クラシックさんの日おめでとうSSどたどたと廊下を駆け回る騒がしい足音が、扉越しに聞こえる。
誰だかは分からないが、廊下は走るなと言っているだろう……。
ため息一つ吐きながら扉に目を向けたその瞬間。
「クラさーーん、記念日おめでとーーーー!」
明るい水色の髪に赤の髪留め、ヘッドフォン。
勢いよく開いた扉と共にランが祝福の言葉を上げながら部屋へと転がり込んで来た。
「……記念日?」
本来はもっと言うべきことがあるはずだが、予想もしていなかった言葉に思考停止しそうになる。思考が止まり切る前に聞こえた言葉を繰り返し、答えを待つ。
「クラシックお前……毎回忘れてんなー?」
喉元に光るチョーカーを揺らしながら、予想通りだと言いたげにニヤニヤと。
「まあ、兄様らしいと言えば兄様らしいです」
首元の一際目を惹く青薔薇の気品を損なわぬように、ふわりと。
「一回くらいは覚えてる時があってほしいけどねー?」
何かを隠すように身につけた片仮面、それにそぐわぬ純真さで。
「ハハ、真面目すぎるあまり仕事を抱え込む性分だから、青薔薇の君や軍人の君あたりが毎日のように連絡しない限り無理だろうね」
怪盗を思わせる装いで丁寧に、そして飄々と。
「周りが折角喜ばせよう、驚かせようと準備をしている所に水を差す事は俺には出来ない。仕事量を減らす程度が限界だろう」
軍人らしい威厳を纏いながら、雪の紋の袂を揺らして。
雰囲気も様々に一般人とは言い難い彼らが、唯一の一般人であるランの後ろからぞろぞろと顔を出す。
普段私が一人でいる部屋へとこうして入ってくる光景。それに既視感を覚え、やっとその答えを呟く。
「……私の記念日か」
記念日、それは誕生日の分からない私に、語呂合わせでも祝いたいと誰かが言ったのが始まりだった。それが誰であったかは教えてもらえなかったが、それ以来毎年恒例となっている祝い事。
毎年の事だとしても、この時期は妙に仕事が増えるせいでどうにも忘れてしまう。
「おー、思い出してもらえたようで安心安心。こうも毎回忘れんならそろそろこっそりカレンダーに丸つけとくかー?」
有罪を名に冠する彼は小さな呟きを、表情の揺れを逃す事なく、ふと降りてきたのであろう自らの案にけらけらと笑いながら私をからかう。
ギルティと呼ばれる理由はその些細な変化を逃さない目敏さなのだろう。
「え!それめっちゃいいじゃん!クラさん仕事増えると自分関連の出来事の記憶、一旦横においとくクセあるし!」
「嗚呼、その方が良いかもしれないな、毎回忘れてしまうのは祝おうとしてくれる者全員に申し訳無い」
普段よくからかってくるギルティへの仕返しも兼ねて、冗談に気が付いていないランに乗っからせてもらった。
「マジにされるとは思わなかったわ、しかも二人に、何なら本人に……」
「クラシックって意外とてんねんさんだからねー」
「はあ……そんな話をしに来たわけではないだろう?」
恐らく想像通りに事の進まない状況に痺れを切らしたのだろう、蒼雪が呆れたように声を上げる。……その前に聞き捨てならない事を言われたような気がしたが気のせいだということにしておく。
「そうですよ、お二人とも。僕達が伝えるべき事は他にあるでしょう?あの言葉をまだ言っていないじゃないですか」
その言葉にファントムとランはハッとした様子で、ギルティは何処かつまらなさそうな表情を浮かべる。
「いやー、なんともまとまらないこのメンツに君たちがいてくれて助かったよ、オレじゃあれらをまとめられる気がしないね」
息を潜めていたシーフはどうやら戸棚の方を見漁っていたらしい、少し離れた場所からやれやれと言った様子で戻って来る。盗むのだけは勘弁してもらいたい。
「全員立ち位置についたねー?予定通りぼくが合図するよー、みんなーせーの、だからねー!……せーの!」
『記念日おめでとう!』
打ち合わせをしていたというのに合図係が予定を忘れていたのか……なんてことを考えるのが野暮なほど息の揃った祝いの言葉に少し胸が温かくなり自然と笑みがこぼれる。
「ありがとう」
もっと色んな言葉を言えるはずなのに、どうにもうまく当てはまらず言えた言葉はシンプルなそれだけだった。
「今回は僕の屋敷をお祝いの会場として貸し出しているんです。そちらの方で他の方達は待っていて、僕達は先にお伝えする事があって来たんです。」
「オレは足が速いからって選ばれた、学生モジュール全員による寄せ書き配達員!これがその寄せ書き!本来はオレだけ来るつもりだったんだけど……」
「その話聞いて面白そうだからって付いてきたのが俺なー?」
「ぼくたちはちゃんと理由があってついてきたんだよー?なんとなんと実はねー……ぼくたち舞台を作ったんだー!ねー、シーフ!」
「オレは裏方が主だったとはいえ、出来栄えには自信がある、どうぞお楽しみに。ということでこれは観劇チケットさ。オレ達の目的はこの案内。」
「俺とローザは贈り物を……紅茶と緑茶だ」
「手帳などと悩んだのですが、普段お使いの物の方がお仕事が捗りそうだと思い、息抜き用のお茶を、と」
「ん?……あ、忘れてたわー、クッキー、ここ置いとく。」
やりたいことが終わったからなのか全員が雪崩のように話し始める、そのどれもが自分の為に準備した物たちを伝える為という事実、これ以上幸福な事はあるだろうか。
何度も見返せる形に残る物、この一夜だけの特別なひととき、私の性格を考えて選ばれた贈り物、贈り物だと思わせないような気遣い。
性格等による差はあれど全て私の為の行動。
「さて、贈り物は贈り終えたしやる事も終わった。オレたちは向こうを手伝いに行かないと怒られてしまうんじゃないかな」
「あ!そうじゃんあそこの飾り付け終わってないから早く帰ってきてって青に言われてたんだった!」
「オレも最終確認のために向かわないといけないね」
「じゃあぼくもいかないとだねー」
「そういうことで先行ってるわー」
「僕達も動きましょう、蒼雪兄様。クラシック兄様、向こうで待っていますね」
「嗚呼、あいつらだけで動くのは心配だ……。クラシック、安全には気をつけて」
蒼雪とローザがこちらに礼を一つしたあと、扉が閉まり静寂が部屋に戻る。 その静かさに少し寂しさを覚えながらも贈り物を撫ぜる。
「……さて、来年こそは覚えておけるだろうか」
そう小さく呟き、苦笑した。