それは太陽に愛された向日葵のように｢あー次の依頼の時間間に合わないかな…｣
そう言いながら先輩は腕時計の文字盤とにらめっこしていた。廃ビルで出現した怪異の調査に時間がかかってしまい、次の依頼の時間に間に合うか微妙な頃合だった。
もう8月も半ば、昼になれば太陽がお空のてっぺんに来て私たちを容赦なく照らす。こんな暑さでも調査をしなければならない以上、現場に足を運ばなければならない。暑い。暑すぎる。こんな中黒スーツを着なければいけないのは中々に狂っている。
その事にキレているのもそうなのだが、次の依頼先は最近、夜中でも相談の連絡を先輩に寄越す様な相手で、正直行く気になれない。
上司に連絡を入れるべきか考えているであろう先輩の目の下のクマはいつもよりも濃くて、疲れきった顔をしている。その原因に会いに行かなければならないと言う事実が、いっそう私を苦しめた。
遅れるかもしれない等と連絡を送ったら、きっと依頼人は不機嫌になるんだろうなぁ…嫌だなぁ…と思いながら廃れたビルの周りを見渡す。そこである物が私の目に飛び込んできた。
(そうだ、これだ！)
思いついたなら即行動！少し離れたところにある廃材の山へ向かう。
｢ちょっと、後輩くん！？どこへ行くのさ！｣
廃材の中にあったある物を手にすると、直ぐに先輩の方に駆けていく。
｢これなら間に合うんじゃないですか？ほら、自転車！｣
そう、私が見つけたある物、それは自転車だ。駅までそこそこの距離があってもこれならひとっ飛びだ。2人乗りもできそうな作りで、今の私たちにはピッタリ、そう思った。
そうして先輩は嬉々として提案をする私を呆れた顔で見ながら口を開く。
｢君、この間自転車で怪異に突っ込んで行って、ケガしたのもう忘れたの？｣
｢はい！忘れました！だから先輩、私の後ろに乗って下さい！自転車なら駅にすぐ着けるし、遅刻もしなくて済みますよ！｣
｢しかも運転は君がすること前提なんだね｣
勿論、先輩に自転車を漕いでもらおうなんて最初から頭には無かった。先輩普段自転車とか乗らなそうだし。
少し考える素振りを見せた先輩は、すぐに私に向き直って
｢わかったよ、確かに自転車で駅まで行けば間に合う時間だしね｣
と答えた。
私の提案が通って、なんだか先輩に認められたような錯覚を起こす。それを誤魔化すように慌てて自転車に跨ると、お兄さんもそれに続いて自転車の後ろに乗った。
｢じゃあ、全力で漕ぐので！落っこちないようにしてくださいね！｣
｢はいはい｣
落ちないようにと先輩の腕が私の体に触れる。想像していたよりも近くて、心臓の音が聞こえてないか心配になった。
ペダルに乗せた足に力を込めて、自転車を全速力で漕ぎ始める。2人乗りなんて何時ぶりだろう、いつも乗っているよりも少し重い自転車。その少しの重みが、先輩の存在を際立たせる。
どんどんスピードを上げていくと、先輩が笑い声をこぼした。そんなに私が必死に自転車を漕ぐ姿は面白いのだろうか。何となく後方確認をしようと思ってサイドミラーを見ると、先輩の純粋無垢という言葉が似合うような、飾らない笑顔が映されていた。
サイドミラーは少し曲がっていて、たまたま先輩を映し出していた。初めて見るお兄さんの笑顔。今までそんな顔で笑っているところ、見たことがなかった、より一層心臓の鼓動がはやまる。
そのふと溢れた、きっと先輩の素の笑顔…
鏡越しではなく、実際に顔が見たくなるのをグッと堪えた。きっと、私が今振り向いたら、先輩は笑うのをやめて、いつもの作った笑顔になる。そんな気がした。
｢後輩くん、飛ばしすぎだよ、あはは｣
そう言って笑う先輩から目が離せない。私と2人きりの時に零した笑顔。
太陽に愛された向日葵の様な笑顔。
その笑顔が美しくて、愛おしくて、切なくて…
過去も今も辛いことばかりだけれど、せめて、せめてこの笑顔が溢れるような、そんな日常が、小さな幸せが続いて欲しい。それを祈るように私は自転車を漕ぎ続けた。
私に触れる先輩の体温は太陽のように暖かった。