、と口を大きく開ける。
「誠一。はやく」
「いややるわけないやろ!自分で食べろ」
「ちょっとぐらいいいじゃん。」
「...ま、まぁええんか?ベッドは出たわけやし...」
そう言って、気づけば鹹豆漿を恵美の口に運んでいた。頬を膨らませてオネダリする恵美に、すこしだけガードが緩んでしまった。
「うん。おいしい」
俺のご飯を美味しそうに食べる恵美に、愛おしさを感じた。
「せやろ〜!」
「もう1口ちょうだい」