とある日の朝のことだった。朝ご飯の支度を終え、寝室でまだ眠っているらしいコウスケに声をかけた。
「コウスケ、飯出来たよ」
普段なら声をかければ小さく返事をして、ぼんやりとした顔でリビングに現れるのだが、
今日は何故か現れない。どうしたのだろうと寝室へ行くと、布団を頭から被って蹲っているようだった。
「コウスケ、大丈夫?体調悪い?」
声が近くから聞こえたことに驚いたのか、彼は少々布団の中で身動ぎした。そしてか細い声で「……はい」と返事をした。
「ご飯食べれない?」
「…いえ、食べられると思います」
「起きるのは厳しいかな?」
「……少し。もうちょっと落ち着いてから行くので、先食べててください」
「分かった……無理やり食べる必要はないからね、俺は今日臨時で休みもらってて家にいるから、その時に食べるのでもいいし。あと…………今日、大学へは行くの?」
「…………休みます」
「連絡は?」
「講義もゼミも基本、連絡必須じゃないから大丈夫です」
「……分かった。今日俺は休みだからなんかあったらすぐ声かけな」
「……ありがとうございます」
その返事を聞いて、自分は飯を食べるためにリビングへ戻った。
____________________________________
リビングへと戻っていく足音を聞きながら、僕は罪悪感でいっぱいになった。
この歳にもなって仮病とはいかがなものかと自分でも思うけれど、本当に今日はどこへも行きたくなかった。
ヨシノさんはこの時期は忙しいらしく、帰りが遅い。
休みを僕の予定に合わせようとしてくれるのだが、どうしても合わせられない時だってある。
ここのところずっと予定が合っていなかった。
今日だってヨシノさんは休みだが、僕の方はよりによって今日は講義が一限目からある。
要するに自宅にいる時間が少ない。
色々考えるうちに、刻々と時間が迫ってしまい、気がつけば一限目にもう間に合わない時間になってしまった。
こうしていれば、一日ずっとヨシノさんといられるし、僕のことを心配してくれるから────。
そしてとうとう休むことにしてしまった。
「熱はありそう?」
ヨシノさんは僕の近くに来て聞いた。
「あ、えっと」
「顔見せて」
ベッドに潜り込んでいる僕にそう言った。
しぶしぶ布団から顔を出すと、ヨシノさんは僕の顔をじっとみて思案顔になった。
「顔色はそこまで悪くないみたいだね。どう体調悪い?」
「…あーえっと……頭が痛いのと……倦怠感が……」
「なるほど?──────疲労かな」
ここ最近コウスケも忙しそうだったもんね、と頷いているヨシノさんの姿にまた少し罪悪感を覚える。
自分だって忙しいのに、彼は文句も言わずしっかり仕事をしている。
「何か欲しいものとかある?コンビニで買ってくるけど」
「大丈夫です……貴重なお休みなのに気を使わせてしまってごめんなさい」
「気にしないで。俺が世話焼くの好きだって知ってるでしょ」
ぎゅっとこちらの手を握って言った。
僕も握り返した。彼は手を離そうとしたが、僕は離す気にならなかった。出来ればずっとこうしていたかった。
彼は一瞬不思議そうな顔をして、また元の笑顔を浮かべた顔に戻った。
「……こうしてたい?」
「………」
「いいよ、コウスケの気が済むまでここにいる」
そう言って手を握ったままベッドの隣にしゃがんだ。
その姿を見ているうちに、黙っていることが辛くなったので、早いところ謝っておこうと思った。
「ヨシノさん」
「どうしたの」
「ごめんなさい、僕、その、嘘つきました」
「嘘?」
「体調悪い、って、嘘です、ただ行きたくなかっただけ」
ヨシノさんの返事はなかった。
「ごめんなさい…本当に」
するとヨシノさんは僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「君は真面目すぎるよ」
「……そうですかね」
「そうだよ、今日まで一回も休んだことないでしょ?ちょこっとくらい休んだって誰も文句言わないよ。ただ、休んだコマ分は自力で取り返さなきゃいけないけど」
「それは…なんとかします」
「じゃ、いいんじゃない?今日はチートデイ、ってことで」
彼はクスッと笑って言った。
「ところでさ、答えたくないならそれでいいんだけど、どうして仮病使ったの?仮にサボりだったとしても俺は何も言わないよ、大学生になったらその辺は自己管理だし」
「…………………」
当然言えるわけも無かったが、彼に隠し事が出来る訳もなかった。
「……心配してほしかったの?」
「…………っ!?」
「図星かな。…………ふふ、シズもそうだったんだ」
シズとは、彼の弟のことだった。
「分かるよ。俺も昔お袋に看病された時は嬉しかったな………」
そう言うとこちらを見据えて、
「いいよ、いつでも頼って。俺もコウスケのされたいことをしてあげたいから。嘘ついてたって別に怒らないし。──────あぁ、でもあんまり傷つくような嘘はやめてね、なんて」
ヨシノさんは微笑んでそう言うのだった。
「わかりました………ごめんなさい、ありがとうございます」
「いいよ、そういうの。気にせず頼ってくれていいよ」
「ありがとうございます…………ところで」
どうしたの、と微笑んでいる彼にひとつ思ったことを言った。
「ヨシノさんも看病されて、心配されて、嬉しいと思うんだね」
「え、あ、まぁそうだね」
「同じなんだなと思ったら少し嬉しくて」
「そっか、まぁ、うん」
そう言って彼は顔を少々赤くして目線を外した。
掘り下げてほしくは無かったみたいだ。共感はしてるけど、自分が弱いってことを晒したくもないジレンマを抱えているらしい。難儀な人だなぁ…
「まぁ、今日はゆっくりしよう。明日から頑張るためにね。俺にできることがあったらなんでも教えて」
「そうですね…………ありがとうございます…ヨシノさんが体調崩したら僕が看病しますから。あっ仮病でもいいです」
「はは、お気持ちだけ受け取っておくよ。社会人になるとなかなか、ね」
「……つまんないなぁ」