ブクロ勝利ルートのノバス 熱気を煽るセコンドの声が聞き慣れた名をコールした。
同時にステージ上が明るく照らされ、客席中のライトが赤く点灯して揺れる。沸き上がる歓声は一人残らず自分たちを讃え、祝福しているかのように聞こえた。
「兄貴!」「いち兄!」
晴れやかな表情で駆け寄ってくる弟たちを「やったな!」と抱き寄せると、あどけない子どものような照れ笑いがこぼれた。かつて痛いほどに渇望していた“幸せな兄弟”に世界一当て嵌るのは、まさに今の自分たちに違いなかった。
鳴り止まない歓声に大きく腕を振って応えていると、不意に「一郎!」と名を呼ぶ声があった。
このどよめきを切り裂くように明瞭に聞こえたくせに、その声の主を捉えるには僅かにタイムラグがあった。視界が白むほどの照明に目が慣れつつある自分には、その光の外側は随分と暗く感じられた。
あれ? と思う。
どうして彼は光の内側にいない?
だって、自分は勝った。それなのにどうして、相棒である彼は光に照らされていないのだろうか。
一瞬、本気でそう考えて、すぐに我に返った。
「空却」
「完全に拙僧たちの負けだ。つえーよ、てめぇら」
いつものように溌剌とした、それでいてどこか柔らかな声音で彼は言う。『拙僧たち』。そうだ。彼はナゴヤ代表・Bad Ass Templeのリーダーとしてステージに立っている。Naughty Bustersはもうない。さっきまで散々対峙していたではないか。お前たちも強かったと返すと、彼は「ばぁーか」と笑った。
負けたとなれば即「もう一回やろーぜ!」と再戦を申し込んできたあの頃みたいに、精根尽き果てるまでラップしていたい。「今の結果が全てだろ」なんて物分かりのいいこと言うなよ、空却。
「あとは頼んだぜ、一郎」
射竦めるような金色の視線が最後の最後にふと和らいだ。今生の別れでもあるまいに、なぜだか胸がぎゅっと締め付けられた。あとほんの少しでも自制心が足りていなかったら背を向けた彼の腕でも何でも掴んで引き止めていたかもしれない。あの時できなかったことをやり直すみたいに。だが、今の彼が帰る場所は自分のもとではないこと、強い絆で結ばれた家族と呼ぶ仲間たちがいることを、頭で確かに理解している。もちろんBuster Brosとして勝ち上がらなければならないことも。それくらいは、大人になった。
それぞれの人生を歩む。ただ一度きりの人生、いつの日かまた隣に並び立てる日が来ることを願った。