花束を貰ってお互いに俳優という華やかな職業をしていれば、他人からプレゼントを貰う機会は山程ある。
その日、帰宅したフィガロを迎えたのはまだ値札を剥がしたばかりのような、見覚えのない真新しい花瓶とそれに飾り付けられた彩り豊かな花だった。花束をそのまま差し込んだような様子に、フィガロは同居人のことを考えて少し笑った。きっと、困ったのだろう。
「ただいま」
手洗いうがいを終えてリビングに入ると、ソファーで台本を読んでいたレノックスが振り返る。
「おかえりなさい」
なんて事のない挨拶の応酬だが、長いこと一人暮らしをしていたフィガロにとっては何度繰り返してもなんだか新鮮で擽ったい気持ちになる。思わず弛みそうになる表情を抑えて荷物を片付けに行く。
「そういえば、玄関に花飾ったんだね」
「今日直帰だったので」
「初めてじゃないの?レノが花束持って帰って来るなんて。いつもはどうしてたの?」
クランクアップのたび、千秋楽のたび、舞台挨拶のたび──貰う花束の数は多い。フィガロも直帰だった時や、やむを得ない時ら持って帰ることもある。けれど、一緒に住み始めてからレノックスが持って帰って来ることはなかった。
「いつもは事務所に持って行ってますね」
「ああ、確かに。俺もそういうことが多いかな」
フィガロは顎に手を当てて考える。事務所に持っていけばスタッフが綺麗に飾り付けてくれるので。
「今日はなんで?直帰だったの?」
「いえ……」
レノックスは台本を閉じて少し言い淀む。どうやら照れてるらしかった。フィガロはソファーの隣に腰掛けると珍しいレノックスの様子を見ながら首を傾げた。
「何?」
「いえ、あの……似合うと思って」
「え?」
「フィガロ先生に似合うと、思いまして……」
「え?」
レノックスは視線を逸らす。その視線を追いかけてフィガロは体を傾けると、やっとレノックスの言葉を理解して笑った。
「そっかぁ。貰って俺のこと思い出したんだ。かわいいことするね」
それでいて照れているレノックスに、なんだか面白くなってしまって肩を震わせて笑った。