記憶の欠片 花が咲きほこる草原に落ちているのは、一枚の羽根。雪のように白い羽根は、手に取るとふわふわとした感触がした。
視線を遠くに向けると、大きな羽根を広げた男が立っている。その羽根は今拾った羽根と同じ色をしている。バサッ、という音を鳴らすと同時に羽根が舞った。
「オーフェル」
名を呼べば、銀髪の天使――オーフェルは振り向いた。
「よう……って、おまえまた羽根拾ってきたのかよ」
「ここに来る途中で拾った」
「おまえも変わってるよな。そんなに集めてどうするんだよ」
「……お前の羽根は綺麗だ」
そう言って羽根を雲一つない青空に透かしてみれば、太陽の光で輝き、やがて風に乗せて飛んでいった。
金髪の青年――カミュはその光景をじっと見つめていた。
「羽根だけ?」
オーフェルがカミュに近づき、カミュの頬にそっと手を添えると、カミュは少し口角を上げてオーフェルの手に自分の手を重ね合わせた。
「わかっているくせに」
「ははっ、そうだな…カミュ」
オーフェルが名を呼ぶと、カミュは目を閉じた。その表情を一瞬見つめると顔を近づけ、カミュの唇に自分の唇を重ね合わせた。
***
「…………今の…………」
目を覚ますと、まだ夜は明けていなかった。もう一度寝ようと寝返りをうつと、隣にはカミュを真っ黒な羽根で包み込むようにして眠っている男がいた。
「カミュ……?どうした?」
「……オーフェル」
カミュが動いたことに気づいたのか、眠っていた銀髪の男こと悪魔――オーフェルはまだ眠そうな目を擦りながら目を覚ました。
「……夢を見た」
「へぇ……どんな夢?」
内容を問われると、カミュは黙ってしまった。はっきりとは覚えていないからだ。
カミュはオーフェルと出会った時からずっと今のような夢を見続けている。自分が、誰かと幸せに過ごしている夢。でも、その相手が誰だかはいつもわからなかった。起きた時に思い出そうとしても思い出すな、と言われているような感覚がして結局考えるのをやめてしまう。
「ずっと、何かを忘れている気がする。夢に出てくるのもきっと、俺にとっての大切な人だ。でも、思い出せない……」
カミュが小声でそう告げると、オーフェルはカミュを抱きしめる力を強めて頭をそっと撫でた。
オーフェルは、悪魔だと名乗る割にはカミュに優しかった。死んだら魂を貰う、と言われて『契約』はしたものの、それと見た目以外にあまり悪魔らしい要素は見受けられない。だからカミュはオーフェルに心を許していた。
それに――なんだか、何処かで会ったような、懐かしいようなそんな感じがするから。前にそのようなことを言ったらそれまで見てきたオーフェルとは思えないほど怒り、「二度とその話をするな」と言われたためそれっきり口に出すことはないが。
「思い出せないのなら、それ以上考えてても仕方ねぇだろ。……それに、今はおれがいる。おれがおまえのそばにいる。それで十分だ」
「……っ……それなら、なぜ――」
そんな、悲しそうな顔をするのだ。
声に出す前に唇を塞がれ、その言葉がオーフェルに届くことはなかった。