芸術家たちの行く手を阻むのは不理解な俗物ではない。
この、歴史的な酷暑である。
貴重なオフの日を過ごす宗とみかは現在、照り返しで茹だった舗道をのろのろと並んで歩いていた。以前から目をつけていた美術展の初日とあって、帰国していた宗が暇そうなみかを誘い今に至る。
抜かりない宗の被る帽子は、ドレープが優雅なキャペリンハット。そしてふたりとも各々自前のサングラスを装着しては、強烈な日差しと通行人の視線から身を守っている。
しかしみかの方はというと、サングラス以外の日除け対策を今日もしてこなかった。与えた日傘を一向に活用しない体たらくに呆れつつも、宗は己のそれの半分にみかを招き入れてやるほかはない。こんな灼熱地獄に身を晒せば日焼けどころか、熱中症による救急搬送の危険すらあるからだ。
「せめて君も持ちたまえ」と宗が命じた結果、みかはやや腕を浮かせながらふたりを覆う日傘を支え続けた。否が応でも触れ合う互いの肩は、衣服越しでもじんわりと湿り気を帯びている。暑さの苦手な宗はさぞかし機嫌を損ねているだろうと、この時期の彼を熟知する者としてみかは察していたのだった。
道のりはまだ、長い。くらりと立ち昇る陽炎で、景色が揺らめいてさえ見えた。
「なぁお師さ~ん、ちょっと休んでいかへん?」
高すぎる気温にあてられ口数を減らしていたみかが、そこで、とへなへな指を差す。
示された先はカフェだった。広々とした窓から中を覗いたところ、今なら空席もあるようだ。
「……君の意見にしては、名案だね」
賛成なのだよ、との同意を得たみかは足早にそのカフェを目指した。辿り着いた屋根の下にて日傘をさっと畳み、布地が貼り付いた宗の背中を前方へぐいと押しては、店内に足を踏み入れる。
瞬間──期待通りの涼風が、火照ったふたりの肌を撫ぜた。
「天国はここにあったんや……」
「戦乙女が情けないが、生き返るね……」
店員からの温かな歓迎の挨拶とは裏腹に、この店の空調は実にクールに宗たちを出迎えたのだった。セルフサービス式のチェーン店だが幸い混んではおらず、今の客の応対が終われば自分たちの番が来る。並ぶ間に頼むものを決めておこうと、みかは率先して宗の希望を尋ねた。
ひとまずお役御免となった日傘を回収した宗は、メニューの一覧が記載されたパネルに目をやる。もはや冷たければなんでもいい一心で、半ばなげやりに候補を絞り込むことにした。
「では僕はこの、ミルクティーフラッペで」
「やっぱフローズン系やんなぁ。トッピングはええのん?」
「よくわからないし不要なのだよ。さて、君はどれにするのかね」
まもなく、レジが空きそうだ。「僕が買ってくるから」とスマートに名乗り出た宗であったが、みか兄ィモードに入った連れにたちまち制止させられてしまう。
「ええからお師さんは座っとき! ほら、はよ席取らんとなくなってまうっ」
ほな頼んだで、と捨て台詞のように放ったみかは店員に呼ばれるがまま、ひとりでさっさと注文を始めてしまった。外ではすっかり干からびてしまっていたというのに、場所を移したら急に頼もしい。
ふと、賑やかな気配を背後に察し振り返った宗は、自分たちの入店以降続々と客が増えていたことに気がつく。あらかじめ席を確保しようとしているグループも見受けられ、なるほど急がねばならないと自覚した。
世を忍ぶアイドルにとって、ひらけた窓際では丸見えだ。宗は少々奥まった一角に狙いを定めた。こうした場面でもスタイルの良さは活きる。広い歩幅を駆使して無事に穴場を押さえ、ほっと息を吐く。
壁寄りの椅子へと腰掛けた宗はまず帽子を外した。次いで、額に滴る忌々しい雫をレースのハンカチで拭う。出発前に仕込んだ日焼け止めはウォータープルーフだったが、この調子では早くも塗り直しを強いられそうだ。
通路を行き交う人目が煩わしいため、屋内でもサングラスはかけたままでいることにした。汗の引かない宗が喉の渇きを顕著に感じてきたところで、ふたつのドリンクをトレーに乗せたみかが戻ってくる。