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    TomitaMichi

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    TomitaMichi

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    2025/7/27十忍十色三十三の巻の無配でした。
    無配ペーパーは2025/9/21忍Fes.33にも持っていくのでもらっていただけると嬉しいです。

    #文仙
    monsen
    #立花仙蔵
    tachibanaSenkura
    #潮江文次郎
    fumijiroShide

    【文仙】鍛練のはじまりのその前の段 潮江文次郎が裏山から忍術学園に戻ってきたのは、食堂からランチのいい匂いがする頃だった。午前の実技の授業を終えて空腹の体は勝手に食堂へ向かう。一年い組の実技の授業で定期的に行われている裏山からのランニングは決まって昼前にあり、ゴールした人からランチに行っていいことになっていた。ランニングと言っても、もちろん途中に仕掛けられた罠や暗号を解く必要があるものだが、コースが険しい以上、足が速くて体力のある生徒が有利であることには変わりない。必然的にランチのメンバーはほとんどいつも一緒だった。
     ──仙蔵、今日も遅いなあ。
     文次郎はランニングコースを振り返った。同室の仙蔵はまだ戻ってきていない。体力のない仙蔵は、この授業ではいつも最後尾グループで、ランチの時間もギリギリだ。だから、いつも置いていくことになってしまう。
     ──でも、一位になりたい。
     今日の文次郎の順位は四位。目標達成まであと少しだ。文次郎は固い決意を胸に、鍛練に励み次のランニングでは三位以内に入ることを心に誓った。

     ところが一週間後の実技の授業で、文次郎は打ちのめされた。ランニングの順位が真ん中よりも後ろの七位だったからだ。文次郎自身のタイムは縮んでいるのだが、周りも頑張っているのだ。それに今日は罠を一個避けた先に仕掛けられたもう一つの罠にはまって、時間をくってしまった。
     ──今の鍛練方法じゃダメだ!
     放課後、文次郎が校庭の隅で膝を抱えていると、何度か話したことのある四年生の先輩が通りかかった。先輩は文次郎の落ちこんだ様子を見て、話を聞いてくれた。文次郎はランニングでどうしても一位になりたいけれども今日は順位を落としてしまったことを素直に話した。先輩は尋ねた。
    「なんで一位になりたいんだ?」
    「一番強いってことだからです!」
    「そうか。強いってどういうことなんだ?」
    「どう……?」
     文次郎は強さとは何か、考えたことがなかった。文次郎にとって強いとは実技で一番をとることだった。
    「先輩はどうお考えですか?」
    「強い奴を見ただけでわかるようになることかなあ」
     ──強い奴は見ればわかる?
     確かにい組で早い同級生はいかにも強そうだし、最下位グループの仙蔵はいかにも弱そうだ。でも、そんな文次郎でもわかることを先輩がわざわざ言うだろうか? 考えこんだ文次郎を見て先輩は苦笑し、文次郎にもわかる鍛練のアドバイスをいくつかしてくれた。それらは文次郎のほしい答えではあったが、一年生にとってすべて実践するのは難しい内容だった。だが文次郎は、すべてを実践しようとこれまで以上に鍛練に打ち込むようになった。

     鍛練は実技の授業の成績には緩やかに影響した。だがそれ以上に影響を受けたのが教科の成績だった。
     ──見たことないくらい悪い点!
     返却された教科のテストを見て文次郎は驚愕した。確かに最近は眠くて教科の授業に集中できていない。でも、答案用紙は全部埋めたはずだ。
     教室の前では、仙蔵が一位をとって先生から褒められている。
     ──このままじゃダメだ……。
     文次郎は肩を落として部屋へ戻った。委員会があると言って先に戻った仙蔵の文机の上に紙が放置されている。さっきのテストだ。あまり見るべきではないとわかっていた。だが、一位の答案が気になった文次郎はなかなか目を離せなかった。その答案は意外にも最後まで埋まりきってはいなかった。
     その時襖が開き、仙蔵が戻ってきた。答案用紙の前に座っていた文次郎は、盗み見の瞬間を仙蔵に見つかってしまった。
    「見た……?」
    「ご、ごめん。置いてあったから……。一位なのに最後まで解き終わってないのが意外で」
    「最初に問題を全部確認したら、ひっかけ問題が多かったから、焦らないようにしてたら解き終わらなかったんだ。文次郎は解き終わった?」
     文次郎は答えに詰まった。今回は問題数も多かったから焦って解いたらミスが多かったのだ。仙蔵の言うとおりひっかけ問題のほとんどに引っかかっていた。仙蔵の見た目は弱そうだ。でも、今の自分に必要なのはこういう考えかもしれない。そう思った文次郎は、仙蔵に教えを乞うことにした。
    「ひっかけ問題、気づけなかった。どうやったら気づけるんだ?」
     文次郎に聞かれて、仙蔵は目を輝かせた。頼られるのが嬉しいらしく、一生懸命考え方を教えてくれる。だが、寝不足の文次郎の耳には途中から子守歌になってしまった。
    「文次郎?」
    「ごめん!」
    「最近、鍛練頑張ってるものな。でも、授業中眠くなるほど打ち込むのはやりすぎだ。自分の限界を知らないと」
     確かにその通りだ。今のところ実技の成績には結びついていないが、仙蔵は自分が知らない必要なことを知っている。文次郎はそのことがたまらなく不思議だった。

     その日から、文次郎は自分の体力を少し考えて鍛練するようになった。おかげで教科の授業で眠くなることは減った。実技の成績も持ち直し、次の週の授業では先頭集団に戻ることができた。いつものメンバーに囲まれ、食堂に向かおうとする。
     ──仙蔵、まだかな。
     文次郎は足を止めた。早くランチが食べたいのに足が動かない。裏山から続く道には誰の影もない。クラスメイトに呼ばれても、どうしても仙蔵を置いていく気がしなかった。
    「先、行っててくれ!」
     文次郎は仙蔵を待った。仙蔵はなかなか戻ってこなかった。とうとう最後に到着した仙蔵は、文次郎がいるのを見ると驚いて目を見開いた。
    「文次郎? なんで?」
    「えっと、午後の算術の宿題について聞きたくて」
    「宿題のどの部分?」
    「……忘れた」
    「また眠い?」
    「眠くない! でも忘れた!」
     仙蔵は笑った。文次郎は、まだ雪の降る時期に咲いている梅の花を見つけたときみたいな気持ちになった。
    「ランチ、行こ!」
     仙蔵に言われ、文次郎の足はようやく食堂に向かった。その日のランチはいつもよりおいしかった。

     実技の授業後に仙蔵を待ってからの数週間、文次郎は絶好調だった。い組全体のレベルは上がっていたが、焦らずに対策してついに二位を取ることができた。上機嫌の文次郎はアドバイスをくれた先輩にお礼を言おうと学園中を探し、門の近くで先輩を見つけた。
    「文次郎、調子よさそうだな!」
    「先輩のアドバイスのおかげで、実技の授業で二位になったんです! 先輩方は何をされていたのですか?」
     先輩は文次郎によくやったな、と声をかけながら門を振り返った。
    「同室の見送りだ」
    「お出かけですか?」
    「いや……辞めるんだ、学校を」
    「やめる……?」
    「授業に追いつけなかったりして辞めていく人もいるんだ。あーあ、また同室変わっちゃうなあ」
     文次郎は不安になった。もし仙蔵が学校を辞めてしまったら、別のクラスメイトが同室になるのだろうか? 
     ──それは嫌だなあ……。
     い組のみんなのことが嫌いなわけではない。だが、仙蔵以外と同室になるのはなんとなく違う気がした。

     また裏山ランニングの授業の日になった。文次郎は二位につけた。すぐ前に一位の背中が見える。今日こそ追い抜かして見せると足を速めたとき、ぽつりと一滴雨が落ちてきたかと思うと、すぐに本格的に降り始めた。
     ──仙蔵、大丈夫かな。
     もしもこのまま雨が強くなって、仙蔵が学園にたどり着けず、もうここで勉強するのが嫌だと思ってしまったら。
     文次郎はゴールに背を向けて走り始めた。あっという間に雨が強くなり、前が見えなくなる。普段と逆の方向に進んだこともあり、文次郎はすっかり迷ってしまった。
     その時、「文次郎、こっちだ!」と聞きなれた声が聞こえた。仙蔵だ。声の出どころがわからず文次郎はあたりを見回した。すると小さな滝の中から白い手が出て、驚いている文次郎を滝の中に引き込んだ。滝の内側は洞穴になっていた。洞穴の入り口をふさいで流れる雨が滝に見えていただけらしい。
    「助かった……こんなところ、よく知ってたな」
    「今日は雨になると思ったから、途中にある雨宿りできそうな場所を考えながら進んだんだ。文次郎はもうゴールしてると思ったのに、なんでここにいるの?」
     文次郎は唇を噛んだ。仙蔵に助けられてしまった今、助けに来たは通用しない。仙蔵は強そうにも見えないし、実際に実技の成績は半分よりも下だ。でも、いつも諦めずに頑張っているし自分にはできないことがたくさんできる、強い奴だと思った。
    「仙蔵はすごいなあ、俺には考えもつかないことに気付けるんだなあ」
    「そんなことない。私もみんなに追いつきたいのに、体力も腕力も何もかも足りなくてどうしたらいいかわからないんだ」
     膝を抱えた仙蔵は涙声だった。
     仙蔵の悩みの解決方法は、文次郎にもわからなかった。 だが自分の悩みの解決の糸口をもらったように、自分も何かしてあげられたらいいと思った。

     半刻もせずに雨は止み、二人は一緒に学園に戻った。戻ったころにはランチを食べきれる時間は過ぎていて、文次郎は怒られることを覚悟した。だが先生からは雨に冷静に対処できたことを褒められ、食堂のおばちゃんからはおにぎりをもらった。午後の授業までの間に二人で食べたそれは、食堂に一番乗りして食べるランチよりも美味しかった。
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