Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    monet_charca

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    monet_charca

    ☆quiet follow

    レノフィかもしれないくらいの距離感で、フィが余命告知するお話。(初出:2024/10/2)

    冷たい手を握るまで①ああ、その時が近い──。
    南の国らしく穏やかな晴天が窓から見える午後、フィガロは唐突に幾許もない自分の命を天啓のように理解した。もう何年も前からずっと解っていたことなので、フィガロは特に慌てることもなく、ただそれを静かに受け入れた。急患も居ないので一人調薬していた薬を丁寧に小瓶に分けて保存の魔法をかけて封をする──そんな些細な魔法ですらこんなものだったかと思いながら目を細めると、フィガロは棚に仕舞って診療室を出た。これから主を失う部屋ががらんと静まった。

    「あれ?レノ、どうしたの?」
    夕日も大分落ちた頃、突然訪ねて来たレノックスにフィガロはきょとんとした表情で迎えた。
    「また扉の上に頭でもぶつけた?」
    「いえ、そういうわけでは……」
    揶揄うように笑うフィガロにレノックスは手に持たされていた籠を掲げて見せた。籠を受け取って中を覗き込むと、そこには上等なワインとチーズが入っていた。西の風情を感じるそれらにフィガロは余計に何事かとレノックスの顔を見上げる。
    「今日、突然ラスティカとクロエが訪ねて来たんです。これはその土産です」
    「へぇ、あの二人、まだ旅をしているんだね」
    大いなる厄災の為に賢者を召喚し、賢者の魔法使いたちが集められる──そんな儀式を執り行う必要が無くなって、魔法舎が解体されてからもう何年も経っていた。魔法使いもそれぞれの生活に戻り、フィガロもこの南の国の、自分の診療所での日々に戻っていた。レノックスも同じように羊飼いに戻り、今の時期はレイタ山脈の方にいるのだが、魔法の使い方を覚えた彼は以前よりも放牧の期間にこうしてフィガロを訪ねて来ることもあった。先日の話によると偶に嵐の谷のファウストの所にも行っていたようだが、ファウストにあまり羊のことを放っておかないように諭されたようだ。そして逆にファウストの方が訪ねて来ることがあるそうで、時折街に買い出しに来た時にワインを仕入れて帰っていることも聞いていた。
    「ルチルも誘ったのですが、明日ミスラが来ると言って」
    「ああ、色々支度しなきゃいけないものね……食事とか」
    魔法舎で交流のあった魔法使いたちとの交流は途絶えていない。魔法使いとして長い生を歩んでいくのだから、そうやって一緒に過ごす魔法使いたちがいることを、フィガロはとても良いことだと思っている。ルチルとミチルの教育に良くないものも勿論いるけれど、彼らとてもう子供ではない。それに、何かあればミスラもいるのだ。そんな彼らのことを、きっとチレッタだって笑って見守っているだろう。
    「どうぞ。ちょっと散らかってるけど、気にしないで」
    「お邪魔します」
    いつまでも玄関先ではと、フィガロはレノックスを招き入れた。診療所の、フィガロの生活スペースは確かに乱雑に物が置かれていた。以前気に入っていると言っていた鞄に荷物が詰め込めれている途中なのを見て、レノックスは首を傾げた。
    「フィガロ先生、どこかにご旅行に行くんですか?」
    「ん?」
    ワイングラスをキッチンで用意していたフィガロはレノックスの問いかけに少し逡巡した。手に持った二つのグラスを見る。幾度となくレノックスと飲み交わして来たが、これが最期の夜になるだろう。依然、フィガロが自分で死期を伝えたのはファウストだけだ。──双子の師匠やオズは気がついているだろうが。なんと言おうか考えつつ、フィガロはテーブルの定位置に座ったレノックスを振り返って見た。レノックスは静かにフィガロの答えを待っていた。言ってもいいかな。最期だし。フィガロはそう思った。ワイングラスを持ってテーブルに歩み寄ると、レノックスの目の前にグラスを置く。そして対岸の椅子に腰掛けると、いつものように笑顔を浮かべて言った。
    「レノ、俺はもうすぐ石になるんだ」
    「えっ……」
    「もう魔力も随分衰えて来ちゃったから、俺の石目当てにここを襲撃されるわけにもいかないし……それに、こんなに弱くなっちゃっても、俺の石だからさ。この南の国に争いを呼ぶわけにもいかないじゃない。だから、もうここには戻らない」
    「そんな……どうして……」
    「……もう、二千年も生きた。それだけだよ」
    こんな話をされるとは思っていなかっただろう、レノックスのすっかり俯いてしまった旋毛を見ながら、フィガロは努めて穏やかに言った。ワインボトルの栓を魔法で抜くと、手酌でレノックスと自分のグラスに注ぐ。
    元より南の国で石になるつもりは無かった。それを伝えられて肩の荷が少し降りたような心地だった。折角作り上げたこの国を危険に晒すことも考えられないし、何より弱っていく姿を誰かに見られるのが嫌で仕方なかった。
    ずっと自身の終わり方について考えていたので、スムーズに説明出来たとフィガロは小さく頷いた。レノックスだってそれなりに長い四百年で様々な人間の、魔法使いの死を見て来た男だし、フィガロが居なくなっても困らない。もしフィガロの死で傷ついたとしても周りが放っておかないだろう。ファウストも、ルチルもミチルも、魔法舎で出会って今も尚交流のある誰もが、誠実で忠義者なレノックスのことを好意的に思っている。彼自身が納得して、理解さえすればすんなり送り出してくれるはずだ。けれど、そんなフィガロの考えとは違って、丸く見開いた瞳を戸惑いと悲しみで揺らしたレノックスは途方に暮れた顔を上げ、縋るようにワインボトルを置いたフィガロの手を握った。
    「このこと、ルチルやミチルは知っているのですか?」
    「言わないよ。悲しい顔をさせたくないしね」
    レノックスがますます眉根を寄せた。物言いたげな表情にフィガロも苦笑しながら反対の手でグラスを持ち上げてワインを一口飲んだ。ベネットのワインはいつだって素晴らしい美味だ。言葉を選んでいる様子のレノックスを眺めながらフィガロはその味と香りを楽しんだ。やがてレノックスは心許無く揺らしていた瞳に力強さを取り戻して言った。
    「……どちらへ行かれるのですか?」
    「言わないよ。誰も知らないところに行くつもり」
    どこで野垂れ死のうと、きっとオズには分かる。腐れ縁だけれど、自分の石をオズは放っておかないだろうとフィガロは思っている。だからこそ誰にも告げず、誰も知らない、誰もいない所に行くつもりだった。自分の石の価値をフィガロはちゃんと知っている。結局オズに食べられるのかと思う所がないわけでもなかったが、今ではそれも受け入れている。
    「なら、俺が探しに行ってもいいですか?」
    「レノ、俺の話聞いてた?」
    「ええ、まあ。この後に及んで…‥と思ってます」
    「なにそれ」
    よくわからないレノックスの物言いも、最後だと思えば笑い飛ばすことが出来た。レノックスはフィガロの手を離してワイングラスを持つと勢い良く中身を呷る。初めて見る様子にフィガロは目を丸くした。
    「俺の、執念深さは貴方もよくご存知のはず。必ず見つけ出します。フィガロ様がそれを許さなくても」
    まっすぐ自分を見つめて来るレノックスに、フィガロは面食らった。まさかそんなことを言うとは思わなかった。レノックスにはファウストが居るのだし、フィガロと多少気安い関係を築いていたとはいえ、追いかけるだなんて言うとは思わなかった。けれど、その言葉が何故か嬉しくて。計画通りにいかないことは嫌いなのに、どういうわけか口端が上がるのを止められない。
    「俺は本気で消えるよ。やってみなよ、若造」
    煽るように挑発的に笑ってフィガロはそう言った。
    「そういえば、乾杯を忘れてたね。ほら、グラスを置いて」
    すっかりと切り替えてワインボトルを手にしたフィガロにレノックスは思わず眉を顰めた。けれどなにも言わずに素直にグラスを置く。そのグラスに上等なワインが注がれる。その後は普段通りの晩酌と同じだった。ぽつりぽつりと雨樋の雫のように、持ち込まれたボトルを飲み干して、フィガロが戸棚の奥に隠していた秘蔵のウィスキーも開けてしまって──。
    次の朝、いつの間にか──きっとフィガロの魔法で眠らされていたのだろう、眩しい朝日でレノックスが目を覚ますと、主を失った診療所は静まり返っていた。朝の匂いの中、片付けられてがらんとしたテーブルの上には半分程残ったウィスキーの瓶と空のワインボトルが寄り添って置かれていた。それをひとしきり眺めた後、レノックスは自分の手のひらを見つめ、ぐっと握り込んだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏😭💚👏😭😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    monet_charca

    DOODLE遅ればせレノ誕
    夜に叶う食堂でのパーティーが一段落して、フィガロは自室に引き上げると隠しておいたワインボトルを取り出した。今夜は酒を飲もうと決めていた。きっと少しくらい飲みすぎてもミチルも怒らないだろう──レノックスの誕生日なのだから。フィガロはそう確信していた。
    「さて、と……」
    ワインの栓を魔法で抜くと、手酌でグラスに注ぐ。折角なので窓際に椅子を移動させて、窓を開けて夜の空気を部屋に入れる。窓から顔を出して空を見上げれば、《大いなる厄災》が輝いている。それを見ながらひと口、ワインを口に含む。この季節は少しだけ肌寒い風も心地よい。そんな季節に生まれた男のことを少しだけ羨ましく感じた。
    昼間のうちに顔を合わせた時、朝から祝われ続けているレノックスに「飲もう」と声を掛けたものの、パーティーで散々酒を注がれて飲まされて、珍しく酔っ払っていたし今日はもう来ないだろう。人気者で真面目なレノックスがそうなることをフィガロは予測していたし、その上で声を掛けた。きっとフィガロが誘ったことも覚えているレノックスは、明日の朝謝罪と共に改めて誘ってくれるだろう。そういう、真面目な男だ。それを笑って受け入れれば良いと思っていた。
    2161