宮トガ+樺宅飲み話(宮&樺) へぇ。お二人って、そんなに小さな頃からの知り合いなんですね。あ、いや、知り合いは失礼か。クラスメイトというか、友達というか。……ちょっと、なんでそこで首を傾げるんですか小宮さん。
ちなみに、今あなたの膝を枕にして、ぐーすか寝てる人は、俺に「友達」だって言ってましたけど、あなたのことを。
いやいや、そこで頬を赤らめるの意味わかんないから。今更でしょ、そんなの。
だいたい、雑誌が中々売れないこのご時世に、発売された途端、一部界隈にバカ売れして店頭在庫ゼロなんていう書店も想定してなかった事態を引き起こした、あなた方2人の表紙アンド巻頭グラビアアンド1万字対談インタビュー掲載のとある陸上雑誌では、「ライバルとも親友とも言える仲」なんて書かれてたじゃないですか。
え?ああ、もちろん読みましたよ。普通に。
だって俺、あの雑誌、ガキの頃から定期購読してますし。
へー、小宮さんも読んでたんだ。意外。
ちなみにその号は、そこの人からも1冊貰いましたよ。なんでも、当人には数冊貰えるかなんかで。小宮さんも貰ったんじゃないですか。
ああ、ご家族に。それはそれは孝行息子だ。
なるほど。ではお二人は、ライバルはともかくとして、親友と呼ばれるには、少し違和感があったわけですね。
それで話した結果、友達ってやつがしっくりきたと。
あなたら、何かとよく話し合いますよね。小さいことから大きなことまで。昔からなんですか? え、そうでもない。そうですか。
あ、違いますよ、俺から聴いたわけじゃなくて、そこに寝てる先輩が勝手に話してくるんです。おかげさまで、俺、あなたのこと結構知ってますよ。あなたは俺のこと知らないでしょうけど。
……ああ、次世代の陸上界を担う有望ランナー、トガシ選手の所属する企業の後輩アスリートってやつですね。
それ、例の雑誌の、あなた方の巻頭グラビアの次のページに掲載されてた、若手アスリート特集での俺の紹介文でしょ。なに「しまった」って顔してるんですか。そりゃ分かりますよ。その紹介文の校正、俺のところにも来てたから、いやでも覚えます。
はぁ、自分のところには、例のインタビューの校正は来なかったと。ンなの知らないですよ。ちなみにトガシさんのところには来てましたよ。練習の合間に、すげぇ真剣な顔でにらめっこしてました。そうです、その時期……そっか、確かその頃の小宮さん、所属企業の合宿かなんかで遠征行ってたんですっけ。だからトガシさんに、校正のお鉢が回ってきたんだ。どおりで。
そうですね。物凄く真剣に読んでましたよ。
百面相っていうのかな。目が文字を追うごとに、頬がゆるんだり、口角上がったり。かと思ったら眉が下がったり寄ったりして。ほんと、一生懸命にされてました。
結果として、すごく良い記事でしたねあれ。お二人の出会いから、葛藤、別れ、インハイの番狂わせに、運命の日本陸上。改めてエモいな〜と思いました。そりゃ、昔からのファンも喜ぶし、新しいファンも増えますよ。
俺、実はガキの頃からトガシさんのことを追ってたから、トガシさん側の歴史しか知らなかったんですけど、そこにはいつも小宮さんが居たんですね。
……まぁ、妬けたって言えばそうかもしれません。
でも、なんにも知らないわけじゃないんで。あなたとトガシさんのこと。
だから、寧ろあの雑誌を介して、不特定多数の人にあなた方のことを知られることの方が、ちょっと悔しいのかもしれません。これまでは、ごく、限られた人しか知らなかったでしょうから。俺とか、海棠さんたちとか。
はぁ。どうも。可愛い後輩であることは自認してます。
その方が役得なこともありますしね。
……はぁ。トガシさんがそんなことを。まぁ、ハイ。そっすね。あざす。まー、そりゃ照れますよ。なんだかんだ、俺が今こうやって走りつづけてるのは、トガシさんが居るからだし。尊敬してます。すごく。
はい。俺は、あなたに全幅の信頼を置いてます。なにせ、あの人が選んだ人ですしね。
でも、覚悟しといてください。俺はまだまだ発展途上です。のうのうとしていると、あっという間に足元掬われますよ。
まずは100メートルの世界で、近い将来、俺はあなたを抜かします。絶対に。
「……ん、あれ」
「あ、起きました?」
トガシさんが、重そうなまぶたを薄っすらと開けて、所在無さげに辺りを見渡す。
「おれ、寝てた?」
「寝てましたね。アルコール久々だったからじゃないですか」
「そうかも。ちょっと頭痛いや」
あくびを一つすると、枕にしている小宮さんの膝の上で、ごそごそと寝返りを打つ。
小宮さんの腹側に顔を向けて、再び寝る体勢になった。
「トガシくん、寝るならベッド貸すよ」
「うん……」
「身体痛めたら大変」
「……じゃあ君が連れてって」
初めて聞くトガシさんの甘えた声に、小宮さんが分かりやすく固まる。かくいう、俺も驚いて二の句が告げずにぽかんとしてしまった。
俺と小宮さんの視線が合う。しばし無言。そのうち、小宮さんの腹の方から聞こえだす寝息。俺は思わず、ふは、と噴き出し、小宮さんは眦を下げて、トガシさんの頭を撫でた。
「連れてってあげたらどうですか」
「さすがにちょっと難しいでしょ。相手、僕と体躯変わらない成人男性アスリートだよ」
「手伝いますか」
「どう運ぶ?両手輸送くらいしか浮かばないけど」
「もしくは騎馬戦の3人バージョン」
「ひょっとして、ちょっと面白がってない?」
「さぁ、どうでしょう」
小宮さんは少しムッとした顔をしたが、すぐに普段のポーカーフェイスに戻った。案外、感情が顔に出るタイプなんだなと気づく。トガシさんも、こうやってこのひとの意外な面を知っていったんだろうか。
「……樺木くんにひとつ頼みごとしていい?」
「なんですか」
「先に僕の寝室行って、寝具整えてほしいんだけど。大したものはないから適当で良いよ」
「わかりました」
指示通りに、小宮さんの寝室に向かう。
中は真っ暗だ。照明をつけると、そこには身体の大きな人でも余裕を持って横になれる大きさのベッドがあった。
普段からきちんとしているのだろう。清潔感のあるシーツや毛布を整えながら、このあと運ばれてくるであろう、実は甘えたな先輩が、たまにはゆっくり休めることを祈る。
寝室を出て、お二人が待つリビングに戻ろうと通路に出ると、半分閉められた扉の向こうから、かすかな話し声が聞こえた。
「良い後輩を持ったね」
「うん、俺の自慢。彼はきっといつか、君を越えるよ」
「……逃げ切る」
「ふふ、がんばって」
ぶわ、と顔が熱くなる。
俺は思わずその場にしゃがみ込み、しばらく動けなくなってしまった。