来栖暁に育てられたあけちごろうくんの話神は死んで、メメントスと現実世界の融合もなくなり、大衆の認知も元に戻った。
獅童を支持していた大衆の声は手のひらを返すように獅童は悪だと見なし、それを否定するものに変わった。
イセカイナビは全員のスマートフォンから消え失せて、異世界に渡るための術は完全に無くなった。
…それから、受験とか、蓮や獅童の裁判とか。探偵の仕事とか、テレビの収録とか。
色々な出来事を経て。
「卒業証書授与」
……3月15日。
高校の、卒業式を迎えた。
最後のホームルームが終わり、クラスメイトと言葉を適当に交わし、校舎の外に出る。
周りでは合流した両親や友人と校門で写真を撮ったりしている同級生達が疎らに居て。
けど、不思議とそんな彼らの騒がしい声は聞こえない。春の訪れを感じさせる冷たいようで少し暖かい風の音だけが、耳に触れる。
「卒業おめでとう。明智」
そんな静かな景色の中心に、暁は居た。
ずっと変わらない笑みを浮かべたまま、入学式の時と同じ格好で。
「……本当に来たんだ。命拾いしたな」
「明智が言ったんじゃないか。絶対来いって。約束しただろ」
「そんな約束一つで外出て来れるならもっと早くに出て来いよ。この引き籠り」
「反抗期真っ盛りだな。高校まで卒業したのに」
ハハハ、と呆れたように笑われる。
「まあ、とりあえずさ。…色々とお疲れ様。大学は?ちゃんと受かったか?」
「当たり前だろ。僕も真も春も第一志望に合格したし。双葉も来月からは秀尽生だよ」
「……そっか。ヤルダバオトも倒して、『俺』のこともちゃんと助けてくれた。まさに完全勝利じゃないか」
「…………………」
…ヤルダパオトを倒した、あのクリスマスイブの後。
まず冴さんに例の動画のデータを渡し、それを裁判所に提出したおかげで蓮の傷害事件の再審が認められた。
動画の内容と僕の証言。そして仲間達が見つけ出した蓮が助けた女性の証言。その全てを獅童が事実だと認めたことで蓮の無実は証明され、晴れて有罪判決は取り消された。
そんな蓮はもうすぐ地元に帰る。レッテルを貼られていようと、逃げたくないと彼は言っていた。
「これで全部終わったんだ。この世界の俺も前歴が取れて、明智が生きて、ただただ普通の未来を歩ける。…本当に良かった…」
ふう、と息を吐きながら暁は空を見上げる。
その表情は満足げだ。
「………君からしたら長い道のりだった?」
「ああ、長かった。それに不安でいっぱいだった。お前が同級生殴り倒したって聞いた時が一番もうダメかもと思ったなぁ」
「……それは…………」
流石にそれについてだけは反論できる言葉がなくて、ばつが悪くなる。
自分で触れる分にはいいけど、他人に触れられると気まずさしかない。何なら完全な黒歴史だ。
表情に出てしまっていたらしく、ハハハと笑われる。
「まあそれも今となっては懐かしい思い出みたいなもんだよ。明智も思い出の一つにでもにしてくれ」
できるか。
「……………………」
「……………………」
そうして二人して黙り込んだ。
暁は何か言いたそうに、けど口にするのを躊躇っているようにしている。
「…何か言いたいことあるなら言いなよ。最後なんだろ」
「……………。じゃあ。一つだけ、聞いていいか?」
「なんだよ」
「こうしてお前を育てて、今に至ってるのはさ。お前が言った通り自己満足でしかないだろ?」
「そうだね」
「………俺はそれでもいいと思ってた。こうして消えるのだって怖くない。でも、お前はどうだった?正直なところ、お前はこんなことされても喜ばないだろ?やっぱり迷惑だった……?ずっと、嫌だったか?」
「…………………………」
不安げで、少しだけ泣きそうな顔だった。
結局こいつはいつだってそうなんだ。自分のことより他人のことばかり。呆れたものだ。この期に及んで心配なのが、僕の反応だなんて。
「……余計な世話だとは思った」
「………っ…」
あの日々が嫌だったかどうか。
そんなの、答えはひとつしかない。
「……けど、楽しかったよ。君との生活」
「え……」
「楽しかったし、嬉しかった。本当は、もっと二人で暮らしていたかった。何度も蓮と君を重ねてしまうくらいには寂しかった」
ずっと何かが欠けたまま復讐を言い訳にして何も見ようとしなかった前の自分では一生見つからなかったであろうものを沢山貰えた。向けられる愛情の優しさや温かさ。いつだって笑いかけて、何かあると心配してくれる。そんな家族や仲間が居ることの素晴らしさ。
例え、自分を見てくれる優しい大人と出会える唯一の世界であっても、暁が居なければここまで満たされる事はなかった。
「暁の……蓮のおかげで、僕はこれからも前を向いて、胸を張って歩いていける。でも、例え世界が違くても犯した罪は僕の中ではずっと消えない。だから、殺してしまった人達の命を背負って、一分一秒でも長く生き続ける。君がここまで導いてくれたこの命は罪の証であり、宝物だ。……それをずっと、死ぬまで忘れない」
「……明智」
この世界で彼という存在が生きて、怪盗団のリーダーとして色んな人達を救い続け、世界すらも救ったという事実を知る者は僕以外存在しない。
だからこそ、僕だけは彼を覚え続ける。蓮が居たから今の僕が居る。それだけは揺るぎない事実だから。
「ずっと、僕を望んでくれて。僕のために走り続けてくれて。僕に色んなものを沢山くれて。……本当にありがとう」
「………………。ははっ」
暁は笑った。
満開に咲く花のようで、空を明るく照らす太陽のように。そんな、初めて見る晴れやかな笑顔で。
「───そっか。なら、良かった」
その姿を最後まで見届けるつもりだった。見送るつもりだったのに、一度だけ目を瞬いてしまった。
……その一瞬。たった一度の瞬きの間に。目の前にいた暁の姿は元から居なかったかのように無くなっていた。
「……………………」
空を見上げる。そこにはただただ青空があるだけ。
漫画やアニメとかでよくある光の粒にでもなって消えるなりすれば、こうしてそれを見上げる形で目で追いながら感傷に浸れるものを。
あんな一瞬で消えられたら何もできやしない。ほんと、最後まで自分勝手な奴。
視線を空から前に戻して、名前を呼びながら手を振っている元木さんと合流した。彼女が保護者として卒業式に参加するのがこの世界の本来の姿ということなのだろう。
「……あの。今まで、ありがとうございました」
「ええ?どうしたの吾郎くん。いきなり」
「いえ。なんとなく、お礼が言いたくて」
「ふふ、お礼を言われることなんか何もしてないのに」
「してますよ。沢山ね」
元々は彼女が後見人になってくれていた事実があるからこそ成り立っていた暁との生活だ。それだけでも立役者と言っても過言ではないだろう。
暁と過ごした記憶しか僕にはないから、彼女と過ごしていた明智吾郎がどんな生活を送っていたかは彼女しか分からないけれど。彼女と過ごす日々も、きっとそれなりに悪いものではないのだろうなと思う。
例え、それでも獅童への恨みが止められず、結果的に道を踏み外してしまう未来が待ち構えているのだとしても。
〇 〇
その日の夜。ベッドの上で寝たつもりが、目を開けるとあのベルベットルームに居た。
目の前にはラヴェンツァが微笑みながら待ち構えている。
彼女と会うのは悪神と戦う前のあの時以来だ。
「お久しぶりですね。……まずは、よくぞ悪神を打ち倒しました。貴方の強い意志に、心より感謝を」
「アレを倒したのは蓮だ。僕じゃない」
「そうかもしれません。…けれど、貴方が居なければ彼らが窮地に陥る場面はこれまで沢山あった。貴方が居てこそ、この世界のマイトリックスターも世界を救うことができたのです。全ては貴方の心の強さがあったからこそですよ」
「それも違う。全部あいつのおかげだよ」
暁が居なければ結局僕は同じ復讐の道に進んでしまう。
こうしてここまで来れたのは暁が手を引いてくれたからこそだ。
「…彼は、もう旅立たれたのですか?」
「………………」
こくりと頷く。
『そうですか』と呟きながら、穏やかに微笑んでいた顔が少しだけ暗くなった。
「確か、蓮が居た世界と今の世界は別でパラレルワールドに近いものなんだったね」
「はい。我が主に見つけて頂いたのです。ですが、その世界でも貴方の運命は、過程は大いに違くとも結末は変わらなかった。ですので、マイトリックスターは……」
「元木さんに成り代わって、僕を育てたってことだろ。その辺は全部アイツから聞いたよ。……何度聞いても突飛な話だと思うけどね」
「本来であれば客人相手に使う力ではありません。我々も最初は止めました。だと言うのにマイトリックスターは強く求めた。その決断をした彼に迷いはありませんでした。それだけ、彼にとって貴方という存在は大きかったのでしょう」
「………………そう」
「ですが、彼の覚悟を貴方は無駄にしなかった。最初から最後まで、彼の想いを背負って懸命に走り続けていた。私はそれを誇りに思います」
そうしてラヴェンツァは再び微笑んだ。
やがて周りの景色とその小さな身体が発光し、薄くなり始める。別れの時間なのだということは、何となく察せた。
「……時間ですね。私の役目はマイトリックスターの代わりに貴方の道行きを見守り、そして見届けることでした。悪神が消えた今、それももう終わり。主と共に来るべき客人を導く本来の役目に戻りましょう」
「君も、今までありがとう。騙されたこととか言いたいことはあったけど、蓮に免じて不問にしてあげるよ」
「ふふ。それは良かった。ほんの少しだけ申し訳ないと思う気持ちはありましたので」
ほんの少しだけなのかよ。
もうちょっと罪悪感抱いとけよそこは。
「……もう一人の最高の客人、明智吾郎。貴方のこれからの未来に、永劫の祝福があらんことを」
深く丁寧にお辞儀をされる。
そうしてラヴェンツァは青い蝶の姿に戻り、光の粒となって消えた。視界は閉じるように真っ白になる。
次に目が覚めると、意識は自宅のベッドの上に戻ってきていた。
〇 〇
「ワガハイ、アケチが居なくなっちまった後レンが落ち込んでたの、ずっと分かってた。分かっていながらなんもしてやれなかった。そうしてるうちにレンのヤツ、消えちまったんだ。ラヴェンツァ殿を問い詰めたらもう行った後って言われちまって。もうどうすることもできなかったんだ」
「……アイツは仲間達のことも君のことも全部捨ててこっちに来た。裏切られたっていう怒りは湧かなかったの?」
「レンを怒れる奴なんか誰もいねえよ。アケチが居ない世界でレンはずっとアケチの影を置い続けちまう。本当の意味で笑える日は一生来ない。なら、例えそこに自分が居なくても、今がレンが望む結果なんだとしたら、ワガハイはアイツを見送ってやることしかできねえのさ」
「………………………」
モルガナを肩に乗せながら、ベランダから見える夜の景色を眺める。
熱を出して倒れて以降、蓮は食材一式を買い込んでモルガナと共に家に乗り込んで来るようになった。
『……君達なんでこう、いつも食事作りに来るわけ?』
『明智にちゃんとした食事を摂らせて胃を太らせる作戦だ』
『はぁ?』
『オマエ、一回ぶっ倒れたくらいじゃ食生活見直さないだろうからな。胃と舌を肥えさせてリンゴ一つなんかじゃ食事にならねえって思えるようゴローの食事意欲を育ませようって計画してんだ。な?レン』
『うん』
『うん、じゃねえよ』
なんてやり取りを交わしたのも今となっては懐かしい。
おかげさまでここ最近は食費が今までの倍以上になってしまった。本当にいい迷惑である。
明日で地元に帰るというのに蓮は構わず今日も乗り込んできた。今作っているのは卒業祝いを兼ねたマスター仕込みのカレーだという。蓮はカレーを作るのに夢中だし、今は前の記憶もあるというモルガナとは少し落ち着いて話したかったから。
ひとまずベランダに出て、そして今に至っている。
「なあ、ゴロー。アイツ、最期はどんな顔してた?」
「笑ってたよ。それはもう晴れ晴れとした顔で」
「…そっか。なら、良かったんじゃねえかな。寂しいけど、レンがそれで満足だって思えたんならさ」
「…………そうだね」
コンコンと窓を叩く音。
振り返るとガラス窓の向こうで蓮が手招きしている。準備ができたから来いということだろう。
中に戻れば既にテーブルの上には盛り付けられたカレーが置かれている。
二人と一匹で宅を囲みカレーを食べて、食後のコーヒーを飲む。蓮が作るものも、この一年で培った経験のおかげか、カレーもコーヒーもマスターや暁が作っていたものとほぼ同じにまで成長した。
「他の皆とは挨拶済んでるの?」
「ああ、もう終わらせてきた。明日は明日で惣治郎さんにはちゃんと挨拶するけど。明智が最後」
「こっちに居る最後の日なんだから佐倉家の人達と居ればよかったのに。家族水入らずなんだろ。なんでよりにもよって僕の家なんかに居るわけ?」
蓮とマスターの関係は春頃に仲介した時とは比べ物にならないほど打ち解けた。マスターは蓮を息子として受け入れて、蓮もまた東京にあるもう一つ実家として。双葉はそんな二人の間に笑って入り込む。そういう仲良しな三人家族。血の繋がりなんて関係ないという、僕と暁とは違った、ひとつの家族の姿だ。
「二人とは昨日ゆっくり時間を作ったからいい。今日は明智とゆっくり話したい気分だったんだ。……相談も、したかったし」
「……相談?」
「これはまだモルガナにしか言ってない話なんだけど。高校はあっちで過ごすけど、来年はこっちの大学を受験して合格したら改めて上京しようって思ってるんだ」
「……へえ、いいんじゃない?君の地元、交通は悪くない方だったけど周りに良い大学なさそうだったし。志望校はあるの?」
「いや、それはまだ…。とにかく東京に来れればどこでもいいっていうのが本音」
「まあその辺はゆっくりあっちで決めなよ。君の学力ならそれなりに良いところは行けるだろうし」
「ああ。……それでな、相談っていうか……提案なんだけど」
「うん」
蓮が続きの言葉を言おうと口を開く。
……まあ、話の流れを察するに勉強を見てほしいとかそういう相談なのかもしれない。竜司みたいな何もかも理解してない馬鹿タイプを相手にするよりかは、基礎自体はしっかりしている蓮の勉強を見る方がこちらとしても教え甲斐はある。でもそれは相談にはなるけど、提案ではないな。
なら一体何を───
「その時は、一緒に暮らさないか」
「………は……?」
空気が固まった。突然何を言い出しているのかこの男は。
冗談でも言っているのかと思えば、真剣な眼差しで、真っ直ぐこちらを見ている。
……確実に冗談の顔ではない。本気で言ってる。
「…君…正気?僕、男だよ」
「性別なんて関係ないだろ。同性同士でルームシェアしてる人達は沢山いる。……言っとくけど、愛の告白とかそういう意味じゃないぞ 」
「当たり前だろ」
そんなことあってたまるか。
「明智は独り暮らし続けてると絶対に孤独死しそうだからって理由もあるんだけど」
「前も言ったけど、相当失礼だからな。その発言」
「それ以上に、ずっと気になってたことがあって。けど、確証はなくて。でもお前が熱出して看病してた時に確信した」
「……何を」
「………明智はもしかしたら……父親だったって人と俺を、重ねて見てるのかもしれないってこと」
「───────」
ドクンと心臓が跳ねる。
言い訳の余地もない事実すぎて、言葉に詰まって返す言葉が見つからなかった。
それを肯定と受け取ったようで、『やっぱり』と零れる声が聞こえた。
「俺を見るお前の目がたまにすごい寂しそうで、ずっと気がかりだった。熱で倒れてた時に『あきら』って呼ばれて、ビックリしたけどそれで思ったんだ。あれ、獅童パレスの時に言ってたお前の父親の名前なんだよな?もしかして、俺とその人…似てるのか?」
「…………それは」
似てるどころかお前本人だ。
…そんなことお前は夢にも思わないだろうし、言えるわけもないけど。
「別にさ。明智を育ててくれた人が誰とか、そういうのは関係ないんだ。…ありがとうとは思うけど。ただ、そういう時に見せるお前の顔がどうしても忘れられなくて。放っておけないって気持ちになる。…そんなことずっと思ってたからなのかな。明智が居なくなる夢まで見るようになったんだ」
「…え」
「閉じられたシャッターの向こうに明智が消えて、そのまま会えなくなる。明智が居ない世界はとても怖くて、辛かった。お前が倒れた時は正夢になるんじゃないかって本当に怖かった」
「………………」
それは夢なんかじゃない。実際に起きたことだ。
お前にとっては夢でも、もう一人のお前にとっては現実の話だ。
「だから、本音を言えば明智を一人にさせたくない。放っておいたら、お前はどこかに行ってしまいそうだから。でも、もし俺を見てるとその人を思い出すから嫌だって言うなら…無理は言わないし、言えない」
「……………………………」
「……その。それでも良いって。もし俺で良ければでいいから。…検討してくれたら、嬉しい」
蓮の顔を見る。
真っ直ぐこちらを見つめている顔は、少しだけ赤くなっていた。
「………………」
つい顔を覆って俯いた。
なんだよその顔。好きな人に告白した後の返事待ちみたいな顔しやがって。告白じゃないとか言いながら、告白みたいなもんだろ、今の。
「……ふ。ふふ」
「あ、明智……?」
仮に、本当に蓮と一緒に暮らすとしよう。
僕は結婚願望なんてないからガールフレンドを理由にして蓮から離れることはない。
そして蓮も、この口ぶりだと僕から離れる気がない。
暁との約10年間の生活にストレスは何もなかった。性格的な相性の良さも実証済み。
お互いに引っ越そうと思い至るほどの喧嘩は多分ほぼ起きない。モルガナも付いてくるだろうし、彼という中和剤が居るおかげでそれは確固たるものになるだろう。
つまり、一度始めたら恐らく互いが死ぬまでこの生活は続く。続いてしまう。
「……くくく、はは、あはは……」
「ど、どうしようモルガナ、明智が壊れた。俺のせいか…?」
「……いやぁ……そういうんじゃねーと思う……」
雨宮蓮に育てられた男が今度は雨宮蓮とパートナーとして同居するなんて、どんな悪夢だ。
しかもどっちの蓮からも庇護対象みたいな扱いされて。冗談じゃない。ふざけるなという話だ。なめるのも大概にしてほしい。
「……はぁ……。ほんと、バカみたいだ」
けど、少しだけそんな生活にも興味があった。
暁と蓮は同じ雨宮蓮だけど、全くの別人だ。
前の時、蓮とはテレビ局で会って以降、駅やルブランで会って怪盗団として加入したとき程度しか主な交流はなかったけれど。この蓮とはそんな前とは比べ物にならないくらい色んな場所に行って、色んな話をして、色んなことをした。
それこそダーツやビリヤード、ジャズクラブやカフェ、秋葉原のゲームセンター、四軒茶屋のルブランや銭湯。本当に色んな場所に。
そして怪盗団として活動していた半年間、特訓と称して模擬戦も何度かやった。仲間として、好敵手として彼と二人で過ごすその時間は、決して悪いものではなかった。
そんな蓮との生活に魅力を感じないと言えば、正直嘘になる。
「………………………」
自分で自分に心底呆れる。暁はこういう未来をしっかり想定していたのだとしたら、そんなのもう笑うしかない。蛙の子は蛙。親もバカなら子もバカってことか。本当に最悪だ。
「……いいよ」
「え?」
「一緒に暮らしてあげてもいい」
「ホントか?」
「……いいのか?ゴロー。だってオマエ……」
唯一全ての事情を知りながら中立の立場にいるモルガナがなんとも言えない顔をしている。
上等だ。人の記憶は、まず声から忘れてしまうという。元から忘れるつもりなんてなかったけれど、蓮といれば一生暁を忘れずに済む。それだけで御の字だ。
「……ただし、一つだけ条件というか……お願いがある。大丈夫、ちょっとしたワガママだよ。大したことじゃない」
「……?」
〇 〇
蓮から送られたチャットに書いてある家の場所を目指して、やっと辿り着いた。
書いてある通りの番号の扉の前に立って、扉をグーにして叩いても良かったけれど、でも今はインターホンが付いてる場所には手が届くので、普通にボタンを押した。
扉の向こうからドスドスと足音が聞こえる。
僕の顔を見るなり嬉しそうにするあの間抜け面を見るのは何度目になるんだろうなと思いながら、開いた扉にぶつからないように一歩下がる。
かつては高い場所にあった顔が、今は目の前にある。
黒い、モジャモジャした頭の。ずっと見慣れた男の顔。
「……ああ、もう来たのか。早かったな」
──あれから、一年後。
蓮は無事に都内の大学に合格し、モルガナと共に改めて上京して来た。仲間達も自分達の未来に向かって、道は違えど各々で歩み始めている。
蓮には二人で見つけたこの部屋に先に入居してもらい、僕はその後にまるで蓮の家に上がり込むという形で入居する、という環境を作ってもらう。
それが一年前、蓮に出した条件というか、お願いだった。
理由は簡単で、暁と僕の出会いの日を再現した状況を作りたかっただけ。特に深い意味はなく、単なる思いつきだ。
ちなみに蓮はこんな企みがあることは全く知らない。
「迷わなかったか?無事に着いて良かった」
駅から数分の物件なんだから迷うわけないだろ、というのは本音だけど今だけは飲み込む。例え無意識だとしても、その言葉はあの日の暁が言ってくれたままのものだったから。
やりとりの順序は違うけれど、こんなのは些事。
ならば、名前を言って挨拶をしよう。それで、あの日の再現は完成する。
「今日からお世話になる、明智吾郎です。よろしくお願いします」
【終わり】
※補足。
暁とごろうくんの前世→無印
ごろうくんと蓮→ロイヤルに限りなく近いパラレルワールド
ということにしておいてください