沈みゆく船がたび プロローグ 二二●●年、●月●日、●●国に本丸を構える●●●●●城(以下当本丸)が、時間遡行軍の襲撃に遭う。
当本丸は半壊。死者なし。破壊された男士は●振り。負傷した男士は●●振り。資材や小判の一時的援助、複数の任務の免除等、いくつかの援助を決定。詳しくは後述。
当本丸の調査に、政府所属●●●●●と●●●●●の派遣を決定。
当本丸では、●●●が●●●●になっている。備考だが、当本丸では●●●●●●●●●●●●●●●――
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「うはは。まったく、なんだこの長階段は。じじいが上るには厳しいぞ。」
長い癖のある金糸の髪を揺らしながら、銀と赤の装束に身を包んだ男は笑いながら言った。扇子を扇ぎながら階段を上る彼は汗一つかいていない。数段先を行く銀髪の青年は、そんな様子の男を横目で一瞥した後、何も言わずにまた前を向いて階段を上った。青年の内の青いストールがそよ風に僅かになびく。二人分の革靴が、石畳の地面に着いては離れる音がする。山の奥深く特有の湿った空気により、服は肌に鬱陶しく張り付いていた。木々が太陽光を遮ってはいるが、それだけではどうにもならないような蒸し暑さがしている。本丸へ続く石畳の階段を上り始めてずいぶん経ったが、まだ先は長い。生身の人間であれば本丸に辿り着くだけで一苦労だろう。涼しい顔で上りきるなど――それこそ、名刀の付喪神たる刀剣男士でもなければ、困難だ。
時の政府に所属する山姥切長義と一文字則宗は、政府の命を受け、とある本丸に直接赴いていた。
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数週間前、ある本丸が時間遡行軍の襲撃を受けた。主力となる刀の多くは遠征や出順に出ており、また時間が咄嗟に動ける男士の少ない深夜だったのもあり、本丸は半壊滅状態にまでなった。時間遡行軍の撃退さえできたものの、ほとんどの男士が負傷し、また多くの男士が破壊された。施設はめちゃくちゃになってまともに稼働させられるような状況ではなく、多くの物資が使えようもないくらい穢れてしまっていた。
それだけであれば、何もよくはないが、まだよかった。本丸を修理するか、あるいはまったく別の場所に建て直し、ありったけの物資と小判を援助してやり、審神者の精神が壊れてしまわぬよう適切な助けさえできれば、どれだけ時間がかかろうともその本丸は持ち直せる。審神者とは、そういうものだからだ。
そう、審神者さえ、いれば。
襲撃後、審神者が行方不明になったという報告には、それだけ時の政府を震撼させる重みがあった。審神者がいなければ、本丸は本丸でなく、男士は男士でない。星の数を優に越えるほど数多、本丸があり審神者と男士と関係性があろうと、そこだけはすべて等しく例外がないのだ。
生き残った男士たちが、審神者の霊力を感じるからどこかで生きてはいると言っているのが、唯一の救いだった。
長義と則宗は、此度この本丸の調査を任された。どれくらいの援助がどれほどの期間必要であるかの判断、時間遡行軍の侵入経路の確認、男士たちの精神状態の見極めと援助、そして審神者の行方の調査。任務遂行のために、二人は多くの権限を与えられていた。
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「浮かない顔だなぁ。疲れたが出たか?」
「まさか。」
からかうような声音で話しかける則宗に、長義は今度は一瞥もせずに無骨に返した。
「……まあ、お前さんの気持ちもわかるが。」
「……なんのことかな。」