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    かいこう

    @kaikoh_h

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    かいこう

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    君に夢中/smib

    ##smib

    君に夢中『あの人はどうなった?』
    『もうだめだよ。まるで腐った時計だ。過去の栄光に縋りついて、前に進もうとしないまま、すっかりあそこで朽ち果てようとしている…』
    「志摩ー、コーヒー淹れていいー?志摩も飲むー?」
     ドラマのセリフに続いて、伊吹の声が聞こえていた。リビングのテレビから台所へと視線をやる。流しの前でこっちを振り返っている伊吹と目が合った。
    「んっ?」
    「ああ、いいよ、俺のも頼む」
    「もしかして、いいとこ邪魔しちゃった?」
    「大丈夫」
     この部屋に伊吹以上のいいことはないから。頭に浮かんだ返事に志摩はひとりで照れた。志摩の返事にならいいけど、というように笑った伊吹が背中を向けてコーヒーを作り始める。つき合うようになって二ヶ月、未だに信じられないでいた。多分、奥多摩に返すかどうかはひとまず保留すると桔梗に告げた理由となったあの時にすでに好きになっていて、自覚したのは香坂のビルの屋上で生命線を見せられた瞬間で、メロンパン号で謝った後の泣きそうな顔に気持ちを伝えたくて我慢できなくなって…いろいろ考えたが、隠したつもりの好意がばれて気づかわれるよりは自分から動きたかった、だから冬の前に告白した、そうしたらちょっと考えた後で、いーよつき合おっか、と伊吹が言ったから、今では相棒の他に恋人という関係が二人を繋いでいる。信じられない…手を繋いだり抱き締めたりキスしたりセックスしたりしたけれど、志摩はまだ、どこか夢見心地だった。これまで味わったことのないような多大な幸福感、まるで地に足が着いていない。ふわふわと空に浮いているようだ。ただその感覚を楽しめばいいのに…いちいち考えずにはいられない自分が嫌になる。
    「お待ちどー」
    「ありがと」
    「ドラマ、見てないの?面白くない?」
    「いや、普通に面白い」
    「普通に面白い」
    「なに」
    「ふふっ、んー?志摩もそういう言い方すんだなぁって」
     コーヒーのにおいが近づいてきて、マグカップを二つ持った伊吹がソファの隣に腰を下ろした。ありがたく受け取って一口すする。ソファにからだを預けると、伊吹はズボンのポケットから私用のスマートフォンを取り出していじり始めた。休みの日に、予定が何もなければ仕事の後から、互いの部屋を行き来しては、こんなふうにのんびりと過ごしている。自分の家で寛いでいる伊吹を自分の意識に馴染ませるように、志摩は伊吹を眺め続けた。それから、あんまり見ているのも不躾でよくないなとテレビを見やる。
    『嘘をつかれた。それが傷つけないためのものだったとしても、許せない』
     録画しておいた刑事ドラマのタイミングのよさに志摩の心臓が小さく軋んだ。もしかしたら、と幸福の影に考えてしまう。もしかしたら優しさや同情から伊吹はいいよと言ってくれたのかもしれない、断って相棒と揉めるのが面倒だと思ったのかもしれない、消極的な理由から自分につき合わせていたらどうしよう…元捜査一課として嘘やごまかしには敏感なつもりだが人にはバイアスがある…この幸せな時が続けばいいのにと願うあまり、ちゃんと兆候はあるのに、伊吹も同じ気持ちだと思い込んで、見えていなかったら、見ないふりをしていたら、どうしよう…伊吹を疑う自分が嫌だ。伊吹から発露している自立心と優しさを正確に読み取れなくて落ち着きのないシーソーみたいだと見てしまう自分が嫌で仕方がない。志摩が己の懊悩に顔をしかめたところで、伊吹が突然大きな声を出した。
    「志摩!」
    「うお」
    「好きだよ!」
     驚いた隙にできた思考の空白に伊吹の笑顔と言葉が沁みる。
    「志摩のことー、大好き!」
    「…俺も」
    「ふへへ」
    「伊吹がすげぇ好き…」
    「何か元気なくない?ほらほらー、もっとでかい声出せるっしょ?」
    「好き、愛してる!」
    「できんじゃーん、俺も愛してるよ、志摩ちゃん♡」
     満足そうな伊吹の様子に志摩は泣きたくなった。疑っているのは伊吹じゃない、伊吹に好かれるようなところがあるのかと、自分を信じきれない。涙の気配を追い払うためにコーヒーを飲んでから伊吹に尋ねた。
    「いきなり、何かあった?嬉しいからいつでも大歓迎だけど」
    「俺も大歓迎ー、スマホで占い見てたら、今日の恋愛運、素直に気持ちを言葉にするといいんだって」
     素直に気持ちを…素直な…志摩はたまらなくなって、伊吹を抱き締める。
    「どしたどしたー」
    「嬉しくて…」
    「感激しちゃってんだ」
    「愛おしすぎる…」
    「えーそんなに?」
    「伊吹が大好きだから…」
    「おれもー」
     伊吹がもぞもぞと動くので腕の力を緩めた。背中に手が回る。それから同じ強さで、ぎゅう、と抱き返された。
    「あ、志摩の運勢も見てやろっか?」
    「うん、でも、見なくても分かる」
    「そうなん?」
    「今、ちょー幸せだから絶対いいに決まってる」
    「そういうことか、なるほどねー、志摩のことだから何かむじぃこと言うのかと思った」
    「占い、よく見んの?」
    「毎日じゃねーけど、たまーに。いい時はよっしゃーって思うし、悪かったら負けねーぞって、なんない?…お、出た、志摩の運勢はねぇ…」
     少し距離を取って俯いてスマートフォンを見つめる伊吹に視線を注ぐ。
    「んー…あんまよくない」
    「まじか」
    「まじで」
    「負けてられないな」
    「どうするー?」
     顎を引いた伊吹が面白がって聞いてきた。提案すれば伊吹は頷いてくれる。だからただ夢中になって、幸福な感覚だけを追い駆けて、志摩は何度も、伊吹に口づけた。
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