体調不良 ドアが閉まるガチャンという音に意識が浮上する。気づかない内に寝ていたようだ。横臥の体勢から寝返りを打つのもだるい。志摩はぼんやりと寝室の入口に視線をやった。室内を歩き回る足音に耳を澄ます。台所に買ってきたものを置いて、洗面所で手を洗った伊吹が中を覗き込んできた。軽く顎を反らして、同棲している恋人を見上げる。
「具合、どう?」
「うん…」
「ゼリーか果物か食べられそう?」
体調を崩したせいで志摩は寝込んでいた。部署が別れてしまった伊吹とせっかく重なった休日になのにといくら恨めしく思ったところで、疲労とストレスにやられて昨日の夜から何も食べられないぐらい弱っているからだの重さは変わらない。伊吹の手が伸びてきた。
「…休みなのに、悪い」
「だからもー気にすんなって。長くやってりゃ、ま、こういうこともあるっしょ。逆に俺がちょーし悪くなっちゃった時はよろしくー」
「長く…?」
「長くおつき合いしてれば」
伊吹がいひひ、と笑う。機捜で相棒になって初めて迎えた冬からつき合い始めて四年目…これからも親密な関係は続くのだと示唆されて、志摩は涙ぐんだ。それぐらい、伊吹が好き。視界を半分覆う、昨日風呂に入れていない前髪を伊吹がよけてくれた。そのまま、露わになったひたいに手のひらが宛がわれる。
「んー、熱はねーな」
大きくて乾いている手は冷たかった。ひたいから頬、首筋へと静かに触れていく。心配しているが故の接触だと分かっていても、志摩の背中がぞくりと粟立った。細くはない食を受けつけたくないと思うぐらい弱っているのに、こっちは反応するのか。じわ、と膨らんだペニスが下着を押し上げる感触に志摩は何とも言えない笑みを浮かべた。分かりやすい。元気になるためには何か食べて一日よく寝ていることだ。だが肉体ではなく性根に活力をもたらすのは、休息や食事ではない。目の前の男が、志摩の生きる力だった。伊吹への好意を自覚するきっかけになった、香坂のビルで見せてくれた長い生命線。あの日から志摩の生命線にもなった。迷ったり間違ったりしても、そこからまたやり直せばいいと導いてくれる正しい光。伊吹への愛の一部はまるで信仰に似ていた。こんな恋を志摩は知らない。最後に元気づけるように肩をさすっていった手を追い駆けて指を絡めた。
「何か食べた方がいーよ、どーする?飲むゼリー?桃缶?りんごのうさぎ?うどん?」
「伊吹がいい…」
「元気になったらね、てかそういうのいいから、まじで心配してんだけど」
「あわわ」
神が双眸を眇める。志摩は咄嗟におののいた。その鋭い眼光にも愛が宿っている。