あるピアノの過去注意
100%妄想
謎視点
独自設定?
最後の方に神が出てくる&ちょっと喋る
その昔、ヨーロッパのとある国に1人の少年がいたらしい。
少年は母親の弾くピアノの音を聴きながら育った。そして、いつかは自分も母親のように素晴らしい演奏をできるようになりたいと願いながらピアノの練習に励んでいた。
その少年は金持ちな家の生まれだったらしい。10歳の誕生日、少年は親戚からグランドピアノをプレゼントされた。
ーーーーー
そのピアノはイタリア北部のとある工場で造られた。
鍵盤の蓋を開けると、小さめのヒゲが生えているように見えるピアノだった。
一般的なグランドピアノは黒く塗られているが、それは青、というよりかは紺に近い色をしていた。どうやら特注品だったらしい。
ーーーーー
少年はそのピアノをとても大切にした。
(しかし少年は実は掃除が苦手で、ピアノを若干乱雑に手入れしていた、という話もあるとか)
そのピアノと演奏の上達を共にし、演奏する時以外もよくピアノの側で過ごした。
たまに夫婦喧嘩の声が聞こえてくる事があった。そんな時、ピアノに寄り添ってなんとも言えない感情を埋めた。まるで友達のように。
ーーーーー
そうして少年から大切に扱われるうちに、ピアノにも感情が芽生え始めた。
しかし、ピアノは感情を表に出すことはできなかった。ピアノには目も口も、手も無いからだ。
それでも、少年がピアノの事を大切に思っているように、ピアノも少年の事を大切に思っていた。
言葉を発せられるようになって少年と話したり、手を使ったりして一緒に自分の鍵盤を弾くのがピアノの夢だった。
少年の夢とピアノの夢。
先に叶ったのは少年の夢だった。
ーーーーー
いつしか少年はピアニストとなり、「いつか自分も母親のような素晴らしい演奏ができるようになりたい」という夢を叶えていた。
それどころか、実力はとっくに母親を超えていただろう。
そして、ピアノは少年が成長しても大切に扱われた。年に1〜2回調律を行ってくれたし、少年改めピアニストは変わらず側で過ごしてくれた。
ピアノがそのピアニストと最初に出会ってから、もう40年ほど経とうとしていた頃。
ピアニストはピアノのいる部屋に、ある日を境に来なくなった。
ーーーーー
ピアニストはある事故をきっかけに両腕がほとんど動かなくなってしまったらしい。
それに加え、重い病気に罹っている事を知った。ピアニストは絶望した。
さまざまな治療を行ったが、それっきり再びピアノを弾けるようになる事はなく、数年後そのまま命を落とした。
ーーーーー
しかし、そんなことを所詮無機物のピアノが知る由も無く、ピアノは「見捨てられた」と思った。
ピアノは悲しんだ。
時間が過ぎるうちに、ピアノの悲しみは恨みに変わってしまった。
「何十年も共に過ごしたのに」「よく強く磨かれたが大切にしてくれていたのに」そんな感情を永遠に心の中で廻らせる日々を過ごし続けた。
ピアニストの家はほとんどそのまま放置された。一度誰かが出入りしていたようだが、ピアノは気づかなかった。
ピアノの置かれた部屋は過ぎる時間と共に崩れ、朽ちていく。
時にネズミが素早く床を走り去る。
やがて、あのピアニストと過ごした時間より、孤独に過ごした時間の方が長くなってしまった。
ーーーーー
気づけばあのピアニストと初めて出会った日から、そろそろ100年に近い時が経とうとしていた。
ピアニストが自分を見捨てた理由もわざわざ考えることは少なくなり、このまま自分は木や植物に呑まれ朽ちる運命なのだろうと考えていた。
ある夜、ピアノはくすんだ窓の向こうの夜空に明るい流れ星を見つけた。
人間には、「流れ星に3回願いを唱えれば願いが叶う」という文化があると聞いたことがあった。
ピアノは、そういうのは信じるタイプではなかった。
もし願いを送るとすれば……
ーーーーー
一瞬、メガネをつけた少年と、その側で浮遊する影のようなものが見えた気がした。しかしピアノは気のせいだと思い、そのまま眠りについた。
ーーーーー
次の日の朝、ピアノは驚いた。
記憶にある人間の手の3倍はある、緑に近い色をした大きな手、これまでより丈夫そうな太い足が自分の体から生えている事に気づいた。
割れた鏡の破片で自分の姿を見る。
険しい黄金の目と大きなヒゲを確認してピアノはさらに驚いた。
我ながらまるで化物だと思ったらしい。
驚きも落ち着いた頃、ふとピアノは思った。
「この手を使えば自分の鍵盤を弾いて演奏できるのでは?」と。
だがもう半世紀以上は人の手が触れていない。きっと狂った音しか出ないか、と一瞬は正気に戻った。
しかし、いざその尖った指で鍵盤を叩くと、ピアニストがいた、あの頃のような美しい音が響いた。
全身がピアノの幽霊になっていたから。
ーーーーー
"言葉を発せられるようになってあの少年(ピアニスト)と話したり、手を使ったりして一緒に自分の鍵盤を弾くのがピアノの夢だった"
ピアノの夢は中途半端に叶った。
しかし、もうそんな昔の夢の事は忘れていただろう。
ピアノの新しい夢は「あのピアニストを超える実力を手に入れる事」だった。
ーーーーー
さらに時は流れる。
ピアニストの事を恨み続ける日々は、永遠に曲を奏で続ける日々に変わった。
ピアノは自分自身がピアノとはいえ、ピアノを使ったことが一度たりとも無かった。
しかし、あのピアニストが残したものを踏み台にして、1人で実力を付けていった。
大きな手が奏でる音色は乱暴かつ狂気的で、あの頃のピアノの音色とは正反対のものであった。
ある日。
「ほお、すげー演奏だ」
流れ星の流れた日に一瞬見えたあの少年が、いつの間にか側に立っていた。
そのピアノの演奏を聴いて興味を持ったのかもしれない。
「ところで…名前なんだっけ。
もしかして名前無いのか?
じゃあ…ハンマー生えてるグランドピアノだから………まあグランドハンマーとかで良いか」
ピアノは突然名前を付けられた。
「そうそう、今日はこれ渡しに来たんだ
興味あったら来いよ」
そう言って少年が渡したものは、
"良い感じの曲"を持ってきたら参加できる「ポップンパーティー」なるものに参加するためのチケットだった。
気づけば少年は消えていた。
…もしこれに参加するとしたら自分で曲を持ってくる必要がある。
…………………………なるほど、悪くない。
と、ピアノ改めグランドハンマーは思ったらしい。
(おわり)