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    やこだよ

    @85_yako_0

    よろず。全部幻覚で大嘘です。

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    やこだよ

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    クロウがシオンにシャンプーを借りる話です。距離が近い。

    ##ヨルタナ

    クロウがシオンにシャンプーを借りるだけ 紅月夜シオンに関わると碌なことがない。八つ当たりだとは知っていても、クロウはそう思わずにはいられなかった。同時に、それを教訓として胸に刻みつける。そもそもこう思ったことは一度や二度ではないのだ。そのたびに誓い、しっかりと距離をとる。それなのに毎度グイグイとシオンが距離を詰めてくるものだから、どうにもこうにもままならない。
     クロウの殺風景な部屋には花の香りが漂っていた。あの紅玉のような瞳をした男が常日頃纏っている、甘ったるい香りだ。香りから特定の花を想起することなどクロウにはできないが、思い描いている花はシオンの髪と同じ色をした、想像上でしか咲えない花だった。八重の、美しい花びらのなかに何かを隠し持っている花だ。決して路傍などでは咲かない花だ。何が気に食わぬのかはクロウ自身にもわからないが、全くもって忌々しい。
     なぜ自分から、あの男が従えている香りがするのか。原因はわかりきっていたからクロウは深い溜息を吐いた。甘い香りの出所は自分の短い髪からだ。単純な話だ。今日クロウはシオンにシャンプーを借りた。
     シェアハウスには共用のシャンプーがあるが、ケイルと、クロウと、シオンは自分専用のシャンプーを使っていた。自分以外の男が敢えて共用のものを使わない理由を正確には知らないが、香りか髪質の問題だろう。ケイルは柔軟剤もあまり好いている様子はないから香りが強いものは苦手なのだろうし、シオンの髪はいつもサラサラとしているから、それ相応の手入れが必要に違いない。
     対して、クロウのシャンプーはコンディショナーの成分が入った安物だった。これを使えばシャンプーとトリートメントを同時に済ますことができるわけで。風呂の時間をなるべく短くして仕事に戻りたいクロウにとっては、こういった些細な時短は馬鹿にできない。加えてクロウは人前に出るような仕事ではないし、自身の見た目にも頓着はなかった。だから実用性を重視したものを使っていたのだが、最近の忙しさにかまけて補充を忘れていたのだ。
     先述の通りクロウはなるべくプライベートではシオンに関わらないと決めていたのだが、シャンプーが切れていると気がついたクロウがダメ元で「誰か、」と呼んだ声に快く応えたのはシオンだった。風呂場の扉から薄紫の髪が覗いた時、クロウは途方もない後悔をした。「なんでもない、」と言えるような行動はしていなかったし、シオンという男は誤魔化そうとすればするほど追ってくる。人を追い詰めるのが楽しくて仕方のない性分なのだ。人の立ち行かぬ様子が愉しくてどうしようもないのだ。だから、クロウは素直に「シャンプーがないから使わせてください」と言うほかなかった。
     シオンは二つ返事でそれを許可した。そしてとやかく言うこともなくその場を立ち去った。正直、全裸のまま十分近くは対応しなくてはと覚悟を決めていたものだから、クロウは拍子抜けしたくらいだ。まぁ、あの男も全裸の男を呼び止めてとやかくと揶揄う趣味はなかったのだろう。クロウは僥倖だったと高級そうなボトルに手を伸ばして、その甘ったるい液体を髪に撫で付けた。
     甘ったるい香りだとしか思わなかったそれはなかなか消えてはくれなかった。普段のシオンから不意に香ることはあれど、ここまでしつこいものだっただろうか。自分から普段とは違う香りがするというのはこんなにも気が逸れるものなのかとクロウは溜息をつく。急いでシャンプーを買ってきて上書きしたかったがもう時間も遅く、風呂に入る時間はしっかりと惜しい。
     今日は早めに切り上げるという発想はない。やはりもう一度風呂に入るべきだろうか。しつこく湯で流せば落ちないだろうか。しかし、時間が、と考えていると、自室のドアが開いた。鍵をかけていたというのに。
     そうして、先ほど風呂場で見たように、その隙間からは薄紫の髪が覗いていた。最初こそこの男の悪癖には驚いたが、慣れて終えば不快感しかない。しかし負の感情を出してもシオンは喜ぶだけだから、最近は諦めが身についていた。
     もう一つの職業柄、初めて不法侵入されたときは肝が冷えたが、何も見られなかったのは運が良かった。今ではこの男の奇行は織り込み済みで、重要な書類は鍵のかかる引き出しか頭の中に叩き込んでいる。だから、入られてもなんの不都合はない。もとより自分がスパイであること以外にクロウにはさしたる秘密はないのだ。生活に興味のない男だし、娯楽の類を持たない人間だ。見られて困るものがないというよりは、見るものそのものがない。こんなつまらない男にヘラヘラと近寄ってくるこの男は相当な物好きだ。美醜の区別がつく人間なら、この人外じみた美貌を持つ男が近寄ってくるのを喜ぶのかもしれないが、この男の奇天烈な言動に一度でも触れたらそうは思えなくなるだろう。とにかく難儀で、面倒な男なのだ。関わらないに限ると言うのに、よりにもよってこの男がこの家の最高権力者だと言うのは、本当に頭が痛い。もっとも住民はそんなことを気にしてはいないし、クロウとて面倒であれば牙を剥くが、まぁ今日に限っては借りを作ってしまったわけで。
     シオンはズカズカと部屋に入ってきて硬いベッドに腰掛けた。深い眠りに入らないように極端に寝心地の悪いものを選んできたのだから、座っても尻が痛いだけだろうに。
    「寝ないのかい?」
    「寝ませんよ」
    「どうして?」
    「仕事をしています」
     見たらわかるでしょう、という嫌味を言うフェーズはとっくにすぎている。余分なことをせず、最低限を返すだけというのがこの男を愉しませないコツだ。身につけたシオン限定の処世術をフル活用して質問だけを打ち返す。シオンは「ふーん」と言って、立ち上がった。
     部屋に来た理由はわからないが、そんなことはどうでもいい。ただ興が削がれて帰ってくれと、その足が扉に向かうのを祈る。それなのに、祈りも虚しくシオンはクロウの背後に立った。今はマネージャーとしての業務しかしていないので、特に何もせずに無視を決め込む。
     ぽん、と肩に手が置かれた。無視をする。シオンはその整った鼻をクロウの耳元に寄せた。無視をする。さら、と流れた色素の薄い髪からは、自分とは違う、蜂蜜の香りがした。
    「面白い」
     独り言だろうと、脳に入れる前に処理をする。それなのにシオンは「クロウ、」と名前を呼んできた。わかってはいたが、最悪だ。
    「キミから甘い香りがする」
     いつも貴方からする匂いですよ。そう言ったら会話の応酬が始まってしまうことはわかってる。短く「そうですね」とだけを返せばシオンはつまらなそうに息を吐いた。耳にかかってむず痒く、不愉快だ。
    「キミから甘い香りがすると思って、来たんだ。ふふ、面白いね」
     そう言ってシオンはクロウの毛束を少し摘んでくつくつと笑った。若葉のような色の髪に顔を近づけて、確認するように目を閉じる。
    「知ってる香りだ。……でも、残念だな」
     パッとシオンが手を離した。さら、とクロウの髪が重力に従って鳴る。
    「今日は美容院に行ってきたからね……普段とは違うトリートメントをつけてきてしまったんだ。ごめんね」
    「ごめんね?」
     意味がわからなすぎて言葉をそのまま返せばシオンは笑う。笑いの種類が全くもってわからないのだが、振り向いて顔を見るのは嫌だった。
    「お揃いだったら面白いからさ、しばらくあれを使っていなよ」
    「絶対に使いません」
    「どうして? この香りは嫌い?」
     貴方を思い出すから嫌なんですよ。
     そう言ってやっても良かったが、それは泥沼への第一歩だ。そして、それ以外にも、もっと切実な問題もある。
    「髪がサラサラになりすぎるんです」
    「んん?」
    「前髪がピンで留められない……作業能率が落ちるんです」
     そう、一番の問題はここだった。シオンへの八つ当たりの源泉がこれだった。
     シオンのシャンプーは質が良すぎたのだ。髪がサラサラとしてしまい、いつものようにピンで留まってくれない。ぺたんとおとなしくなった髪が邪魔で仕方がないのだ。
    「なので、もう二度と使いません」
    「何それ。変なの」
     変でも、変じゃなくても、事実だ。同じ香りがすると嫌だとか、そういう精神的なものではない以上、シオンは揶揄うことも深追いすることもできない。
    「あーあ、美容院に行かなければよかった」
     残念。と言ってシオンはクロウの頭に顎を置いた。花の香りに混ざるように、蜂蜜の香りがした。
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