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    やこだよ

    @85_yako_0

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    やこだよ

    ☆こそフォロ

    クロウとシオンが映画館に行く話です。

    ##ヨルタナ

    クロウとシオンが映画館に行くだけ「一緒に映画に行かないかい?」
     シオンさんの言葉に私は即座に断りを入れた。何が悲しくて男二人で、だとか、別にあなたとは友達でもなんでもないから、だとか、そういうのではない。単純に、そんな時間があるなら仕事がしたかった。
    「行きませんよ」
    「どうして?」
    「仕事があるからです」
     行く理由もありませんし。そう返せば、シオンさんはふむ、と口元に手を当てて、その整った顔を悪戯に歪めてみせた。
    「それならクロウ、一緒に行ってくれたらクロウが知らない秘密を一つ教えてあげよう」
    「……どうして、そんな条件で私が行くとでも?」
     私がスパイであることは誰にも言っていない。まして、こんな信用も信頼もできない胡散臭い男になんて。
     動揺を隠すことには、無表情には慣れている。話を広げると言うよりは、呆れを伝えるように発した私の言葉にシオンさんは俗っぽく笑う。
    「人間、そういう話は好きだろう?」
     誰だって、特別になりたい。シオンさんは言う。
    「たとえ知りたくないことでも、知れば『知った側の人間』に成れるからね」
     その紅の双眸で私を覗き込んで、彼は「どうする?」と問うてきた。正直、少しだけ魅力的な提案ではある。
    「……映画は二時間くらいですか?」
    「うん。それくらい。今話題のミステリ映画だよ」
     彼が言ったタイトルに心当たりはない。
    「知りませんね」
    「君は仕事以外何も知らないから」
     二時間。と呟いて考える。二時間あればできる仕事と、二時間かけても知り得ない情報を天秤にかける。どのような情報かはわからないが、なにがどう組織に関係してくるかはわからない。情報を得ることも仕事のうちと考えれば、次があるかもわからない機会を失うのは少々惜しい気がしてきた。
     まぁ、睡眠時間を削れば時間はいくらか捻出できる。今日は三時間ほど眠るつもりだったから、そこから二時間削ればいい。
    「行きます」
    「話が早くていいね。じゃあ、車を出してくれるかい?」
    「車が目当てなら、ケイルさんを誘ってくれればいいのに」
    「……君がいいんだよ、クロウ」
     全然、嬉しくもなんともなかった。


     シオンさんが両手いっぱいに買ってきたポップコーンだのコーラだのホットドックだの、まぁ思いつく限りの浮かれた食事を運ぶのは私の仕事だった。進んで受け取りはしなかったけれど、これも仕事だと言われたら黙って従うのが楽だった。楽、というか、安心するのだ。
     仕事をしているときは落ち着く。いや、仕事をしていないと落ち着かない。だからこの人の自己中心さと、自分の都合を全て「これも仕事だよ」の言葉で片付けるところを私は気に入っている。オキタさんはドン引きしていたけれど、そういう、誰の価値観でも暴けない感情を私はこの人に持っている。まぁ、好きか嫌いかで問われたら、好きでも嫌いでもないけれど。
     たまにもらえる飴玉のようなものだ。期待をするのは馬鹿馬鹿しいが、目の前にぶら下げられたら手を伸ばすくらいはする。そういう、甘くてきれいなもの。
     シアターは満席だったが私たちの左右には誰もいなかった。ラッキーでしたねと言えば、当然だと返ってくる。愉快そうに微笑むシオンさん曰く、席を四つも取っているらしい。
    「あなたの快適のために、この映画を見られなかった人が二人もいるんですね」
    「たった二人の犠牲で快適が買えるなら、これほど安いものはないね」
     四席もあるならこの人から距離を取ろうか。そんなことを考えている間にシオンさんは私にホットドックを渡してくる。
    「別に、いらないですよ」
    「仕事には報酬がないと」
    「バカなこと言わないでください。報酬は、これじゃないでしょう」
     シオンさんは笑う。薄暗いこの空間に、それはひどく似合っていた。騒音になりきれない、潜めた声がそこかしこから聞こえてくる。うるさくて、シオンさんが齧ったホットドックのソーセージの皮が弾ける音までが聞こえてきそうだ。
     この人、幻みたいな見た目をしてるのに、結構食べるんだよな。
    「見た目は綺麗なのに」
    「ん? 私のことかい?」
    「綺麗って言われて自分だと思うんですか」
    「まぁ、事実だからね」
     目の前でぺろりとホットドッグを平らげて、汚れてもいない指先をぺろりと舐める。その赤い舌は不作法で、品がないと思う。白く整った指先がすっと闇に溶ける。映画が始まる。
     二時間ボーッとしていれば終わる仕事だ。なんなら映画を楽しんだっていい。眠ってしまってもいいけれど、考えてみれば娯楽の類はひさしぶりだ。変に寝てもぼんやりしてしまって仕事に影響しそうだし、どうせ仕事ができない時間なら、思い切り楽しんだ方がいい。
     スクリーンに集中しようとした私の頬に、シオンさんが突然触れる。意味がわからない、そう思った瞬間、彼が唇を私の耳に近づけて言った。
    「犯人は警視庁の女だよ」
    「……は?」
    「これが、君の知らない秘密」
     楽しもう、と言うシオンさんの小さな声が、私の「はぁ!?」という声に掻き消える。一瞬で周りの視線を集めた私を見て、シオンさんは楽しそうに目を細めて言った。
    「映画館では静かにね?」
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