かもめ学園の生徒も教師もいない、怪異だけの時間。
心を恋する少年のまま時を止めた花子さんのお話。
心做しか、だけ
怪異然とできない俺は七不思議としては落ちこぼれなんだと思う。今まで必死に守ってきた、貫き通してきた首魁としての仮面も、花子くんとして被った“下劣なエロガキ”の皮も、ヤシロの前では無駄だったし。なんて、誰もいない自身の境界で膝を抱えたまま悪態をついた。
土籠曰く、今日は教師たちも早く帰らなければいけない日らしい。そんなこと、旧校舎の宿直室を占領してるお前が言えることではないだろうに、と思ったのは記憶に新しすぎる。
――だって昨日言われたんだよ!?
勢いのあまり、トイレの貯水タンクを叩いてしまい、近くにいたもっけが跳ねた。さすがにカミサマと繋がってるここでこのままいるのは駄目だろうな、と思い個室から出た。
日課の見回りをしている中でも考えることはたくさんある。やらなければいけないことが多すぎるけれど、自分からそれらに首を突っ込んでるんだから…仕方がない。
気づかぬうちにたったひとりの想い人へと好意が偏ってしまいそうで不安になるのが最近の俺の悩み。
そんなとき、ありえもしない『エソラゴト』を考える。もっぱら一緒に生きれたらっていうことばかりなんだけどね。
…だって仕方ないじゃんか。
恋焦がれて、約五十年。怪異となってからは四十数年。月日の流れというものは恐ろしく、人の心を簡単に書き換えてしまう。
だから、実際俺たちが見てるのは記憶のようで幻覚なのかもしれない。
そう、思ったところでぱたりと思考をやめた。
――叶わない幻想を騙ったところで何も変わりはしない。
そんなこと…とっくの昔に知ってたはずだったのにな。夢見がちなあの子に絆されたからかな。俺の思考もすっかり毒されてしまったみたいだ、なんて苦笑した。
*
突然聞きたくなった。
「ヤシロはさ、この人とならずーっといてもいいって思ったことあるの?」
「…急にどうしたの?」
怪訝そうに君は返してきた。まぁ、あたりまえかぁ…。
「気になっちゃって♡」
あの時、一緒にいられなかった時間を埋めるようにいつも以上にくっついていたけれど、ヤシロは何も言わずにひとつ、ため息を吐いた。
「いるにはいるんだけど…」
「どーしたの?」
なにか俺に言えないこと?
「…」
そのままヤシロは俯いてしまった。なんか、さっきから目を合わせてくれてない気がして、
「こっち見てよ」
なんてカッコ悪いけど言ってみた。君のタイプではないらしいからとっくに吹っ切れてる。好きになってくれなく…
「だって花子くんが忘れちゃってるんだもん!!私、エソラゴトの世界で告白したのに!!」
「は…え?」
「うわぁぁぁぁん!!」
「な、泣きやんで…」
おろおろ、おろおろ。仮にも七不思議の首魁がこんなことで挙動不審になるなんて知られたら困るなぁ、なんて思う人はここにはいない。
すきなこを泣かしてしまった罪悪感か、責任感か。
いつしかの小さな子どもも、カミサマを信じなかった少年も、一緒にいられることを羨ましげに見てるのがわかって、見せないように、守ってあげなきゃみたいな意識でヤシロをいつもより、強く抱きしめた。
「…ごめんね」
なんて陳腐なセリフも吐いてさ。ほんとにらしくない。それでも、今までの取り繕ってきた仮面が壊れていくサマは見ていて…ちょっとだけ嬉しかった。
「…はなこくんは私とずーっといれる?」
さっきの質問を俺に返すように、未だに簡単に溢れてしまいそうな瞳を揺らして言う。その答えは…とっくに決まってる。でもね、言葉にできるほど俺は器用じゃないから。
ひとつだけ、噛みしめるようにゆっくりと頷いた。
「そっかぁ」
なんて、心底嬉しそうにいうから。優しすぎるその思いが伝わってきて、今さらながらになんてこと言ったんだって恥ずかしくなった。
「じゃあ…――絶対に離さないでね?」
一際、目立ったそれはヤシロらしくないけど、その感情を向けられて嬉しくて堪らない。
死者だとか生者だとかは、今は抜きにして。この放課後の時間だけは…ひとりじめ。