あたら夜につき閉じかけている目を擦ってなんとか頑張っているが、随分と心許ない足取りだ。ほとんど寝ている。身体を動かした後にあれだけ笑ったのだから無理もない。
途中から喜八郎をくすぐって遊んでいた仙蔵にも原因があるので、一年生の長屋までおぶってやろうと申し出るがきっぱり断られた。その代わり抱え込んでいた踏鋤を取って手を引いてやると、指を絡めるようにして手のひらを掴まれる。
それでも頭が揺れてしまうので限界だと自覚したのか、二度目の申し出は聞き入れてくれた。後から思うと寝惚けていたのかもしれない。
すっかり眠りこけた子どもは思ったより重くて、あたたかい。
規則正しい寝息に思わず笑みが溢れた。
*
「喜八郎」
雑音が多い中でその声だけが耳にはっきりと届く。
立花仙蔵先輩は懐から手ぬぐいを取り出すと、顔についた泥を拭ってくれる。またあとで汚れるからとか、自分でできますと断ったところで、あごを掴まれて実行されるだけなので大人しくすることにした。そうしたら、いつしか手まで丁寧に拭いてくれるようになった。
先輩にムダなことをさせてしまっているので本当にイヤなのだけど、やっぱり聞いてはくれなかった。先輩は物腰こそやわらかいけど案外かたくな人だ。
あの日の夜から仙蔵は二つ下の後輩が可愛くて仕方なかった。
感情を表に出す質ではないが無愛想というわけではないし、自分を慕ってくれているのだと思うと可愛くないわけがない。
丸い頭に手を置いて撫でると、喜八郎は目を細めて受ける。それから少し困ったように眉を寄せるが、仙蔵が笑ってみせれば何も言えないことが分かっているので、気付かないフリをした。声を出すのも忘れて、仙蔵の顔をまじまじと見るのがおもしろくて余計にかまいたくなる。
在らぬ方向に投げられている視線が自分に向けられるのも、名前を呼ぶと近寄ってくるのも、なんとなく、気分がよかった。
*
「お前はこいつの落とし穴に落ちていないから、甘やかしていられるのだ!」
喜八郎に怒っていた用具委員会の先輩が、今度は立花仙蔵先輩にも食いかかるけど、先輩はどこ吹く風と笑っている。
先輩は肯定も否定も特にしない。落ちたことあるの、言ってないのかな。
眉ひとつ動かさない様子に、学年が二つ上の方だけど、かわいい人だと思った。
二人で落とし穴に落ちたときぐらいから、立花仙蔵先輩は優しかった。
喜八郎に怒る用具委員会の先輩をなだめてくれるから優しい人だと前から思っていたけど、他の三年生と同じであいさつをするぐらいだった。こないだまで先輩は、ぼくの名前も知らなかったんじゃないのかな。
そんな立花仙蔵先輩は意外と気さく人で、触ってくる人だと知らなかったから、はじめは本当におどろいた。まだ慣れそうにない。
いつだったか、手招きをされたときも「あっちに行け」だと思って、はなれようとしたら三木ヱ門に首根っこを掴まれた。それを見てた先輩は、しばらくの間「おいで」と付け足して呼んでいたけど、そっちはすぐに言わなくなった。
今日はこんなことをしただとか、喜八郎のほうも次第に話をしてくれるようになった。視線をふらふらとさせていて少し落ち着きがないように見えるが、指摘できないままでいる。
喜八郎の話は主に、落とし穴を掘ったとか仕掛け罠の練習をしたという報告だった。仙蔵が落とし穴に落ちたかどうかを訊ねてくるときは、大きな目が嬉しそうに細められる。喜怒哀楽が分かりにくい子だけれど、そのときの期待に満ちたまなざしは眩しい。凄い人に落ちてほしいと、その子が日頃から繰り返しているので、飾り気のない言葉に悪い気はしなかった。
特別弾むわけではないけど、沈黙が続くわけでもない喜八郎との会話が楽しみのひとつになっていた。
喜八郎と話すようになってからの一番の気付きは、軽い打ち身や擦り傷といった細かな傷が身体に多いことだった。一年生といえど怪我は切っても切り離せないものだが、罠をつくる際にできたらしいそれがやけに目についた。
特に、手のひらの潰れた肉刺の傷口が露出しているままなのはいただけない。本人にもそう告げると、言われて気が付いたと考え込んでみせたが、それから手当てをするだとか何をするということはなかった。
*
あの日の夜だって、立花仙蔵先輩には色々と迷惑をかけてしまったのに…それでも喜八郎にかまうというのは、先輩は世話好きなのかもしれない。部屋までおぶってくださったって後から滝夜叉丸に教えてもらった。
落とし穴に落ちても怒らないし、落ちてから気にかけてくれる先輩なんて、これから先もずっとこの人だけだと思う。
かまってくれて、すごぉく嬉しい。気まぐれだとしても、本当に。
嬉しいのだけど…でも喜八郎としてはあの日の夜、先輩とお話する最初で最後の機会だと思ったのだ。
手を差し伸べてくれたから。やわらかな顔を向けてくれたから。だから話しかけていい気がして、好奇心とか、期待とか、多分そういうもので舞い上がってしまっていた。
なので、今は少し後悔してる。喜八郎が上手に言葉にできなかったなにかを、きっと立花仙蔵先輩は正しく理解してくれたみたいだから余計に。今思えば恥ずかしいことを言ったような気がする。先輩、気を悪くしていないといいな。
ふらっと現れたと思ったら、挨拶以外に何をするわけでもなく過ごす日もある。
喜八郎がただ隣にくるだけのときは、仙蔵の虫の居所が悪いことが多い。彼もそれに気が付いているようだが、いつも通り目を瞬かせて首を傾げるだけだった。仙蔵の顔をじっと見ることに意味はなさそうだが、興味はあるらしい。
ひとりで気落ちしていたり不安定になったりしていると、小さな後輩は少し離れたところで寄り添ってくる。
せっかく来てくれたのだからと思い直して声をかけると、小さく笑う気配をさせて仙蔵を呼んだ。ような気がした。けれど「罠の目印を集めていました」と、ぼろぼろの懐紙にいっぱいのせた石や小枝を見せると、頭をさげて立ち去ってしまうのだった。
さっさと歩く後ろ姿に何かを言いそうになるが、それは言葉にならない。呼び止めればいいのだろうけど、結局ため息になって溢れ落ちた。
*
うすい雲が浮いている晴れの放課後。風もあんまりなくて過ごしやすい。
仕掛け罠の練習をしようかなぁと考えていると、ふいに視界が暗くなる。
「こらっ喜八郎。今日は委員会活動の日だろう」
「久々知先輩。貼紙なら読みあげてきましたよ」
「火薬免許試験が近いから活動日が増えるって伝えたはずだ」
やれやれと苦笑いをする久々知先輩が隣にくると指四本を掴まれる。抵抗する理由もないので、手を引かれるまま歩く。
毎日のようにお豆腐をつくっているらしいから、久々知先輩の手はいつもひんやりしているような気がする。暑いときはちょうどいいけど、今はまだ寒いので触るとき少しびっくりする。
久々知先輩は水の上のアメンボみたいにすいすいと歩く人だけど、そのまま落とし穴に落っこちそうなときもある。なので二人で委員会に行くときは、どっちかから手をつなぐようになった。喜八郎の本音としては落ちていただいても構わないのだけど。
「久々知先輩、そこに目印があります!」
「また新しく落とし穴をつくったのか…」
「ここから先は穴を囲っておいたので落ちないですよ」
「ひ、引っ張るなぁ!」
火薬免許試験といえば、今度四年生になる立花仙蔵先輩も受けるみたい。
普段からあんなに勉強をされているのだから大丈夫だと思う。先輩なら余裕だろうと久々知先輩も言っていた。
先輩のことは入学してから間もないぐらいから焔硝蔵でお見かけしていた。
火薬に関係する本はうちの委員会顧問の先生が貸し出すことになっていて、その日の内に先生か委員会の誰かに返す決まりになっている。だからか、よく焔硝蔵の近くで読みふけっている立花仙蔵先輩の姿をとても見る。
ひんぱんにおられるので最初は同じ委員会の先輩だと思っていて、三年生がいないことは後から知った。その人が委員会で時々名前が出てくる火薬の扱いや知識にせーつーされている「立花仙蔵」先輩ということも。
立花仙蔵先輩の第一印象は髪がキレイな人。
一番最初にそう思ったのは同室になった滝夜叉丸。喜八郎の髪は母ゆずりなので黒髪のサラサラストレートは新鮮で、忍術学園に入学して印象に残ったことのひとつだった。そんな同室よりもキレイな髪の人がいると知ったときはなんだか衝撃的で、人を覚えるのが苦手な喜八郎の頭にも焼きついた。
初めて見たのは、少し涼しかったから秋だったと思う。
落とし穴をつくっていると、喜八郎から見ても分かるぐらい疲れ切った様子の立花仙蔵先輩が通りかかった。表情が抜け落ちたように、ぼうっと立ち尽くしていたけど、すぐにしっかりした顔に切り替えると、来た道を戻っていった。ただ、それだけ。それだけのことだけど、今でも忘れないでいる。
優秀とウワサの先輩は時々隠れるように、おひとりでぼんやり過ごす。どんなに疲れた顔をしていても、それでも、するりと真っ直ぐ伸びた背中や髪に視線を向けてしまうのを止められなかった。
「立花先輩、こんにちは」
「こんにちはぁ」
仙蔵は一瞬、本当に一瞬だけ、思わず眉を寄せてしまった。しかし、それを後輩たちに気取られるほど間抜けではない。
「兵助に喜八郎とは、珍しい組み合わせだな」
「僕たちこれから委員会活動なんです」
「………ということは、火薬委員会か?」
「? はい、そうですよ」
名前を呼ばれたことでこちらを見る喜八郎の視線と絡むが、話を聞いているのかいないのか分からない相槌を打っている。
喜八郎の委員会は初耳だ。しかも、よりにもやって火薬。焔硝蔵には足を運ぶほうだが、この一年生をそこで見たことがない。
簡単に得られたはずの情報を取り逃していたことに、気分がなんだか降下した。
「お前たち、随分と仲が良いな」
「久々知先輩は上級生にぼくを押し付けられているのです」
「本人が言うのか、それ…」
兵助ががくりと肩を落とすが、すぐに心得たというように微笑む。その兵助の手のひらを喜八郎の指がしっかりと握っていて、ぐるぐると軽く振り回す。
同じ委員会である兵助のほうが気心が知れているのも、二人の間に親しみや信頼といったものがあるのも当然だ。当然だというのに、可愛らしいやり取りに、胸のあたりで何かが引っかかった。それが何なのか、思い当たるものがない。
そんなことを考えている間に、兵助のほうも何かを考えていたようだ。不意に「あ」と声をあげた。
「喜八郎よかったなぁ。先輩とお話できて」
「……はっ? な、なんですか急にっ」
「お邪魔になるからといつも隠れてたろ?」
「ちがいますっしていませんっ!」
「立花先輩、喜八郎ちょっと人見知りで」
目をまん丸にした喜八郎は声にならない悲鳴をあげて飛び退こうとするが、兵助に手首を掴まれているので逃げることができずにいる。
「先輩、今日も焔硝蔵に来られますよね?」
「一応そのつもりだが…」
「僕は先に行くので、喜八郎つれてきてやってください」
急がなくて大丈夫なので!と、矢継ぎ早に話す兵助を喜八郎は困り切った様子で見上げる。兵助はそんな後輩の背中に手を回して仙蔵のほうへと軽く押しやると、縋る目をした喜八郎を置いて笑顔で立ち去っていった。
「…喜八郎、本当に急がなくて大丈夫か?」
「火薬免許試験申請書の提出箱を見ているのが今日の活動みたいです」
「なるほどな。まぁ、向かうか」
なんとなく、後輩の手を取ろうとしてみる。
視線をさ迷わせていた喜八郎は、おそるおそるといった様子で手を伸ばした。仙蔵の指の間に指先を挟み込むと、指を三本つかまえられる。絡めるというより引っかけたというほうが正しい。少し動かせば簡単に外れてしまうだろう。喜八郎は仙蔵に引かれるまま辿々しく着いてきた。
「あの、さっきの……べつに先輩をさけてたとかじゃないです。本当ですよ」
のんびり話す喜八郎にしてはめずらしく、はきはきとした声をあげる。
元々大きい目をさらに大きくして、こちらをじっと伺っている。返事を待っているのだとようやく気が付いて、手をつないでいないほうの手でかき混ぜてから、額にかかる前髪を払ってやった。
「つれないではないか。見かけていたのに声をかけてくれないとは」
「えっ…!」
「お前と仲良くなれたと思ったのは私だけだったのだな…」
腹いせというわけではないけど、ふと奇妙な悪戯心がわいた。
眉を大袈裟に八の字にしてみせて喜八郎に向き直る。何度もぱちぱちと目を瞬かせていたが、仙蔵の言葉の意味に気付いたのか、焦りを帯びてくのが分かる。
「考えてみたら、ぼく、一年生以外は久々知先輩ぐらいしかお話しないので……仲良くとかは、あんまり分かってないです」
そう呟くと、すみませんと謝られた。
年下相手に意地が悪かったなと撤回しようとしたら、喜八郎の指が離れる。それからすぐに仙蔵の手首を握り込んだ。しっかりとしているが力任せではなく、思いがけないほど優しい。
「先輩、怒っていらっしゃいますか?」
「いいや。喜八郎の中の私は怒りっぽいな」
「久々知先輩以外の委員会の先輩方はよく怒っていますので」
「それはお前が怒らせているんじゃないのか」
「えー?」
たしかに、怒られそうなことは散々やっている気はするけど、目印がある罠にはまるのは自分たちの落ち度ではないのかと納得できない。現に立花仙蔵先輩はお疲れのときでも罠にはまっていなかった。
それに関していえば先輩はそういう方ではない、はず。喜八郎の落とし穴や仕掛け罠の話をいつも聞いてくれるし、助言もしてくれる。喜八郎のことをそのまま受け入れてくれている、感じがする。
…でも、自分がそう思いたいだけなのかも。
「焔硝蔵周辺の落とし穴もお前の仕業か。急に増えたとは思っていたんだ」
先輩はくくっと笑った。
顔を上げると、細長くなった目と視線が合う。口の端をゆるく持ち上げたその表情は意味ありげで、なんだかいじわるな気がする。
「増え始めたのは夏頃だったか。侵入者対策だと思っていたぞ」
「最初の場所は七松先輩の塹壕とかち合っちゃったので」
「落とし穴以外もつくっていたな」
「委員会顧問の土井先生の許可はちゃんと取ったんです」
「ここしばらく増えていないが、それはいつからだったかな」
うんうんと先輩は相づちを打つ。
前髪が先輩の指に巻きつけられて、くるくるとされるのが視界の端で見えた。
「喜八郎」
今までと変わらない調子で名前を呼ばれる。
けれど、いつもより少し低い、初めて聞く声に肩が跳ねる。返事もぎこちないものになってしまった。
「焔硝蔵の周りで始めたのは偶然ですけど…」
だれになんと思われようと気にもならなかったのに、先輩にきらわれるのはイヤだなと、今さら思った。今さらだし言うべきではないと思うのに、暗に、言えという空気が流れている。
「立花仙蔵先輩が落ちてくれないかなって思っていたら落とし穴が増えたんです」
さすがに呆れられただろうかと、ちらりと見上げると、先輩は片眉を少し持ち上げる。目を細めると、納得したみたいにうなずいて、喜八郎を真っ直ぐ見おろした。
「私に向けて仕掛けていたと?」
「落ちていないのは先輩だけだったので、つい」
「時折、私がひとりのときに来るのは落ちたかの確認か」
「あれはぼくが先輩を見たかっただけです」
しばし沈黙が落ちる。再び前髪に指を通してみても喜八郎は抵抗しない。おそらくそこまで思考が及んでいない。
笑う仙蔵に喜八郎は呆けた表情を浮かべる。そして少し困ったようにこちらを見上げるその目に、自分の顔が映り込んでいることに気持ちが浮上する。
「喜八郎、焔硝蔵の周りにはもう罠は増やさないのか?」
「ひと区切りしたので、もういいかなと思いまして…上級生もうるさいので」
「そうか。行く先々に罠が仕掛けてあるのは面白かったんだがな」
「おやまあ。それは罠をつくれと…」
掴まれていた手首を離される。
回り込まれて進行方向を塞がれると、鷲掴みをするように抱きつかれた。
「本当は、立花仙蔵先輩にもっとぼくの落とし穴に落ちてほしいですっ」
喜八郎がパッと顔を上げる。
これ以上に幸せそうな表情はないだろうと思わせるほど、嬉しそうに顔を綻ばせて、息を弾ませる。そんな満面の笑みできたのかと、ひゅっと胸をつかまれたようだった。
「次から怒られたときは立花仙蔵先輩がやれと仰ったと言います」
「あぁ、言え言え。後輩の成長を促してやるのも先輩の役目だからな」
「罠を仕掛けていいなんて言ってくれた先輩は先輩が初めてですっ」
上機嫌を隠し切れずころころと笑う喜八郎につられて、仙蔵の気分も悪くない。
背中に腕を回されて、もう一度ぎゅっと抱きつかれた。癖のある髪が揺れるのに合わせて布越しに幼い体温が伝わってくる。
いつのまにか懐かれていて、触れる度に野良猫を愛でるような感覚だった。
あの日の夜の、この子の言葉に満足していた。さっきまでは。自分で思っている以上にあの言葉がひどく、自身の内側に響いているみたいだ。
なんて子どもじみた感情なのだろうと、呆れると同時に腑に落ちた。自覚してしまえば呆気ないものだ。
喜八郎の特別が仙蔵だけではないことが、自分は嫌なのだ。
でも、この子の一番がずっと私なのだと分かったから。
今はただ、それだけで充分だ。
「ところで喜八郎。どうして私の名前は全部呼ぶんだ」
「あー、たしかに長いですね。おイヤでしたか?」
「そうではないが、兵助は普通に呼んでいるだろう」
「……………へいすけ、は久々知先輩ですか?」
「同じ委員会の先輩ぐらいは覚えておけよ」
「はい、立花先輩以外もちゃんと覚えます」
「………」
「わあ?」
突然のことに頭の中が空っぽになる。
束ねた髪の中に手を入れられて、そのまま頭の後ろをわしわしと撫でられた。
緊張するのに気持ちよくて、なんだか眠たくなった気もする。立花先輩の近くは色々とあいまいになる。
先輩は楽しそうに目を細めるだけで何も言わない。どうしてそんな顔をしているのか、にっこりしたまま口を閉じているので教えてはくれなさそう。聞いたら教えてくれるのかもしれないけど、それは喜八郎が知っていいものか分からない。
久々知先輩よりずっと冷たい手が顔に触れて、指の腹でほっぺをなぞられる。
白いから見えにくいだけで、先輩の手だって小さなケガやキズあとは少なくはないし、つぶれていないけどマメだってある。この学園の生徒で手に怪我がない人なんていないと思うけど、立花先輩のヤケドあとが見えかくれする手はお月さまみたい。
心臓がぴょんと跳ねる。
ときどき跳ねるのは何なのか、分からないでいる。