ソファに座るゼノは赤い顔のまま、スタンリーに絡められた指を力強く握りしめ、たった今言われた言葉を反芻しては硬直から解けないでいた。
「ゼノがしたくないならいいんよ」
フッと微笑んだスタンリーの表情からは決して遠慮しているのではなく、本当にゼノのことを思っての発言であることが見受けられた。
『ゼノとセックスがしたい』
直接的な言葉に下手に誤魔化すことも出来ず、ゼノも真正面からスタンリーに向き合うしか選択肢が残されていなかった。
「あー、その、だね」
ここでの沈黙はゼノにとって居心地が悪かった。そんなことを言う人間は誰も居ないけれどどうしてか責められているような気がしてならなかったからだ。
「ン?」
ゼノが返答に困っている間も不満の一つも見せることなく、むしろ緊張を解すように繋いである手を強弱を付けてニギニギと揉むように握ったり上下に軽く揺すったりして優しく見守っている。
「うぅ・・・」
ゼノはスタンリーと繋いでいる反対の手で自分の顔を覆い赤くなった顔を隠すように逸らした。耳まで真っ赤になったゼノを見てスタンリーの中で愛しさが募る。
「ゼーノ」
ゼノの肩に凭れるように頭を置いてプレッシャーをかけないように軽い口調でその先を促す。
「どんな答えでも俺は変わらずゼノを愛してんよ。アンタの素直な気持ちが聞きてぇな」
スタンリーの視線の先にある絡め合う二人の手。ゼノの方がスタンリーの手をギュウと握り締めており、ゼノの心の内の緊張を表していた。
「その、ぼ、僕も・・・君と心身共に、愛し合いたいと、思っては、いる・・・」
いつもハキハキとたくさん喋るゼノが珍しく緊張して歯切り悪く話す様子にスタンリーは可笑しくて仕方がない。それに、ゼノ自身もスタンリーと体の関係を求めていたということが分かり、嬉しくなった。
「ゼノ、それ本当?」
ゼノの肩から頭を上げたスタンリーはゼノの表情を見ようと少し身を乗り出した。ゼノは顔を覆っていた手の指の隙間からチラリとスタンリーを覗くと、伺い見るスタンリーと目が合い、その手を下ろした。そして顎を引いたので自然とやや上目遣いになる。
「本当だよ」
顔の赤みを残したまま、恥ずかしいのか少し拗ねるような口調になったゼノにスタンリーは胸の辺りが締め付けられるのを感じた。
「なんよ、可愛い。ダメじゃんゼノ。なんでそんなことすんの」
「な、なにがだい?」
成人男性にしては丸い曲線を描く頬に手を添えて少し上を向かせる。ゼノは突然スタンリーに責められるようなことを言われてやや動揺していた。
「可愛いすぎんよ。悪い子だね、センセ」
「か、かわいい・・・?きっ、君の言っていることがイマイチ理解できないんだが、何か良くないことを言ってしまったかな?」
幼い表情を浮かべるゼノの唇をなぞる。いつもは察しの良いゼノもこういうことになると途端に話が通じなくなる。可愛いと言っても彼の自認では身長もそこそこある三十歳半ばの成人男性なので、どうやら自分に可愛いが当て嵌まる項目がなく混乱を招いているらしい。
「キスしてい?」
「!、い、今かい?・・・・・・・・・・・・い、いいよ」
突然のキスのおねだりに視線を右往左往と彷徨わせたゼノは、しばらく悩んだ後にようやく決心し、目をキュッと瞑り、唇をキュムっと突き出したのだった。
「オーマイ・・・・・・・・・」
心の中でOh my god・・・と呟いたスタンリーは正直目の前の光景を疑った。キスは何度かしたことはある。けれど思い返せば全て自分から不意打ちや一瞬を攫うようにキスしていたことに気付いた。事前に"いい?"と聞いても所謂キス待ち顔をされるまでは待ちきれていなかった。写真を撮りたい衝動を抑えてキスを待つゼノの突き出されたそれに唇を重ねる。
チュ、と音を立てて顔を離すと目があったゼノが照れたように慌てて視線を逸らしたのでその可愛い反応に一回のキスでは足りなくなった。
「ゼノ、舌、入れてもい?」
「お、おお、・・・おーけー」
今度はゼノの視線はスタンリーの唇を捉えて離さなかった。やや伏せ気味の睫毛と口の中に舌を入れられるからと、半開きにして迎え入れるようにして待っていた。
「(エロ・・・)」
スタンリーはすかさず舌をゼノの口に捩じ込みその口内を余す所なく舐め尽くそうと動かした。
「んっ、ふっ、ぅ」
途中苦しそうに声を上げるゼノ。スタンリーは捩じ込んだ舌から伝わる口内の小ささによくこんな小さな口に舌が収まっているなと関心した。小動物とキスをしているような錯覚に陥りつつ、ひとしきり味わうとゼノの口内から舌を抜いた。
「はっ、はぁ、ふぅ」
「ゼノんくち、ちっちぇーな」
ゼノの小さな唇から溢れた一筋の唾液を指で拭い呼吸を整えるゼノを見つめる。
「た、食べられるかと思ったよ」
はぁ、ふぅ、と未だ息継ぎをしながらはは、と苦笑いをしてゼノが言う。
「君の舌が僕の口内を満たして、窒息するかとも思った」
はぁ、はぁ、フフフ、とだんだんと可笑しそうに笑う。
「君とのキスで、君の舌で、気道を塞がれて窒息死するのも悪くないね」
クスクスと笑い始めたゼノ。スタンリーと繋いでいる手を楽しそうに上下に揺すって
「そう思わないかい?スタン」
と上機嫌にスタンリーの方へ笑いかけた。
「アンタちょっと黙りな」
ピッ、とスタンリーの人差し指がゼノの小さな唇の上に押さえるように置かれた。キョトン、とそれまで上機嫌だったゼノは驚いたようにスタンリーを見つめた。
「俺さ、アンタに優しくしたい訳。でもそういうこと言われっと本当にしちまいたくなるからダメ」
指で唇を二回トントン、と押される。
「おっかねぇな。憎たらしいほど可愛いね、ゼノんコレは」
愛し気にゼノのことを見つめて、ゼノの唇から手を離したスタンリー。
「また、君は訳のわからないことを・・・」
自分の口を覆ったゼノはまた可愛いなどと、と口ごもりながら俯いた。
「でさ、」
仕切り直すような口ぶりでスタンリーがゼノに言った。繋いでいた手を解いてその手をゼノの腰に回すスタンリー。体も密着させて反対の手で繋いでいたゼノの手をもう一度握りしめた。そしてゼノの耳元で内緒話をするように息を吹き込む。
「俺とのセックス、ゼノはトップとボトムどっちがい?」
囁かれるような声音に体がゾワワッと総毛だったゼノ。
「スタン、擽ったいよ」
反射的に体をスタンリーから離そうとするゼノだがスタンリーが腰を強く抱いているのでそれは叶わない。
「そ?そりゃ悪かった」
ニコニコと笑うスタンリー。笑顔は素敵だが腰に回った手の力が強くて今この瞬間は逃げられない状態なんだと知る。
「・・・どちらがいい、というのはないかな。どちらも嫌ではないよ。知っていると思うが僕はセックスが初めて・・・というか、そもそもあまり考えたこともなかったからこだわりがないね」
「そうなん?俺と恋人んなってそういう想像したりとかもなかったん?」
「君とのキスやハグで十分満たされてたからね・・・強いて言えば、もしそうなったとして君が経験者の場合を考えて僕がボトムの方がやり易いだろうとは思ったかな。想像してみようにも、そういった知見が足りなくてイマイチ出来なくてね」
「へぇ、ゼノはトップじゃなくていいんだ」
「君がボトムを望むなら頑張ってトップをやってみようと思うけど」
「いや、俺はトップがいいからその必要はねぇ」
「おお、そうかい・・・もし仮に僕がトップをやりたいと言ったらどうするつもりだったんだい?」
ゼノを見ていたスタンリーの視線がゼノと繋いでいる手に注がれる。
「・・・俺はゼノんためならケツも洗えっけどね。トップもやりてぇから両方やってたかな」
繋いだ手を解いてゼノの掌の皺をなぞるように撫でるスタンリー。
「君、僕のために何でもやろうとしすぎじゃあないか?」
「仕方ねぇだろ。そんくらいアンタに惚れてんだから」
ゼノの手を持ち上げて掌にキスを落とす。くるりと表裏を返して手の甲にもキスを落とす。
「タバコは相変わらずだけれどね」
「それは別」
クスクスと二人で笑い合い、揉めるようなことにならなくて良かったと安心したスタンリーは再びゼノの肩に頭を預けた。
「次いでだから聞くんだけれど」
「?、なん?」
「君はセックスの経験はあるのかい?」
好きな奴にチェリーか否かを聞かれて男としてのプライドが一瞬躊躇いを生んだスタンリーだったけれど、嘘を言っても仕方ないので素直に伝えた。
「・・・ないよ。ずっとアンタに夢中だかんね」
「おお、そうか・・・嬉しいな」
ゼノは空いている手で肩に凭れるスタンリーの髪を撫で、毛の流れに沿って指で梳いた。スタンリーはその手を気持ち良さそうに受け入れる。
「しかし男なら経験が無くとも、いや無いからこそ、トップを望む方が自然なのかな?」
「さぁ?人にもよるんじゃん?」
「人による、か・・・因みにスタンは何故トップがやりたいんだい?」
ゼノに頭を撫でられてリラックス状態のスタンリーはぼうっとする頭で思考を巡らせた。なぜ?何故だなんてそんなの決まっている。
「んなの・・・ゼノの中も外も俺まみれにしたいからじゃん」
気持ち良く身を預けていたスタンリーは一定のリズムで撫でられていた気持ちの良い手が突然消えたので不思議に思って頭を起こした。
「ゼノ・・・?」
どうしたのかとスタンリーがゼノを見ると、先のように顔を赤くして困ったように眉を八の字にしたゼノが居た。
「お、おお、スタン、き、君、すごいことを言うね」
照れているのを隠すようにコホン、と咳払いして顔を逸らすゼノ。スタンリーはゼノの素直な反応にこちらも眉が下がり、ただ口角は上がっていた。
「ゼェノ。逃げちゃダメだかんね」
繋いでいた手も解いてゼノの腰に回して両手でゼノを抱きしめた。
「逃げるなんて、そんなことしないさ」
「ンフ、ゼーノ、こっち向いて」
そっぽを向いていた顔をゆっくりと回してスタンリーの方を見るゼノ。こころなしか瞳が濡れているようにも見える。
「ああ、なぁ、センセ。ダメって言ってんじゃん。そんな可愛い顔したらさ、俺に酷くされたいワケ?」
スタンリーのゼノを抱き締める腕に力が入る。そして腰に巻きつけている両手の背中側の手が徐々に上に上がりゼノの首の後ろを捕らえた。
「う、ぁ、スタ・・・?」
「ゼノ、俺んこと好き?」
スタンリーはゼノとギリギリ焦点が合う距離まで顔を近づけた。
「も、もちろん」
「愛してる?」
「あ、いしている」
「世界で一番?」
「う、宇宙で一番だ」
「あはは、いいね。俺になら何されてもいい?」
「!、ぅ、まぁ、そうだね」
「じゃあさ、俺んこと・・・・・・」
ゼノの首の後ろに添えた手。その内の中指を頸動脈を探すように滑らせる。薄い皮膚の下からドク、ドク、と脈打つ箇所を見つけた。
「怖い?」
スタンリーのその言葉を聞いた瞬間、ゼノの目は見開かれ黒くて大きな瞳がキュ、と小さくなった。
「そんな訳ないだろう、君の側は一番安全だ」
「そ?なら良いけど。ゼノ、時々困った顔すっからさ」
「それは・・・まだこういったことの経験が無いからね、未知なことに戸惑いを覚えるのは自然なことだろう」
「まぁね・・・ゼノはさ、男同士のセックスのやり方知ってる?」
ゼノの首に回していた手を腰に戻したスタンリー。反対側の手は今度はゼノの組まれている太腿に滑らされ、足組みを解くように力を入れた。
「あぁ、一応ね。肛門性交だろう?詳しくはわからないが前準備が必要で少々大変だということは知っている」
「さすがセンセ。よく知ってんね」
「君は知っているのかい?」
足組みを解かれ、スタンリーが太腿を撫でていてもゼノは気にすることなくスタンリーの好きにさせている。
「知ってんよ。ゼノとのセックス想像して昔結構調べたかんね」
「!!」
「言ったろ、アンタに夢中だってさ。ティーンの頃なんか大変だったぜ?アンタと居たらすぐ勃起しちまうからさ。頭ん中でゼノんことめちゃくちゃに犯して一人で抜いたことも」
「す、ストップスタン!それ以上いい!やり方を教えてくれ!」
喋るスタンリーの口を両手で抑えたゼノは顔も赤いがシャツの中で背中を伝う冷や汗も感じた。モゴ、と抑えられたゼノの手を取って柔く外したスタンリー。
「気持ち悪い?」
「そんなことはない。が、どう受け取めていいのか分からない」
ムムム、と難しい顔をして困った顔をするゼノ。スタンリーは科学ではなく自分がゼノにそういう表情をさせている事実がまぁまぁに気持ち良かった。
「ま、やり方な。腸内洗浄して解して挿れん訳だけど、これが結構時間の掛かる作業なワケ。何回か繰り返してやんないといけねぇし傷付けねぇように丁寧さも必要」
「ふむ。やはり腸内洗浄か。問題ない。君に不快な思いをさせないよう完璧に洗浄すると誓おう。挿入に関しては、そうだな。多少力づくでいくか、君のディックの膨張時の大きさを計測させてくれたらそこまで伸縮できるアヌスに仕上げておけるよう努力はしよう」
平然と話してはいるが、内心肛門を弄ることに羞恥を感じていたゼノは表に出さないようにするのに必死だった。それなのに。
「そうじゃねぇよ」
「!」
羞恥を我慢して至極真面目に考えて提案した内容をスタンリーにバッサリ切られたゼノは驚きの顔をした。今の自分の発言に間違いがあるとは到底思えなかったからだ。
「・・・何か間違いでも?」
「大アリだね。アンタは何もしない。俺に身を預けて、されるがままになってんだけでいーの」
ゼノの太腿を撫でていたスタンリーの手がだんだんとゼノの内腿の柔らかい箇所を揉むような手つきに変わっていった。
「な!?されるがままって・・・まさか、洗浄もかい!?」
「そ。洗浄も、解すのも、ゼノの体の準備とその後もぜーんぶ俺がすんの」
目を見開いて眉も上がり信じられない、という顔をしたゼノは手で額を抑えてもう片方の手はスタンリーの胸を押した。
「それは流石に無理だスタン。僕は君に排泄を見られる趣味はない」
「・・・・・・俺もそーゆーの見る趣味はねぇけどさ・・・」
胸を押され距離を取られるようにした体を腰を抱く手に力を込めて引き寄せる。
「でも」
ゼノの内腿にあった手をゼノの男の象徴であるソコに滑らせ包むようにキュっと握り、突然の刺激にゼノの体がビクリと反応する。
「っ、!」
スタンリーは唇をゼノの耳に軽く触れさせ、声だけでなく、皮膚にも唇の動きを刷り込むようにして口唇を動かした。
「ゼノだったら俺はコーフンすんね」
「!!」
今にも情事が始まりそうな艶かしい雰囲気にゼノはストップをかけた。思いっきりスタンリーの顔を手で押し返し、股間を触る手も手首を掴んで持ち上げた。
「ぃぃ嫌だ!スタン!僕はまだ人としての尊厳を無くしたくない!」
「はは、何言ってんよ、んなことで無くなんねぇよ。俺はアンタのこと死ぬまで尊敬してんだから」
「そーゆーことじゃなくてだね」
「でもさ、ゼノ言ってくれたじゃん」
顔に張り付いたゼノの手を取り、その手に上から自分の手を被せてスタンリーの頬に添えるように誘導した。ゼノの掌に擦り付くように小首を傾げる。
「俺たちが恋人んなる時、ゼノん心も、体も、全部俺のモンだって」
「そ、れはそうだが。あれは君が僕の為に命まで捧げたことに対して僕も同じ思いだと伝えたくて・・・」
「俺はゼノん為なら何でもできんよ」
例えば逆の立場だったとして。ゼノが望むなら羞恥があろうと何でも出来るとスタンリーは言う。だからゼノがスタンリーと同じ思いであると主張するのなら、これは受け入れて然るべきだと、スタンリーは暗に言っているのだった。
「っ、・・・それは、ズルいんじゃあないか」
「まぁでも、本当にゼノが嫌なら俺は無理にしたくないかんね」
どうする?と挑発するように目を細めて微笑むスタンリー。ゼノは今、試されている。愛していると口では言うが果たして何処までスタンリーの望みを許容するのかと。ゼノがNOと言えばスタンリーは容易く引き下がるだろう。けれどそうなるとゼノのスタンリーへの愛が軽薄なもののように感じられてしまう事実がそこにあった。
「君はっ、いつからそんな変態になったんだ」
「さぁね。ゼノん為なら命が惜しくないくらいにはアンタにイカれてっから」
「〜〜〜っ」
ゼノは両手で自分の顔を覆うようにして膝に肘が付く程背を丸めて俯いた。