寝れない夜(クロパパ+📺️🐟️)スースーと隣から可愛らしい寝息が聞こえる部屋の中。自身のベッドの上で、ミイラ父ちゃんはパチリと目を開けた。
今日も全然ダメですなぁ……
ここ数日、ミイラ父ちゃんはずっと眠れない夜を過ごしていた。昼間は運動もしているから、疲れているハズなのに。ドクターにも考えすぎでしゅと匙を投げられ、なぜ眠れないのか理由が分からなかった。
少し散歩でもしてきましょうか……
音を立てないよう気を付けながら、ミイラ父ちゃんはソッと自室の扉を開けた。
真夜中のホテルの廊下はとても静かで、その全てが眠っているのだと不気味に語り掛けてくる。
ミイラ父ちゃんが行く宛も無くフラフラと歩いていれば、どこからかゴポゴポとまるで水中にいる時のような音が近付いてきた。
薄暗い廊下に、パッと光が灯る。幽霊のように壁をすり抜けて出てきたのは、TVフィッシュだ。
ミイラ父ちゃんは彼を何度か見たことがあった。最初に見たのはこのホテルに迷い混んだときの森の中。最後に見たのはクロックマスターが酔っぱらってバーのジュークボックスを叩いた時だ。ザザザザザ…というノイズと共に光る彼が出てきて、クロックマスターが腰を抜かしてしまったので、ミイラ父ちゃんはよく覚えている。
「貴方もお散歩ですかぁ?」
「……」
ゆらゆら揺蕩いながらミイラ父ちゃんの正面にピタリと止まった彼は、何も答えない。よく見てみると光を纏っているのはどうやら顔に掛かっている薄布のようだ。その布に電子広告のように丸い目が表示されている。
「…………」
まるで吸い込まれるように。ミイラ父ちゃんはTVフィッシュの画面を見ていた。
ザザザ……と画面が揺れて、ボンヤリと映像が流れ出す。掠れていた音声が鮮明になるに連れ、どこからともなく名前を呼ばれた気がして、目が離せなくなる。
「……さん、今日はお友達とご飯に行ってくるわね──」
その声に、聞き覚えがあった。
それが最後に聞いた声だったことを、ミイラ父ちゃんはずっと忘れる事が出来ない。
貴女は……
「ら……ミイラ……?」
ミイラ父ちゃんの背後から声がした瞬間、目の前に居たTVフィッシュは急旋回し、ドプンと姿を消した。
ミイラ父ちゃんが振り返るとそこには声の主、クロックマスターが怪訝な顔をして立っていた。
「おやぁ……マスターさん」
「……大丈夫か?」
何やら心配されてしまい、ミイラ父ちゃんは押し黙ってしまった。ほんの数秒だったが、沈黙を肯定と受け取ったらしいクロックマスターが、あ~……と声をあげる。
「飲むか……?」
どうやらバーに向かう途中だったらしい。
はい。と、考えるより先に口に出ていた自分にミイラ父ちゃんは驚く。
じゃあ行くか……と歩き出したクロックマスターの横に並んで、ミイラ父ちゃんはその横顔を見た。急に覗き込まれ、な、なんじゃ……?と言ったクロックマスターはそれ以上何も聞かない。
いつも隣に居ながら余計な詮索をしてこないクロックマスターの距離感が、ミイラ父ちゃんは居心地良かった。
人の過去を暴くのが好きなタイプの住人と違って、クロックマスターは自分のことを聞いて貰いたいタイプだったので相性が良かったのかもしれないと、ミイラ父ちゃんは密かに思っている。
バーで飲み始め、ミイラ父ちゃんが歩いてた理由を説明すると、クロックマスターは眉根を寄せた。あと一口あったグラスの中身を飲み干して、ヤブ医者め……と呟いた。
「お医者さまにも分からないということは、よっぽどの難病かもしれませんなぁ~」
ハッハッハと笑うミイラ父ちゃんに、クロックマスターは元気そうじゃがなぁ?と言い笑いながらその背をバシバシと叩いた。
少し雑だが、彼なりの気遣いなのだろうと思うと、叩かれた所からフッと軽くなった気がした。
酔っ払ったクロックマスターに揺さぶられながら、今夜は眠れる気がしますなぁ~とミイラ父ちゃんは口元を綻ばせた。
おわり。