深夜の腹へり◇莎荼椙+莎海 僅かな空腹感。ぬらはそれが気になって寝付けづにいた。くぅ、と腹の虫が鳴くものだからいよいよ布団を捲り起きようと決める。立ち上がり蛍光灯の紐を引っ張って明かりをつけてから壁にかかった時計を確かめると、深夜一時すぎを指していた。
そういえば今日は晩御飯を向烏之に阻害されてしっかり食べられていなかったんだなと思い出す。…腹が立ってきた。いや、眠れないのはしんどいな…何か食べに行ってお腹がいっぱいになれば眠くなれるだろう。
きっちり部屋の明かりを消してから、どうせ誰とも遭遇する事はないと踏みグラサンをかけずに食堂へと向かった。
薄暗い静かな廊下を歩いて食堂につく。常に明かりがついているその場所に足を踏み入れると誰も居ない静けさで、何時もなら賑やかな空間を自分が独り占めしているような気分になった。…と思ったのも束の間。パタパタと駆け足の音とバン!と共に扉が開き、びっくりしてそちらの方向へと振り向いた。
「…!莎海じゃないか、全く…驚かせないでくれ」
「お、ぬらの兄貴だ!珍しいな!」
涼葉は先客に嬉しいといった表情で、ぬらの近くへとかけよる。そして物珍しそうに顔を覗きこんだ。
「あれ?グラサンないね!顔がでちゃってていいの?」
「ふっ、誰にも会わないと思っていたからな」
ぬらはこんな時間に誰かと会うなんて、予想外だった。グラサンは無いがまぁ構わないだろう。
「そんな事より、君はお腹が空いて寝られなくなってしまった口か?」
「押忍!ちょっとトレーニングしてたらお腹空いちゃったんだ!」
そこで、ぐーと涼葉のお腹がなる。その音にたははと照れ笑いをぬらに向けた。
「僕も眠れなくなってしまってな?軽く何か作ろうか」
簡単に作れる食べ物を頭に浮かべようとしたが、それは涼葉の声によってかき消された。
「手間がかかっちゃうだろ?僕にいい考えがあるよ!」
「いい考え?」
「うん!ちょっと待っててね!」
「ああ、解った」
走って何処かへ向かった涼葉の背中を見て、ぬらは夜中なのに元気だな…と思うのであった。
◇
「おまたせー!」
ぴょこぴょこと揺れながら走ってきた涼葉が持っているお盆の上には、チーズ味の芋のスティック菓子のじゃがいこ、さくタイプのチーズ、生ハムのパックが二つずつ、それに塩コショウ、二人分のフォークにお皿が乗せられていた。
ぬらにはその品物を見て、何をするのかはさっぱり予想がつかない。
「お菓子を食べるのか?」
「ぬらの兄貴、手軽で美味しいじゃがアリゴを作ろう!」
「じゃ、じゃがありご…?」
アリゴは解った。だがお菓子から簡単に作れるビジョンは浮かばず、小首を傾げてしまう。
涼葉はじゃがいこを手に取って、ぬらにずずいと見せた。
「知らないの!?ふふーん、今日が初めてなんだな!美味しいよっ!」
「そうか、よく解らないので頼んだぞ!とりあえず、手でも洗いにいこうか」
◇
手が綺麗になって準備も万端。
涼葉は途中食堂の電子ケトルのポットに水を汲んでセットをしてスイッチを押してお湯のセッティングをする。じゃがいことチーズをぬらに手渡す。目前にはお皿もセット済みだ。
二人は並んで座り、じゃがアリゴ作りを始める事になった。
「まず、蓋を半分あけてこの中にさいたチーズをいれるんだ!」
「さけるチーズは実は食べた事が無かったからこのまま食べてみたい所だが…仕方ないな」
慣れた手つきで進める涼葉に対してぬらはそれを見ながら同じ事をする、といった具合だ。かなり細かく裂きたくなってしまう質が出たが、涼葉に大まかでいいぞと促されなんとかカップにさいたチーズを収める。
「そんじゃ、ここにお湯をいれます!」
「ふむ」
とぽとぽと独特のいい音を鳴らしながら、二つのカップにお湯が注ぎ込まれる。あたりにほわっと湯気が広がった。
「よぉし、ここから二~三分待つよ!」
涼葉もぬらも同じタイミングで時計の方を見やる。今は丁度六の所に分針がきていた。そして前へ向き直すとシン、と静けさがもどる。
「なんだかカップ麺みたいだな?」
「硬いじゃがいこがお湯で柔らかく戻ってチーズも溶けていい感じになるんだ!」
「なるほど、さぁ待とうか…」
涼葉はそわそわと左右に揺れながら「まだかなーまだかなー」と足をトントンとリズミカルに動かしている。
一方のぬらは腕を組み、じっとじゃがいこのパッケージを見つめる。おかしなもので、こうして座っていたら急に眠気はくるものだ。切れ長の目が少しトロンとしてきた。かくり。目を閉じると首が傾き体制を崩しかけ、驚いた様子を涼葉に笑われるのだった。
あっという間に三分。
「さ、次は潰して混ぜ混ぜだよ!!」
「まぜまぜ」
涼葉は待ってましたと言わんばかりに蓋を全て開けてから、着ていたパーカーの袖を少し伸ばしてカップをささえるとフォークでくるくると掻き混ぜ始めた。
ぬらも着物の袖を使って熱さを回避しながら、真似をして混ぜ混ぜをする。
最初は水、じゃがいこ、チーズが見えていたが柔らくなった芋のスティックを潰して混ぜるとだんだんと1つのマッシュポテトのようになってきていた。
「ほら!みてみて!」
涼葉がチーズにより粘り気が増したじゃがありごをにょーん、と得意げに上へとあげてみせる。
チラりと見たぬらは伸びた事に「はわ!」となって自分も上へと持ち上げてみると、伸びてちょっぴり感動した。
「の、のびるッ!」
「へへ、これが美味しいんだよな〜!」
それから塩コショウをかけて少し混ぜた後、お皿にパックの薄く切られた生ハムと取り出してから並べた。
「さ、食べよー!生ハムにこれを巻くと、罪の味ってかんじなんだ!」
パクパクと食べ始める涼葉の隣で、ぬらはゆっくりとした動作で生ハムにじゃがアリゴを乗せフォークで起用に巻いてから口へと運んだ。
「もぐもぐ…どう?ぬらの兄貴!美味しい?」
ぬらは、滑らかな舌触りのみずみずしさの保たれた生ハムと、塩コショウの少しきいたじゃがアリゴが口いっぱいにとろけるように広がる。チーズが入った事により絶妙な食感で、美味しいと感じた。ゆっくりと咀嚼をするので飲み込む事に時間はかかってしまう。
「もぐもぐ…ごくん、ふぅん…確かに手軽で悪くないなッ!」
「だろー?」
涼葉はニコニコ嬉しそうにしている。
「次はさけるチーズをそのまま食べてもみたいぞッ!」
「あれ僕はさかずに食べるのも好きだなー」
会話をしながらぬらがゆっくり食べてる間に、涼葉のカップの中身は一瞬でほぼほぼなくなっていた。
食べ終わると、ぬらのお腹はそれだけでかなりいっぱいになる。
「よし、満足したなッ!ご馳走様でした」
「ご馳走様様でした!!」
二人は礼儀正しくぱちりと手を合わせる。これにて深夜のじゃがアリゴ会もお開きだ。
「僕が片付けをしておく、莎海はもう寝に行ってもいいぞ。」
「え、僕も手伝うよ?」
「いや、大丈夫さ。寝る前は歯磨きを忘れないこと、いいな?おやすみだ」
「解った!ありがとう!おやすみぬらの兄貴!」
涼葉は走って食堂の扉を出ていった。ぬらは食器を纏めて、台所の流しへと向かった。
◇
翌日、皆が食堂へ集まる時間に誰かが「ここにあったじゃがいこ食べたー?生ハムもなくなってる!」と言う声が聞こえた。
それを聞いたぬらはチラりと遠くにいる涼葉を見やると、そこにはニンマリした顔が見えた。口元に人差し指を当てて、しーっとジェスチャーをし返す。
昨日の悪さは秘密にしよう。