1月までに完結したらアナコンに出したい小説原稿そうして、あっという間に退院日を迎えた。
搬入口の外には既に冴さんの車が停まっている。乗り込む前に、見送りに来た担当医と看護師に振り返り、頭を下げた。
長い間、お世話になりました
言いながら、笑ってみせる。これは探偵王子の頃に散々見せた無理やり作っていたものではなく、本心から出るもの。
思えばこの二人にこうして笑いかけたことはなかった気がする。驚いたような顔で二人は顔を見合せたが、すぐにまた笑ってくれた。
気をつけて。足の件で何かあればいつでも相談しなさい
はい
元気でね、明智くん
先生方も、お元気で
穏やかに笑みを浮かべたまま、看護師の女性は手を伸ばす。
それを視線で追えば、その手は頭の上にぽんと乗った。
もうあんな大怪我して戻って来ちゃダメだからね?
頭の上に乗った手は、そのまま優しく頭を撫でた。
優しい笑顔で。旅立つ息子を見送る母親のように。
────
言葉が出なかった。
手はニ回、三回ほど頭撫でた後に離れて行く。
………ありがとう、ございました
最後にもう一度頭を深く下げて、礼を述べる。
搬入口の自動ドアをくぐって、扉のドアノブに手を伸ばしたところで、遠くから『居たぞ!』『あそこだ!!』と怒号に近い声が複数聞こえた。カメラを構えた大人達が駆け込んで来る。間違いなくマスコミだろう。
退院した明智吾郎を取り囲んで、更なる練り餌を手に入れるつもりなんだ。
まずい、もうバレたか!
明智くん、早く車に!
後ろの二人からの声にハッとする。
車の後部座席の扉が、こちらから開ける前に勝手に開いた。
明智!早く!!
中から、蓮が手を伸ばして来る。反射的にその手を取った瞬間グイッと手を引かれて、車の中に引きずり込まれる。
倒れかける身体を抱き留められて、目と鼻の先に居る蓮の顔はにこりと笑っている。その隣に置かれたカバンからはモルガナが顔を出した。
よ!久しぶりだなアケチ!
引っ張ってごめん。痛いところないか
大丈夫だけど…なんで君達、ここに……
話は後。すぐに飛ばすわよ、しっかり掴まっててね
扉は自動で締まり、運転席に居る冴さんがハンドルを握り、アクセルを踏む。元からエンジンは動いていた車は、すぐに動きだした。
手を振って見送りしている二人の恩人と、すれ違うマスコミが遠ざかって行く。
病院の敷地から出る前に出入り口の様子が遠くから見えた。患者も使うというのに、そんなのお構いなしに大量のマスコミが押しかけていて、医者や看護師達がそれを必死になだめていた。
アイツら全員口を揃えてアケチはどこだアケチを出せって言ってたぜ。オマエのこと狙ってんだ
ここまで予想通りだと一周回って滑稽ね。まあ、おかげで計画通り裏口から無事に外に出られた。病院の人達総出で動いてくれたおかげで明智くんを守れてよかったわ
…………
その光景をガラス越しで見ながら、頭を撫でられた箇所に手を当てる。あの感覚を忘れないように。
……誰かに撫でられたのなんて、あんなに裏表のない優しい笑みを向けられたのなんていつぶりだろう。母の記憶でそれは止まってる。だからきっと、あの時ぶりなんだろう。
思えば店に行くたびに笑って迎えてくれる無辺さんも、それに近いものだったかもしれない。
『視野を広げてみるといい』
『見ようとしなかっただけでそういう人間は案外居る』
あの時、蓮が言っていた言葉の意味がようやく理解できた気がする。それを知ってか知らずか、こちらを見つめる蓮の顔は嬉しそうに微笑んでいた。
……それで、なんで君はここに居るわけ
迎えに来たんだ
迎え?
こくりと頷く。
これからルブランに行く。……皆、そこに居るから
──────
情報量の少ない返事だ。だけど、そこに全ての意味が詰まっている。
彼の言う『皆』が誰なのかは、聞かなくても理解できた。
〇 〇
病院に殺到していたマスコミの数を見るに、このまま帰宅するのは出待ちされている可能性があるということでほとぼりが冷めるまでは転々としながら外泊した方がいいということになり、退院初日である今日はどういうわけかルブランの屋根裏で蓮と共に寝泊まりするという方向で話が勝手に決まっていた。口を挟む余地がないほど当然のように。
道路に停まった車から降りる。四軒茶屋の古めかしい町並みは変わりないようだった。冴さんと別れ、蓮と共に路地裏にあるルブランを目指す。
こちらが片足を引き摺って歩くのを見ながら蓮は静かに歩幅を合わせてくる。少しそれが癪だったけれど、口には出さなかった。
ルブランの前まで到着すると、その店前で膝を抱えて座る人影が一つ。
……あ
彼女は僕らに気づくなり、静かに立ち上がって向かい合う。
……久しぶり。ひとまず、生きてて、良かった
………どうも
……佐倉双葉は、少し気まずそうにそう言った。
双葉。春は?
春は中だ。皆と一緒に待つって。わたしが待てなかっただけ。……明智に、どうしても個人的に言いたいことがあったから。……蓮は、そこに居て
分かった
蓮はそれきり黙った。
互いに目を逸らさずに、かと言ってかける言葉も見つからず、見つめ合う。
一色若葉は認知訶学の研究の主任だった。獅童に異世界の存在を話し、それが認知訶学に繋がるものであるということが判明してからの流れはとても早かった。
研究内容を軒並み奪い取り、そして獅童は一色若葉の処理を僕に依頼した。
そして、僕は彼女のシャドウを一切の躊躇もなく殺した。目の前にいる双葉の目の前で若葉は精神暴走を起こし、そのまま車にはねられて死んだ。
彼女が探していた母親の仇は、紛れもなく僕なのだ。
「…お前、一緒に行動した時からわたしがお母さん…一色若葉の娘だって分かってたんだろ」
「………名前を聞いた時から。彼女のシャドウは君の名前を何度も叫んでたから」
「わたし、お前が真っ黒だって知った時から仲間のふりするのすっげ―嫌だった。でも、バレちゃ蓮がお前に殺されちゃうから、頑張った。それは他の皆も一緒。それでもお前が文化祭の日に取引を持ち掛けられるまでは知らなかった。けど、お前は全部全部最初から分かってた。分かっていながら、ああやって嘘しか話さないまま近づいてきて、仲間のフリしてずっと行動してたんだ」
「………………………………………」
否定はしなかった。
まさに一字一句、彼女の言う通りだったから。
……蓮から聞いた。お前、死のうとしたんだってな
どうやら冴さんには言わずとも、彼女──いや、彼ら全員には話したようだ。
そこは別に咎める気は無い。隠す気もない。
「……獅童の判決出たって聞いて、真っ先に明智のこと思った。それで、蓮からその話聞いて…正直驚きより納得した気持ちのが強かった。わたしも、お母さんが死んだのは自分のせいだから、償うために自分も死ぬんだってずっと思ってたから。明智が死にたいと思ったその気持ちは…正直、めちゃくちゃ、すげー分かる
……そんな大層な理由で死のうとしたわけじゃない。
彼女と僕とでは、土俵が違う。
でもやっぱり、死んじゃだめだ。わたし、怪盗団の皆と出会って分かった。死ぬことは償いじゃない、ただの逃げだって。だからお前も、逃げちゃだめだ
……言われなくとも、それは蓮に散々言われたよ
知ってる。わたしの口から、改めて言ってやりたかったんだ
悪いけど、今までのこと謝る気はない。謝って済む話でもないし、今更謝罪の言葉なんて君達は求めてないだろ
問いかけると一瞬だけ目を見開かせる。
そして、すぐに細い腕を後ろに回して視線を地面に下ろした。
……当たり前だ。そんなの誰も求めてない。それは怪盗団の皆がそう思ってる。お前はもう、許すとか許さないとか、そういう次元に居ないんだ
佐倉は下を向いていた視線を真っ直ぐこちらに向ける。
蓮や冴さんと同じように、眩しくて強い眼差し。
………それでもわたしは、お母さんを殺した明智を絶対に、死ぬまで許さない。死んでも許さない。だから、誓って。その奪った命を背負って生きるって気持ちを……お前が殺した人達はお前が殺すまで、ちゃんとこの世界に生きてたってことを、絶対に忘れないで。それを約束してくれるなら、わたしはお前の全部をチャラにする。……チャラじゃないけど……いや!でも!チャラにする!
どっちなんだよ、とは口には出せない。
彼女に返せる言葉は一つだけだ。
……約束する
言ったな。絶対だぞ。もう裏切るなよ
頷く。
そこでようやく、佐倉の顔が晴れる。いつもの小生意気だけど、明るい年相応の笑顔になった。
ならよし!わたしからの話はこれで終わりだ!でも、今のはあくまでわたし個人の話だからな。他の皆がどう考えてるかは分からないぞ
分かってるよ
佐倉を横切って、ルブランに続くドアのノブを掴む。
中には、蓮と佐倉を以外怪盗団の面々が待機しているはずだ。最初に向き合うとしたら、彼らだというのはずっと前から考えていた。
後ろから蓮と佐倉、モルガナの視線を感じながら、扉を引く。カランカランというドアベルを鳴らしながら開けた扉の先には、坂本竜司、高巻杏、喜多川祐介、新島真、そして奥村春が各々ボックス席やカウンター席に腰掛けていて、一斉にこちらに振り返った。
互いに顔を見合せながら、何も喋らない。
奥で流れるテレビは、明智吾郎が秘密裏に病院から抜け出したことを報道している生中継のニュース番組が流れている。
どうやらあの人達を撒けたようね。流石お姉ちゃんだわ
最初に口を開いたのは新島だ。
テレビをリモコンで消しながら、いつものように姉との血の繋がりを感じる冷徹な口調で。
………うん。とにかく、無事で良かった。思うことはあっても、死んでほしいわけじゃなかったから
次に口を開いたのは奥村。
複雑な心境が顔を見るだけで分かる。
しかし随分と痩せたな。しばらくは栄養のあるものを摂るといい。リンゴのみを食事にするのは止めた方がいいだろう
いやそれアンタにだけは言われたくないから……
喜多川の着眼点は相変わらずよく分からない。呆れた顔で突っ込みを入れる高巻の気持ちはよく分かる。
…………
こちらを睨みつけながら静かに立ち上がったのは坂本だ。相変わらず見た目通りのガラの悪い態度で、そのまま目の前に立つ。
思えば彼は特に突っかかって来ることが多かった。取引を応じた時から蓮を殺す計画を知っていたのであれば、許さないという気持ちが隠しきれないのも彼であれば無理はないと思う。だから、次の瞬間には拳が飛んでくる可能性もある。
……足、まだ引きずってるってことは結構痛えんだろ。とりあえず座れよ
え…
だと言うのに出てきた言葉はそれだった。
カウンター席用の椅子の向きを変えて、軽く押されて無理やり座らされる。とんだ拍子抜けだ。
しばらくは歩くのキツいと思うけど、そのうち普通に歩けるくらいにはなると思うぜ。俺がそうだったし
…………どういうつもり?
はぁ?どういうつもりもクソもねえだろ。俺はお前も俺みてえに足壊したって聞いたから、経験者としてアドバイスしてやったんだろうが
確かに、坂本はかつて鴨志田卓による体罰で足を負傷し、それが理由で陸上選手としての人生を絶たれたという情報があった。
程度は違うのか同レベルかは分からないが確かに今の僕と彼は足が負傷したという意味では同類に該当する。
勘違いすんなよ。別に俺ら、お前のこと無かったことにはしてねえよ。許さねえし、お前に対して理解もしねえ。けど理解してえとは思う、それだけだ。だからこうして集まってんだ。……言いたいこと、あるなら言えよ
…………………
この期に及んで『理解したい』と来たか。よくもまあ裏切り者の人殺し相手にそんなに言葉を言えるものだ。
どこまでも、リーダーを筆頭にお人好しのバカ軍団なのだろう。
…………さっき双葉にも言ったけど、今更君らに謝る気は無い。言いたいことがあるのは君達の方なんじゃないのか
言いながら、視線を奥村に向けた。
佐倉との話が済んだ以上、蟠りがあるのは彼女しかいない。それは他の面々も思ったらしく、全員の視線が奥村に向いた。
双葉ちゃんと話したんでしょう?
ついさっきね
…それ、貴方が生きてるって聞いた時に、双葉ちゃんと二人きりで話したの時に出した結論なの。明智くんに家族を殺された者として、その他の亡くなった人達と残された人達のために、彼に何をしてもらいたいかって。
もちろん、貴方が何をしたところで死んでしまった人は戻ってこない。それは例え法に従って明智くんが正式に裁かれたとしても変わらない。だから、せめて忘れさせちゃいけないよねって話になったの。もちろん私達もずっと忘れない。けど、明智くんにも、明智くんにだけは忘れてほしくない。自分自身の罪と向き合って、生きて、そして忘れないでいて欲しいの
………………………………
元より忘れる気は無い。
今まで異世界の殺しを繰り返していたのは、自分が選んだ復讐のための道のりだとしか思ってなかった。だからこそ引き金を迷いなく引けた。けれど、彼らを復讐のために必要な犠牲だったと思ったことは一度もない。
私も双葉ちゃんも、貴方がそれを約束してくれればそれでいい。それ以上は望まない。……そういう話で終わってたから
………そう
蓮も佐倉も奥村も、全員が口を揃えて僕に『生きろ』と言う。例え親の仇であったとしても、決して『死んで償え』なんて言葉を言わない。僕はと言えば獅童を殺してやると思った瞬間は何度かあって。その気持ちを全て復讐として返してやろうと思ってあの道を選んだ。
……きっと、その違いこそが正義である彼らと悪である自分との、越えられず交わらない境界線だったのだろうと思い知らされた気分だった。
これで私から言いたいことは終わり。マコちゃんは?何か彼に言いたいこととか、ある?
…私は別に。獅童パレスのあの日に全部言ったつもりだから。精々お姉ちゃんに散々こき使われるといいわ、くらいかしらね。貴方達は?竜司なんかは沢山あるんじゃないの?
新島は坂本、高巻、喜多川に視線を向ける。その問いかけに坂本、高巻は困ったように目を泳がせた。
明智と因縁あんのは蓮と双葉と春だろ。…お前らがもう決着ついてんなら、俺が言うことは特に無ぇっていうか…
うん、ぶっちゃけ私も竜司と同意見。…祐介もそうでしょ?
…いや。悪いが俺にはある
奥村に向いていた全員の視線が喜多川に移った。
そんな視線も気にせずカウンター席に座りながら、喜多川はコーヒーを口にする。
竜司の言う通り、明智と特に因縁があるのは蓮と双葉と春だ。その三人と話がついているのであれば、俺がお前に対してどうこう言う筋合いは無い。…無いが、お前が今後双葉や春の言葉を守るのであれば、『これ』は必要なことだと俺は思う。しかし、あくまでけじめの一つになりえるのではないかと言う、単なる提案に過ぎない
………御託はいいから本題を言いなよ
そうだな。では、述べよう
喜多川は持っていたカップをソーサーの上に乗せると、静かに視線をこちらに向けた。
彼の発言はいつも突拍子がない。奥村の話が終わって緩みかけた空気が再び引き締まる。
…明智。一度で良い。……今の獅童に会ってみてはどうだ
──!
その提案は、誰も予想だにしなかった発言らしい。全員が戸惑いと驚きの声を上げた。
獅童に会えってお前…そんなの地雷でしかねえだろ!
そうだよ!あんたテレビで散々明智くんが色々言われてるの知ってるでしょ!?
勿論知っている。だからこそ言っているのではないか
…祐介、どういう意味だ
蓮が尋ねると喜多川は『簡単な話だろう』と、言い切った。
俺達はこれまで歪んだ大人達に苦しめられ、囚われていた。それは当然明智にも言える話だろう。だからこそ、お前は父である獅童に復讐するためにこれまでの人生を捧げてきたのだから
…そうだね。だからってなんで今更アイツに会うという話になる?
お前の中の獅童正義という男の認知が、今までと何一つ変わっていないということだ
当り前だろ
機関室のあの時点で獅童への復讐は失敗し、無意味だったことを知った。だからこそ、アイツの改心を彼らに託して死んだつもりだった。それがどういうわけか死にそびれて、意識を取り戻した頃には獅童は既に全ての罪を認めて、余計な罪まで抱え込んで勝手に有罪判決を食らっていた。認知が変わるとすればそれくらいで、だけれどその程度で骨の髄までしみ込んだ積年の恨みは変わらない。変わりようがない。
ああ、お前はそう言うだろうな。俺が言いたかったのは『それ』だよ
は……?
竜司と杏は鴨志田、俺は斑目、真は金城、春は父君。俺達はその苦しみの象徴であった大人達を改心させ、それまで受けてきた仕打ちに対して謝罪する姿を見て、多少の遺恨はあれども『過去』にすることが出来た。…だが、明智。お前だけは改心した獅童からの謝罪を本人の口から聞いていない。お前は未だに獅童に囚われている。お前にとっての獅童は、まだ『今』なんだ
──────
心臓が、大きな音を立てた。
それではお前はいつまで経っても今までと変わらない。復讐に身を焦がしながら生きた明智吾郎でしかない。双葉や春が望むお前はそうではない。罪を背負って生き続ける、これからの明智吾郎だ
……それ、は……
だからこそお前は獅童からの言葉を受け止めて、今までのお前を過去のものにしなければならない。……俺はそれをずっと考えていた。獅童のパレスで、あの男が蓮に謝る姿を見た、あの時から
……祐介
喜多川の言葉に心臓を鷲掴みにされたような感覚がした。
動悸は止まらないのにアイツのシャドウは消える前に蓮に対して謝ったのか──そんな他人事なことを考えてしまう。
強制するわけではない。どちらを選んだとしても、俺はお前の選択を尊重する
………………………
言いたいことは言い切ったという意思の表れか、喜多川は何事も無かったかのように再びカップを口に寄せてコーヒーを飲み始めた。取り残された他の面々からの困惑に近い空気が店内を満たしている。
で、でもよ。獅童ってもうムキチョーエキ?の判決出たんだろ?そんな簡単に面会なんかできんのかよ
…血縁者であれば無期懲役の判決を受けた受刑者との面会は許可されるはずよ。明智くんに限って言えば、恐らく問題はないと思う
あ…そうなんだ…
新島の言う通り。
だから、あとは僕が行くか行かないか。…それだけの話だ。
…悪いけど、そればっかりはすぐには決められない
今すぐ決めろとは言っていないだろう。それにどちらを選んだとして俺達に報告する必要もない。お前がしたいようにすればいい。俺はあくまで提案したにすぎないからな
………………
その言葉を最後に、その場はお開きとなった。
仲間達を送って来ると言って出て行った蓮を見送り、一人屋根裏部屋へと上る。怪盗団で集まっていた時の定位置だった窓辺の前まで椅子を引いて、そこに座った。
頭が真っ白で、考えることはたくさんあるはずなのに何も浮かばなくて、穏やかな街並みを呆然と眺める。
明智
…何
十分程度で帰って来た蓮はなぜか佐倉の家から借りてきたらしい新聞紙の束と一緒に鋏を持っている。
こちらの気分などお構いなしに、能天気に笑みを浮かべた蓮は
髪切ろう。切ってやる
は?
なんて、相変わらず自由なことを言い出した。