クロウがシオンを看病するだけ 紅月夜シオンという男は常にヘラヘラとしている。
本人としては優雅な笑みを浮かべているつもりなのかもしれない。事実、この美しいかんばせで微笑んで見せればパッと見は優美なことこの上ないが、この男とある程度付き合ってしまえば、その微笑みは『へらへら』としか映らない。人を寄せ付けない調度品のような美しさは表面上だけで実際は人懐こい男だ。と、クロウはシオンという男をそう定義付けていた。
紅月夜シオンはヘラヘラとしている。しかし、今日はなにかが変だった。
おやつどきにフラリとリビングに現れた時から予兆はあったのだ。今日はオキタが評判の店で団子を買ってきていて、同居人たちは集まってわいわいと楽しそうにしていた。好物は串料理だなんて大まかすぎる区分で語る男は串に刺さってさえいれば何でも好きだったから、例に漏れず団子も気に入っている。そして、賑やかな場も好きだ。だからきっと喜ぶだろうと思ったのに、彼はなんだか気弱にへらりと笑って「ケイル君にあげる」とだけ言って、水道から直接水をコップに注ぎ、一気に煽った。
生き物なんだから毎度同じ反応をするわけがないが、その反応は予想外だった。そもそもが細い体躯のわりに食べる男だ。みんなはそれなりに心配して大丈夫かと心配したのだが、当の本人はなにがなんだかわからないと言った様子で「なにが?」と返すだけ。レオが「様子がおかしいぞ」と指摘しても、一度だけキョトンとしたあとに「まさか」と笑うだけだ。その笑みに普段の暢気な余裕はなく、どこかぼんやりとした伽藍堂があった。
元々尽くされてることを好む男なのに。その場にいた全員の気遣いを断って部屋に戻ってしまったシオンを心配して、みんなはあれこれと言ったが部屋に入られることを好まない男が閉じこもってしまっては何もできない。何人かがチャットを送り、ケイルは「夕飯は食べられそうか?」と問いかける文面を送りつけたが返事はなかった。
具合が悪いのだろうかと、ケイルは粥を煮た。コトコトと出汁の匂いが漂うリビングは、病人を抱いた揺籠のようにどことなく憂いを帯びている。
「きっと、風邪ですね」
そうオキタが呟いたのが夕飯の一時間前だっただろうか。ケイルは六人分の食事と、串に刺したプチトマトと、一人分の粥を作って、スマホをチラチラと気にしながらシオンを待っていた。
夕飯の時間ぴったりにシオンはやってきた。やはりぼんやりとした様子のシオンに「粥と普通のおかず、どちらを食べる?」とケイルは問いかける。食べられなさそうなら、と二の句を継ぐケイルに、シオンはまたしても「……どうして?」と首を捻ってから、みんなと同じようにハンバーグを受け取って、ぺろりと完食した。
食事ができるなら大丈夫だろうとみんなが安堵した。後片付けが始まり、みんなが片付けを始めた頃、シオンはクロウに近寄って普段の尊大さの爪の先ほどの弱々しさでその裾を引いて、たった五人の喧騒から連れ出した。
「なんだか、おかしい」
「え?」
「何か飲み物を持ってきて」
私は部屋で待ってるから。枯れ葉のような繊細さで吐き出された息は上がっている。心なしか顔が赤いかと見上げれば、汗で前髪がぺたりと張り付いていた。
「……失礼します」
手を伸ばしても、全く動く様子がない。額に手のひらを押し当てれば、数十時間連続で使用したノートパソコンのように、限界を訴えるような発熱が伝わってきた。
「熱がありますね」
数時間前は、様子がおかしかったけれど熱はなさそうだったのに。まるで幼子の発熱のようだと思いながら手を離せば、シオンはサングラス越しに目をぱっちりと開いて「これがそうか」と呟いてみせる。
これがそうかって、なんですか。なんだか他人事みたいな言葉に言ってやりたかったが、この茹った脳ではろくな返答は望めないだろう。部屋に戻って寝ていてください。そう言って、彼はシオンを見送った。
戸棚にスポーツドリンクの粉末があったはずだ。吸収がいいから風邪の時にもいいだろう。そう思い戸棚を探し始めればケイルがやってきて、何を探しているんだと声をかけてきた。理由を説明すれば同居人たちは心配そうな顔をする。別にべったりとくっついているような親愛で結ばれた仲ではない。言葉にしてしまえば、大家と住民だ。それでもやはりそれなりに情はあるのだろう。「車を出すか?」とケイルが言い、夜間の病院を調べようとレオが言った。そんな中、レイラがポツリにする。
「……シオンって、人間だったんだな」
なんだか、その場が凍りついてしまったようだった。本人が必死に隠している素振りはないが、聞いても何度もはぐらかされてしまったことを知ってしまって、妙に気まずい。一応AIにも熱暴走はあるけど、とレイラが言って、これ以上の詮索は避けようという空気が必死に主張するように漂った。
「……様子を見て、あまりにも具合が悪そうだったら連れて行きます」
ならクロウに任せよう。そうレオが言ったのをキッカケに、各々が自分の時間を取り戻すようにバラけていく。どれくらい具合が悪そうなら緊急外来に連れて行くべきだろうか。考えないといけないのに、クロウの思考は脇道に逸れていく。
シオンさんが人間だったなんて、思いもしなかった。
かと言ってAIだと思っていたわけでもない。なんだか、正体不明の男というラベリング以外に彼を定義する言葉はなかったのだ。それなのに。
反則のような手段で彼の正体を暴いたことへの、無意味な罪悪感のようなものが少しだけ心にのしかかって居心地が悪い。
一応AIにも熱暴走はあるが、あの発熱は人間のものに思える。ある程度嗅ぎ回ってわからなかったことが知れてラッキー、なのだろうか。そう思えたのなら、それはスパイとしての模範的な感情なのかもしれない。だがクロウにも人並みに情がある。単純に、心配だった。
キッチリと量った水にスポーツドリンクの粉末をさらさらと落としていく。粉末はかき混ぜる間もなく、あっさりと水に溶けていった。企業努力というのは素晴らしいものだと思いつつ、半ば儀式のように菜箸で濁った液体をくるくると撹拌した。
規定量を作ったから、大量のスポーツドリンクができてしまった。残りをボトルに詰めていると、オキタが救急箱から冷感シートを取ってきてくれた。少しだけ益体のない会話をしてお盆に必要なものを乗せていく。大した時間は経っていないのに、すごく長い間シオンを待たせているような気がしてしまった。
シオンの部屋に向かいながら、そういえばあの男が自室に入られることを嫌っていたと思い出す。他人の部屋には勝手に入るくせに、自室だけは何人足りとも入れようとはしないのだ。この家にはいくつかの部屋があって余分な部屋のいくつかは彼の私物置き場になっているのだが、そういった別荘のような部屋はさておき、今から向かう部屋だけは誰も中を見たことがない。
なんだか、意図せずに秘密を暴いてばかりだ。なんとなく重い気持ちで歩いた先に、藤のような色合いの何かが転がっているのが見えた。
まさか、と。嫌な予感がして歩を進める。シオンの部屋の扉の前に、部屋の主である見目の良い男がぐったりと倒れ込んでいた。
扉を開ける前に力尽きて倒れてしまったのだろうか。ちゃんとベッドに寝かせてやってから飲み物を用意すべきだったか。
後悔を一旦頭から追い出し、手に持ったものを一旦床に置いてその細い体を抱き起こす。先ほど感じた熱を体いっぱいに溜め込んで、シオンが荒い息を吐いた。
「部屋に、」
「はい。失礼しますね」
抱き抱えながら部屋を開けようとするが鍵がかかっている。やはり開ける前に力尽きたのかと、その肩を軽く叩いて鍵を出すように促せば、シオンは真っ赤な顔のまま、弱々しくへらりと笑った。
「私の部屋に、入りたいのかい?」
シオンはクロウの胸に、甘えるように自分の頭を押し付けてきた。ふふ、と短く息を吐いて、ゆっくりと首を振る。
「ダメだよ」
入れてあげない。そう言ってクロウはシオンから離れようと力を込める。クロウが協力するような形で手を貸して、それでようやくという不安定さで体を起こして立ちあがった。
「……まさか、部屋に私を入れたくなくてここで待っていたんですか?」
「そうだよ。ありがとうね」
飲み物は? とシオンはクロウの手に支えられながらキョロキョロとしている。差し出せばきっと受け取って、こちらが帰るのをへらへらと見送るつもりなのだろう。
別にこの男は子供じゃない。熱が出ていたってすぐに死にはしない。でも部屋の中で倒れられたらなす術がない。だから仕方がない。いくつかの選択に揺れる脳にそう叩き込んで、シオンの体を抱き抱えた。
「ん……?」
「私の部屋で休んでください」
米俵のように運ばれている間、シオンはなにも言わなかった。言うべきことがないと言うよりも、辛くてなにも言えないのだろう。ぐったりとした体は力が入っていなくてやたらと重たく感じる。触れた箇所が燃えるように熱い。薄っぺらい胸からドクドクと、痛いくらいに脈打つ鼓動が伝わってくる。
ベッドに寝かせて、飲み物を取ってくる。戻った時、シオンは寸分違わぬ姿で辛そうに息を吐いていた。寝返りも打てないのだろうか。心配事はいくつもあったが、とりあえず何か飲ませたほうがいいだろうと、その体を少しだけ起こす。
「飲んでください」
コップを傾けたはいいが、うまく飲めない様子だった。口の端から液体がだらだらと溢れてシーツを濡らしてしまう。仕方がないと代わりにそれを飲み干して、空いたグラスに少しだけ液体を注いで、少しずつ飲ませてやる。数回に分けて飲ませてやると、シオンが一言「もういい」とコップを返してきた。
観察する。咳は出ていないし、鼻が詰まっている様子もない。ただただ熱が出ているだけのようで、どうにも幼い。ぼーっとしていて、目がどろりと濁っている。口がうっすらと開いていて、肩がずっと上下している。お手本のような『熱が出た人』そのものだ。
本人は自分の体の不調に思考が追いついていないらしく、大丈夫かと無意味な問いをすれば「ああ」と気の抜けた返事を返した後、ぐらりと前屈みに倒れ込んできた。抱き止めて「シオンさん」と声をかければ、億劫そうに顔を上げて、焦点のあっていない目を細めてへらりと笑う。
眠りましょう。そう言ってベッドに横たえる時に、この男がいつもと同じ華美な服をかっちりと着込んでいることに気がついて頭を抱えた。せめて着替えて待っていてくれればよかったのにと思ったが、そういえばこの男は妙なことを始めない限りはいつでも服をきっかりと着込んでいると思い至る。そういう、矜持の類なんだろう。余計な装飾を取り払って前を開けて寛げてやれば、ぼんやりと見つめられるからなんだか悪いことをしている気分になる。シオンは一言、「寒いよ」と平時と同じ声で不満を訴えてきた。
部屋の温度は適温に保っているつもりだが、暖かい方がいいだろうか。それとも布団で調節するべきか。うっすらと汗ばむほどに部屋の温度をあげて、この季節には使わない毛布を被せてもシオンはずっと「寒い」と熱い息を吐いている。
やはり緊急外来に連れていくべきだろうか。
それなら保険証がいるだろう。彼を証明するいくつかの紙切れが必要だ。彼という存在を定義する要素を知らなくてはならない。彼の口から、己が人間であると聞かないと。
「シオンさん」
しゃがんで目線を合わせる。シオンはぼんやりと体を横にして、目を合わせてきた。
「ん……?」
「あなたを病院に連れて行きます。だから、」
「どうして?」
シオンは本当にわからないという口調でクロウの目をじっと見た。熱に浮かされているからだと片付けてもいいだろう言葉も、その目を見るとなんだか本当に思える。きっと彼は、心の底から不思議なのだと。
「あなたの具合が悪いからです」
シオンはなんだかうつらうつらとしている。それでも必死にクロウの言葉を拾おうと、ただじっと、その紅玉のような瞳でシオンを見ている。
「……シオンさんは」
こんなことを聞いていいのだろうか。彼が頑なに口にしなかった秘密を暴くようなことを。
馬鹿げてるとはわかっている。そもそも、この家には何もかもを暴き出すために潜んでいるんだ。こんな感情に意味はない。彼のことを暴いて、その腹の底までをこの手で汚すためにここにいるのに。
「……人間なんですよね?」
だから人間の病院に連れて行きます。そうクロウが言えば、シオンはふるふると首を振る。そうして、血色が悪くなった唇で「違うよ」と囁いた。
嘘だと、思う。だってこんなに熱が出ているんだから。それでも聞かなければならない。彼を断定しなければいけないから。
「なら、AIなんですか?」
AIであってもおかしくない。熱暴走の可能性だってあるし、人間に近づけるために不調で発熱するようにデザインされているモデルがあったとしても不思議ではない。
それなのにシオンは首を振る。弱々しく、億劫そうに体を揺らして、「違うよ」と言うのだ。
「…… AIでは、ない」
「そうだよ」
「なら、人間ですね?」
シオンは楽しそうに、また首を振る。深く息を吸って、吐いて、そうでもしないと呼吸ができないというように仰々しく息をしている。そうして、その荒い呼吸の隙間でくすくすと笑うのだ。
「ふふ、」
「シオンさん、いい加減に」
「教えないよ」
ダメ。そう言ってシオンはクロウの頬に触れた。クロウは冷たいと困ったように口にしつつも、その手を引っ込めることはない。
言いたくないんだろう。なぜだか、ホッとした。そんな感情をひとつも伝えないように注意して、硬い言葉を投げかける。
「……本当に辛そうなら、病院に連れて行きます」
「いやだよ」
「シオンさん。ワガママを言わな、」
「勝手なことをしないで」
弱々しい声で、ピシャリと言い切られる。驚きか、あるいは憤りか、もしくは安堵か。自分の表情はどう変化したのだろうか。シオンは優しく目を細めて、いい子だから、と笑う。
正直、どこかホッとしていた。そもそも人間かAIかをしつこく聞くなんてモラルに反しているんだ。でも、そういう世間的な善悪ではなく、なぜだかこの人のことをあまり知りたくないと思っているのもどうしようもない事実で。
浮世離れした綺麗なものに、正体不明でいてほしいと願ってしまう。理解の放棄、思考の停止。それでも、これを誰が罪だと言い切れるのだろうか。
「……ゆっくり眠ってください。何かあったら言ってください」
「ん……」
シオンは仰向けになってぐったりとシーツに沈み込んだ。何かあったときのためにそばにいた方がいいだろう。でも、電気を消してやった方が眠りが深いだろうか。
数十分置きに見にくるのが一番なのではないか。そう思った矢先、まるで心を読んだかのように、シオンが「ねぇ、」と震える息で言葉を吐き出した。
「そばに、いてほしいな」
そうして、ちらりとこちらを見るのだ。応えるように少しだけ表情を緩めて返す。
「……そうですね。何かあったら言ってください」
それから数時間は経っただろうか。仕事にはうまく集中できなかったが、それくらいでちょうどいいのかもしれない。集中すると寝食を忘れてしまうような人間だ。過集中したらシオンの弱々しい声など届かないに違いない。
シオンは相変わらず苦しそうにしていた。ぜえぜえという重たい息遣いと時折カタカタと震える歯がぶつかる音が耳に纏わりついて、なんだか不安になる。
ある瞬間、シオンの睡眠が途切れた。「うう、」という弱々しい呻き声に「大丈夫ですか?」と声をかけるも、その泣き声のようなくぐもった音は声にならず、要領を得ない。
近寄って、乱れたその薄紫の髪を額から払ってやれば、血液の色をした瞳がうるうると揺れながら、なにやら悲しそうにこちらを見つめていた。
クロウ、と短く名前を呼ばれる。安心させたくて、目線を合わせてから「はい」と返した。すると、シオンの手が伸びてきてクロウの両頬を掴む。先ほどよりも強い力に回復してきたのかと安堵しつつ、今にも泣きそうな顔をした美しい男を安心させるために頭を撫でた。
「どうしましたか?」
「クロウ、」
顔だけではなく胸元までを真っ赤にしながら、息も絶え絶えといった様子でシオンは寂しそうに呟いた。それはクロウに向けられたものではなく、神様への懇願のようだった。
「クロウ、死なないで」
「……は?」
「死んだら、嫌だよ」
そうして、その真っ白な手で慈しむようにクロウの頭を撫でる。子供のような弱い力で引き寄せようとするその手を取って、あやすように、誤魔化すようにきゅっと握った。
「いったい、どうしたんですか?」
シオンはようやくクロウの目を見た。そして、悲しそうな声を出す。
「クロウが、死んでしまうと思って」
「はぁ……」
今死にそうなのはシオンさんですよ。そう諭してやっているのに、全てを無視してシオンが必死に繋がれた手を引く。しかしその手にクロウが体勢を崩すほどの力はなく、そこを頼りにシオンが起き上がる形になった。朦朧と、という形容がぴったりなくらいふらふらとしているシオンを抱きしめるように受け止めれば、まるで恋人のように、あるいは子供のように縋り付いてくる。
「……どうしてしまったんですか」
「人間は……、苦しいね。寒くて、……体が痛い」
まるで初めて知ったと言わんばかりに、気がついたばかりの事実に怯えるようにシオンは言葉を溢していく。体が震えているのは寒さからか、恐怖からか。この男がこんなに弱々しく呻くところなんて見たことがないから、情けないくらいに動揺してしまう。早鐘のようにバクバクと暴れる心臓が、どちらのものかがわからない。抱きしめた体が熱い。見えない炎に焼かれているようで、ひどく可哀想だった。
「こんなに、苦しいんだから……きっと、クロウも、オキタくんも……簡単に死んでしまうんだろうね」
そうして、ハラハラと泣くように体を震わせている。風に揺れる藤の花が、ほろりほろりと砕けていくようだ。
「……人間はしぶといんですよ。だから、大丈夫です」
130連勤しても死なないんです。そう言ってやれば、シオンはぼや、とこちらを見つめた後に、路傍の花のようにへらりと笑った。
「死んだら嫌だよ」
今にも死にそうなか細さで、そんなことを言う。普段のどんな様子ともかけ離れていて、なんだか現実味がない。不思議で、不気味で、憐れで、鬱陶しくて、愛おしかった。
「……私が死んだら困りますか?」
「ううん」
だから、線引きをしなければならない。それなのに、いつも無断で部屋に入ってくるように、シオンはへらへらとその抵抗を壊す。
「悲しいから。ね?」
クロウが死んだら悲しいよ。そういって、シオンは背中に腕を回してきた。ぎゅっと抱きしめて、肩に顔を埋めてくる。大きな猫を抱えているみたいだと、熱い体に閉じ込められながらぼんやりと思う。
しばらくそうしていた気がする。でも、たいした時間ではなかった気もする。クロウはシオンの頭を撫でながら、ぽつりと問いかけた。
「……シオンさんは、」
人間じゃないんですか? と聞こうとした。それなのに、うまく声になってくれない。本能が、あるいは自分すらも把握していない感情が必死に思いを堰き止めているみたいだった。
この男は人間じゃない気がする。でもAIには思えない。この男は人間でもAIでもないんじゃないか。なんだかクロウには、化け物が人間の真似事をしているようにしか思えなかった。
興味本位で、その体を人間に近づけすぎたんじゃないか。だから手に負えない熱が出て、こんなことになっている。全部が偽物で、真似事だから、苦しみは他人事にしか思えなくて、人間の心配をし始めて。
何も言えなかった。シオンは意味をなさなかった呼びかけを無視して、ねぇ、と甘い息を吐く。その色を失った優美な唇をクロウの耳元に寄せて、そっと囁いた。
「ずっと、一緒に遊んでいようね」
その瞬間、背筋に冷たい手を這わされたような感覚がして、クロウは危うくシオンを突き飛ばすところだった。それでも、目の前の男は病人だ。例えどんなに偽物めいていても、同居人が高熱で苦しんでいるという事実がクロウの手を留める。それでも、意味のわからない恐怖がずっとクロウの心を取り巻いていた。
「……それは、嫌ですよ」
「あはは、」
嘘吐き、という言葉で歪んだ口元に引き摺られるように、林檎のような紅い目がどろりと溶けている。まるで、化けの皮が剥がれ落ちるように。
そんな変化も束の間、電池が切れたようにシオンは全体重をクロウに委ねてきた。硬直したクロウが数分もしないうちに引き剥がせば、熱で完全にやられたシオンが気絶している。
シオンをベッドに横たえて、ついでに汗を軽く拭いてやる。人間はそう簡単には死なないけれど、いつかは死ぬと教えてやるべきだったのかもしれない。