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    戒兎/yagumoshizuku

    @yagumoshizuku

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    戒兎/yagumoshizuku

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    『口の虎は身を食む』PCの璃玖堂熾弦の作品

    鏡極アランと夾竹桃の示す魔 夾竹桃が咲き誇る。かの偉大な米国三十五代大統領、ジョン・F・ケネディは、花言葉である『危険』を用いた名言を残したという。
    ——行動にはつねに危険や代償が伴う。しかしそれは、行動せずに楽を決めこんだ時の長期的な危険やコストと較べれば、取るに足らない。

    ▼鏡極アランと夾竹桃の示す魔

     朝、九時。鏡極堂の主たるアランは、八月に入り高校が夏休みになったことで、自室のベッドで未だに惰眠を貪っていた。鏡極堂の管理を任せている夢乃朝顔も、この時間はまだ一階で『夢乃怪奇相談所』を開く時間ではない。この相談所の開く時間は、朝の十時だ。早すぎず遅すぎない、いい按排だ。
     だというのに。ドタドタと、騒がしい足音が静かな中を鳴り響く。階段を駆け上がっていき、アランの自室へと一直線に向かう音。
    「爽快な朝だぞ!起きろー、鏡極くん!」
     そのけたたましい声で目が覚めてしまったらしいアランが、恨みがましそうに声の主を睨みつける。
    「朝から喧しい……、発情期の猫かよ。坂朽……」
    「猫じゃねぇよ!?人間だっての!」
    「……皮肉が通じねぇ」
     慣れたとはいえ、アランも呆れ果てるその相手は同級生の坂朽乱太郎。異様なまでの不幸体質。それは主に、怪奇現象に見舞われやすいという意味でだが。
     布団を引き剥がされ、仕方なく着替えを済ませた鏡極堂の主はソファにゆったりと腰掛け足を組む。
    「で?こんな時間にこの屋敷に駆け込んだ理由は?特に理由はない、等赦さんからな」
     そう告げると、坂朽はこう答えた。
    「夏休みに中学の時のダチと一緒に、田舎に旅行することになったんだけど……」
     そこで途切れ、待っていても先に進まない。焦れたアランが先を促す。彼は思巡したようだが、話すことを決めたらしい。
    「ダチにさ、どんな場所か先に名前を聞いたんだよ。オレ、色んな事に巻き込まれてるだろ? だから、先に調べようかなって」
    「いい心がけだな。巻き込まれているのは、事実だし」
     坂朽は淹れていた麦茶を一口含むと、話を続けた。
    「そしたらさ、ネットでどんだけ調べても検索に引っかからないんだよ。ド田舎だからかなって思ってさ、図書館とかでも調べたけど全然見つからなくて……何か、怖くなってさ」
     この時点で、アランは厄介な案件持って来たなと思っていた。だが、如何せん情報が少ない。故にもう少し情報が欲しかった。
    「ってことは、場所の名前は知ってるんだな。何て言うんだ?」
     聞いてみれば、紙に書かれたそれが渡される。
    ——比米神村。
     アランの持ちうる知識の中に、この字並びの村はなかった。ただ、彼の直感は村の音は同じだが漢字が変わっている可能性を導き出した。この字面だと、あたかも米の神様を祀っている村の様に思わせることができる。
     アランは嫌な予感がした。まさかと思った。しかし、それが事実であった場合、気づいていながら見逃したとあっては、鏡極堂の主の名折れと言えるだろう。
    「坂朽、その友人……女だろう」
    「よく分かったな。二人女子で、もう一人男子がいるんだ」
     その返答を聞き、やはり、と彼は顎に手を当て呟く。
    「その旅行、俺もついて行こうと思う。これは明らかに厄介案件だ。朝顔に伝えておかなければ」

    ――――――――――――

    ——八月某日。
     蝉の五月蝿い昼下がり、件の村にアランたち一行はいた。坂朽、太斉春、緒田朔乃、檀鱒雄のお友だち組に、アランが一人追加される形だ。この中の太斉と緒田が女子だ。彼の想定が正しければ、この二人が危険だった。
     アランは坂朽に友人たちから目を離さないよう指示をし、村の調査を開始した。勿論、もしもの時はスマホを通話でスピーカー状態にすることも指示しておいた。彼の友人たちに軽く会釈し、アランは別方向へと足を進める。
     足取り軽く、アランは第一の目的地に向かう。村役場だ。どれ程田舎であれ、そういった場所がなければ様々なことが滞るものだ。無い等ということは、まずもってない。
     そして、そういう所で村の在り方を探るのが彼の目的だ。役場にいるのは、比較的若めの部類の筈だ。歳の近いところから接触を取る作戦であった。田舎の年配者はどうしても、排他的なところがあるのも理由だ。
     ふと、視界の端に夾竹桃が映る。その方向をよくよく見れば、夾竹桃が群生している。
    「あれは、夾竹桃……確か、花言葉は『注意』『危険』『用心』……強い毒性を有していることが、由来……ッ!」
     アランは勢いよく振り返った。ツーッと汗が伝う。絡みつく様な視線。間違いなく、彼はそれを感じ取った。しかしそこには何もいない。
    「厄介だな、全く」
     夾竹桃から離れ、足早に村役場に向かう。今回はどうやら、一刻を争う事態になるとアランの頭が導き出した。その背後を追うように動く影が一つ。

     辿り着いた村役場は閑散としている。否、それだけではない。これは血だ。
    「一足遅かったか。しかし、観光客がターゲットなものとばかり思っていたが……思っていたよりまずい状況かもしれないな。暴走したか?」
     役場のカウンターを乗り越え、アランは遺体の検分を行う。直感がやけに警報を鳴らしていることから、安全をとって手袋を装着し遺体に触れる。
     脈は完全にない。血を流し横たわる身体全て。
    「他に誰もいないし、丁度いい」
     魔眼殺しの眼鏡をグラサンを外す。アランの超能力、魔眼【万華鏡】がセーフモードで起動する。全開使用は脳への負担が大き過ぎる、と夢乃に道術で制限を掛けられている。
    「……直感の警報は正しかったか。ご丁寧に、血に毒素を混ぜやがって……」
     しかし、本当に犠牲者が女ばかりだった。この場に倒れている全てが女。そこでふと、疑問が生じる。村役場の役人が女だけで構成されている筈がないからだ。
    「村役場とは名ばかりの、餌場だったってわけだ。——出て来いよ、そこにいるのは視えてんだ」
     アランの言葉に応えるように、物陰から何かが姿を現す。それは、何をどう見ても何処からどう見ても、紛うことなき獣だった。否、それは少しばかり正確ではない。人間だ。獣性を顕にした人間だった。
     人語を理解している。それだけでは確かに、調教された動物でもそうだ。だが、これは違う。見たからに人間なのだ。しかし、獣に寄り過ぎている。現に、唸り声を上げるばかりで、言語を発しようとしない。
     懐に仕舞っていた短刀を、アランはスーッと取り出した。息を整える必要はない。いつだってそう。斬るべきモノがそこに在るのなら、彼の瞳は冴え渡る。
    「お前が獣だろうが人間だろうが、俺には関係ない。万華鏡に映ったなら、殺すだけだ」
     獣が唸る。次の瞬間、咆哮を上げアランへと飛び掛かった。それに対し、彼は半歩後ろに下がる。直前まで居たところに、獣が着地した。【万華鏡】はそこに映る獣の未来、可能性、総てを捉えて離さない。だが、そこまでだ。その可能性から最適行動を導き出すのは、他でもない彼の脳。

    ——思考しろ。視野は最大のまま。俯瞰で導け。この獣がどう動くか、何が目的か。本来、この村の正式名称が【———村】であるなら。何故、俺を狙うのか。俺の存在を危険だと判断したか? いや、それだけでは説明がつかない。コイツに、自己判断の思考回路は最早ないだろう。現に、簡単に攻撃を捌けている。なら? 有り得るのは、指示役が別で存在しているってところか。面倒な……。坂朽たちは大丈夫だろうか。——待て。唸るだけの獣……この惨状に割に大したことのない強さ……。

    「そうか、そういうことか……! 成程、大して強くないわけだ。お前、足止め要員だな。してやられた……」
     アランの振るった短刀が、獣の片足の腱を切り裂いた。鮮血が飛び散る。獣の呻き声が響く。
    「悪いがお前の相手をしている暇はないらしい。けどまぁ、この場がお前を殺してくれるだろうよ」
     他の遺体も転がり、血の海になっているその床で藻掻く獣の、先程切った腱と対称の片手の腱を、彼は無造作に切り裂いた。獣は地べたに這い蹲り藻掻くことしかできない。先を急ぐアランは、村役場駆け足で後にした。
     獣の最期を見届けるものはいない。次第にその姿勢は低くなっていき、遂にはその顔が血だまりに沈んだ。思考回路まで獣と化していた人間は、その血を舐めた。舐めてしまった。それが命取りとなった。
     アランの推察通り、獣には指示役がいた。その指示で、この場の遺体から溢れた血に毒素を混ぜていた。他でもない、それは夾竹桃のものだった。夾竹桃はおおよそ、その全体に毒素を含んでいる。それも、致死性の高い『オレアンドリン』という有毒物質を。
     獣は足掻いた。己の行いで既に先は長くないというのに。理解できていないからかもしれない。いや、もしかすれば理解していたのかもしれない。どちらにせよ、獣は最後の最期まで足掻いた。指先一つ動かなくなり、事切れるその瞬間まで。

    ——一方その頃。
     坂朽は友人たちと一緒に、突如襲い掛かってきた獣から一心不乱で逃げ回っていた。
    「ちょちょちょ檀何これあびゃー!」
    「太斉舌噛むから叫ぶなって!」
    「ホンマ、どないなってんのー!」
    「どうもこうも、オレにも分かんねーってば! 鏡極くんにスマホ繋いでるから、向かってるはずー!」
     坂朽はよく巻き込まれているからまだ耐性があるが、友人たちの方はそうもいかない。何故、突然襲い掛かられたのか。追い回されているのか。何も分からないまま、ただ逃げ惑うというのは些か精神的に問題がある。
     特に標的として狙われている太斉と緒田は、もう肩で息をしていて疲労困憊であることは残りの二人にも分かっていた。流石に体力の限界で、走り続けることができなくなった四人の下に、影が迫りくる。
     獣の唸り声がじわじわと近づいているのが、木陰に隠れた彼らにも肌で分かった。誰かの生唾を飲む音。それを耳聡く聴き取ったのか、獣が隠れている木陰へと駆け出す。坂朽も、太斉と緒田も、檀も、万事休す、と目を固く瞑った。

    ——駆ける。駆ける、駆ける。木々の枝を跳ぶように駆ける。少しの判断ミスが命取り。そうだ、正にその通り。俺は少し取り違えた。獣が一匹だと勘違いした。そして、今の状況だ。坂朽のスマホから状況は分かる。そこからの音と、【万華鏡】が捉えた可能性。駆け抜けろ、まだ間に合う。_視えた。

     突如、獣の絶叫が響く。その大きさに耳がイカレそうになりながらも、坂朽たちは目を開く。何が起きたのか、それを確認するために。
     目を見開く。そこには、獣の懐で深々と短刀を突き刺すアランの姿があった。
    「うるさい。…っと、あぶねぇな。お前ら、離れてろ」
     刺さっていた短刀を捻ると、獣がより呻き声をあげ暴れた。アランはそれを見越していた様に軽く後ろへ跳んで避けた。獣は真っ向勝負では分がない判断したのか、木を使い三次元跳躍を始める。
    「…ッ、面倒なことを」
     獣の可能性は視えて対処できる。だが、アランがいくら避けても空気の摩擦でじわじわと傷が増えていく。
    「やっぱりこっちが本命だった、k……っ、ゲホッ、ぐ、ぅ…」
    「鏡極くん…!?」
    「……、っはぁ、ぁ…問題、ない…」
     問題ないことはない。【万華鏡】の長時間使用による反動ダメージだ。夢乃の仕掛けたセーフティでどうにかなるのは、短期決戦における全開使用の反動だ。長時間使用は本来想定されていない。
     当然、使用者のアランが一番それを理解している。だから、これは一つの賭けだ。
    「Grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」
     そう、追い詰められた獣が傷ついた狩人を狙う、その瞬間への賭け。腕を振り上げ襲い掛かる獣に、短刀を振り上げ一閃。
    「視えてるって言ったろ。あぁ、もう一匹の方だったな」
     下から袈裟掛けに切り上げられた獣は、その場に倒れ伏した。足掻くことも藻掻くこともできず、最早虫の息であった。
     離れていた坂朽たちが寄って来る。
    「こいつ、死んだのか…?」
    「今は生きてるだろうが、直に死ぬさ。夾竹桃の毒、使ったからな」
     そう言ってアランは彼らに短刀の刃を見せる。坂朽は何か言いたそうであったが、彼の友人たちは助かったことにとにかく安堵していた。一般人なら当然のことだが。
     短刀は納刀した後、ビニール袋に入れぐるぐるに巻いて厳重にテーピングした後やっと鞄になおされた。夾竹桃の毒素は中々落ちないことと、その致死性が有名だからである。
    「あー、疲れた……グラサン、グラサンっと」
     上着のポケットに入れていたグラサンを取り出しかけ直すアランだが、勿論まだ全てが片付いたわけではない事を理解している。
    「坂朽、朝顔に連絡しとけ。この手の案件は、警察には荷が重い。アイツに事後処理させた方がいい」
    「夢乃さんに? 分かったよ。俺たちはどうしたらいい」
     アランは少し考える。これから行くところに連れて行くのも少し問題が発生する。何せ、一般人が今回はいる。
    「この村を出て少ししたところに神社が在っただろう。あそこは大丈夫だ。朝顔が来るまでそこに居ろ」
    「分かった。鏡極くん、気をつけて」
     それに答えることなく、軽く手を振ってアランは踵を返し坂朽たちのもとから立ち去る。

     アランが向かった先は、獣たちに指示を出してたであろう人物が居ると思われる場所。予想通り、そいつはそこに居た。
    「よぉ、村長。いい黄昏時だな」
     声を掛ければ、勢いよく振り返った。その姿は老人のそれとは思えないものだった。間違いなく村長は老人の筈であった。少なくとも、アランの知る【———村】の村長はそうであったのだ。
    「随分と見違えたな、村長。俺の知る限り、アンタは老人だった筈だが……どういう仕組みだ?」
     老人、否、目の前の大人はほんの少し驚いたそぶりを見せたが、直ぐに不気味な笑みへと変わった。
    「そうかそうか、少年、お前さんは知っておるんだな。で、何をしに来た?」
    「何を、だって? 分かってんだろ」
     グラサン越しに、じろりと大人を睨みつける。
    「さてな。同じことを考えるとは限らんだろうよ」
    「なら、単刀直入に言おう。この村の因習は今日を限りに終わってもらう」
     因習、その言葉が出た瞬間、大人の態度は豹変する。目の前のアランを忌むべき存在であるかのように、睨みつけ喚き散らす。
    「因習だとっ!? 何を以ってそうほざく! 儂が何をした!」
    「それこそほざけよ。アンタがあの人間二人を獣の様にしたんだろう。それに…」
     狼狽する大人の周りを歩きながら、アランは続ける。目の前の愚か者に現実を突き付けるために。
    「あの村役場の惨状もアンタの指示だ。奴らに、遺体の血に夾竹桃の毒素を混ぜるなんて思考ができるはずないのは、アンタが一番分かっている筈だ」
    「黙れぇええ!!」
     叫びを上げた大人が豹変する。ぶく、ぶく、とその体が膨張し始めた。何故まだ大人が生きているのか解からない程度には、その姿は原形を留めていなかった。大人の倍以上まで膨れ上がったソレは、三メートルをゆうに超えている。もしやすれば、五メートルに到達しているかもしれなかった。
     ここまで人の形を捨ててしまったモノを救う術などありはしない。更なる害を振り撒く前に、その命を狩り取る他ない。
     しかし、アランは先の二戦で既に疲労困憊だった。元より、体力が少ないのだ。故に、割とピンチな状況であった。
     気味の悪い音を全体から鳴らしながら、大人だったモノが襲い掛かる。その巨体は先に戦った獣よりも余程速かった。回避は間に合わず、咄嗟に間に挟んだ左腕が鈍い音を鳴らし折れた。吹き飛んだ体は、壁に強く打ち付けられた。
    「——ッ、が…」
     プツン、とアランの意識は音を立てて落ちた。

    ———————————————

     傷つくことは怖くない。けれど、それは強いことの証明ではない。ただ、何もしないままで悔やみたくない。
     何もない。無音。虚ろ。透明な世界。それなのに、声がする。
    『大丈夫。あとは、——に任せて』
     それは何にも穢せない、何にも侵されない世界。無垢なる魂。鏡越しの_。

    ———————————————

     勝ち誇った様に奇声を上げていた大人だったモノ。その刹那、空気が凛、と澄んだことに気づいた。何故、突如そうなったのか。理解できないらしい。それもそうだろうが。知能を捨ててしまったモノが理解できよう筈もない。
     奴の眼前に、それは居る。悠然とそこに在った。
    「何故、何故、何故何故何故何故何故何故、そこに居る! キサマ、キサマは、吹き飛んだ! 吹き飛んであの壁に——」
     奴は壁の方を見た。そこにアランの姿はない。それどころか。空間が書き換わっていた。これは、理解を超えた現象。
    『私が殺す』
     鈴の音を転がすような声が響く。
    『私が生かす』
     静謐な空気が広がっていく。
    『私が侵し、私が癒す』
     そこは天上のようで、だがどこまでも無情なまでに透明で虚ろ。
    『罪有るものに罪禍を、罪無きものに祝福を』
     どこかの湖の様に足元に景色が映り、美しく煌めく。
    『罪禍は炎に焼べましょう』
     万華鏡が光を取り込み乱反射する。
    『祝福を空に還しましょう』
     まるで白雪の如き刃に風花が舞う。
    『私は境界、私が鏡界』
     天穹のような瞳が睥睨する。
    『——故に、鏡界式』
     その言葉と共に白刃が舞う。舞いでもしているかのように、巨塊の肉が切り裂かれる。瞠目する巨塊は目の前の現象を見て、幾ばくかの知能を取り戻したらしい。
    「まさか、まさかまさか! キサマは、まさか!」
    『私が何か』
     虚ろな瞳が問う。
    「有り得ん有り得ん! キサマが、キサマが鏡界式だとっ! その様な小僧の体に宿るはずが」
    『可笑しな事です。何故、私が人間の尺度で図られなくてはならぬと』
     透徹した瞳は思巡しない。ただ、事実を述べる。
    『この子は私の器。元よりその様に調整されていたのでしょう。この子は、死にかけた事により境界へ至り、鏡界に触れた。それ故、【万華鏡】の力が目醒めたのです』
    「有り得ん有り得ん有り得ん! 万能のチカラがそのような小僧に宿るなど断じて認められん!!」
     巨塊は激昂し、襲い掛かる。しかし、どこまでも澄んだ瞳がそれを見極め、すれ違いざまに白刃が肉を斬りつける。
     別段、呆れを見せているわけでもない。それは最初から、巨塊が認めないことを理解していたからか。ただ、粛々と刻んでいくのみだった。
     鏡界式の触れる場所、その総てが銀雪に塗り替わる。どれだけ巨塊の切り裂かれた血肉で穢れても、触れれば瞬きの間に塗り替わってしまう。それどころか。剥がれ落ちた血肉は、風花が触れれば浄化されていった。
    『最早、丸裸の罪禍一つ。このまま溶け堕ちるのもよいでしょう』
     巨塊であったそれは、すでにただの老人へと成り果てた。老人は狼狽える。それもそうだろう。一連の全てが理解を超えているのだから。
    「ば、馬鹿な! 儂の、儂の力が! な、なぜ…!」
    『一から教えた方が宜しいのでしょうか』
     問うその瞳は馬鹿にしているわけではない。だが、関心があるわけでもなかった。
    『その身体に取り込んでいた、総て。被害者の血肉と、怨念。憎悪。それら総てを切り離し、空に還したまでのことです』
     万華鏡が喚き散らす老人を見下ろす。
    『夢はこれでお終い。『姫噛身村』の――』
     白刃が脳天めがけて振り下ろされた。

    —————————————————

     その後、現地に来た夢乃によってその場で眠るように倒れていたアランは回収された。そして、村は夢乃によって秘密裏に事後処理され、ひっそりと闇に葬られた。愚か者たちが肝試しに使う可能性を考慮すれば、それでよかったのだろう。
     坂朽たちはというと、別日に旅行をし直したらしい。アランは病院で昏睡状態だった為、後から聞かされたことではあるが。
    「……ん、ここは……」
    「あぁ、起きたか。気分はどうかな?」
     目を覚ましたアランに声を掛けたのは、様子を見に来ていたらしい夢乃だった。
    「悪くない。何なら、とても……綺麗で、心地いい場所に居たような、そんな気分ですらあるんだ」
    「ほうほう。とはいえ、随分と無理したな。術が起動していたぞ」
    「厄介な相手だったからな…」
    「お前でもか」
     夢乃が相槌を打ちながら水の入ったコップを渡す。それを受け取り、アランは喉を潤した。

    ——ふと、鏡を見た。

     そこには、アランとどこまでも似通っているがどこまでも程遠い、彼と瓜二つの少年の姿が映っていた。






    【終】 
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