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    こまつだよ

    せななるが好きで狂ってる。思い出したらポイピク!すべての投稿は個人hpにあります。

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    こまつだよ

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    バレンタインがちょっと過ぎたあたりのはなし。

    なるくんの記憶がぽかんと抜け落ちた話【せななる】 真っ白な病室。
     鳴上嵐の周りに駆け寄ったKnightsのメンバーたち。

     なるくんが事件に巻き込まれた、なんて聞いた時には気が気じゃなかった。命に別状はない、とかさくんから報告を受けて、それでも、いてもたってもいられなかった俺は当分の仕事を調整してからすぐに日本へと戻った。


     綺麗な顔には傷一つなくて、ただ右腕を覆う包帯が痛々しいだけ。正直、涙が出るほどホッとした。

    「っ……なるくん、良かった。……もう、俺がどれだけ心配したと思って……!」

     そう口を開いてベッドサイドへと寄れば、きょとん、とした顔で、不思議そうに俺を見上げる。

     続く言葉はこうだった。

    「……えっと、ごめんなさい」
    「?」
    「……お名前、聞いてもいいかしら?」




    ▼なるくんの記憶がぽかんと抜け落ちた話


     悪い冗談はよしてよね。そう言おうとしたのに、思った以上にショックだったらしい俺はその後一言も発せなかった。

     他のメンバーのことは覚えてるのに、何故か俺との記憶だけが抜け落ちているらしい。こんな漫画やドラマみたいに、都合がいい話が現実にあっていいわけ?

    「……はぁ」
    「セッちゃん、元気出しなよ。そのうちポンッて思い出すよ」
    「…………」
    「焦らない焦らない」

     病院の談話室。隣に座ったくまくんが心配そうに俺を見つめる。くまくんは知らない。なるくんが事故に合う前のバレンタインで、俺があいつに、一世一代のプロポーズの言葉を贈ったことを。

     それにあいつは戸惑って、「でも」だとか、「だけど」なんて言葉をもごもご口にしながら最後には綺麗にはにかんで「嬉しい」と答えたのだ。

     次に帰国した時に渡すための指輪だって用意してたにも関わらず、あろうことかなるくんは俺との全ての記憶を無くしてしまったらしい。


    「……あいつ、俺と付き合ってたなんて言ったらどんな顔すると思う」
    「……うーん、とりあえず今はまだ、そっとしておくのが良いんじゃないかな」
    「だよねぇ」

     はぁ。またしても大きな溜息をひとつ吐いてから、俺たちはなるくんの病室へと戻った。




    side naru.



     レオくん。凛月ちゃん。司ちゃん。……それから、銀色のふわふわの髪の毛の、冷たい瞳をした綺麗な男の子。謎のメンバーに囲まれながら、アタシはどこか違和感を覚えながら談笑を続ける。

     ほかの記憶はきちんとあるはずなのに、事故にあったあたりの記憶がまったくないのだ。お医者さんが言うには、頭を強く打った衝撃で事故前後の記憶がないだけで、精密検査の結果は特に問題ないってことだけど。

     どこか寂しそうな瞳で、少し離れた場所からアタシを見つめる彼がどうしても気にかかった。

    「……ねェ、えっと……瀬名先輩?、は、どうしてここにいるのかしら」

     そんな瞳でこっちを見られたら居心地が悪い。アタシのその言葉を聞いた司ちゃんが、「瀬名先輩は、鳴上先輩が心配なのですよ」とさり気なくフォローを入れてくれる。

     聞けば、アタシたちKnightsの5人目のメンバーらしいけど、申し訳ないぐらいこの人の記憶だけが抜け落ちているアタシには実感がわかない。

     確かにみんなとの記憶はきちんとあるのに、一部分だけがもやがかかったように思い出せないのだ。きっと、そのもやがかった部分に、この人がいるのだろう。


    「……アタシたちって仲が悪かった?」
    「そんなことないぞ。お前らはほんとの兄弟みたいに仲良しだった!」
    「うーん……」

     兄弟みたい。
     アタシと、この人が?

     相変わらず冷たい瞳で、寂しそうにアタシを見つめるだけの瀬名先輩。なんでかすごくそわそわして落ち着かない。はやく思い出さなきゃいけないことがあるはずなのに、記憶のどこを探っても瀬名先輩に繋がる手がかりがないんだもの。

    「アンタは、……チョ〜生意気な、モデルの後輩」
    「え?」
    「俺だけを忘れるなんて、いい度胸してるよねぇ」

     ようやく口を開いたかと思えば、高圧的に言い放った瀬名先輩がアタシを見下ろす。氷みたいに冷たい色をした涼やかな目元。やっぱりどこか寂しそうな瞳をしているから、アタシは思わず返す言葉を失って黙り込んでしまった。





     入院期間中、なんだかんだ毎日顔を出してくれるのは瀬名先輩だった。普段イタリアに住んでいて、アタシのことが心配すぎて日本に慌てて帰ってきたんだよって話は凛月ちゃんから聞いたこと。

     今日も、アタシの病室の花瓶に可愛らしい花を挿した瀬名先輩が、甲斐甲斐しく面倒を見てくれている。

    「はい、あーん」

     なんて。子供にするように、利き手を怪我して箸を持てないアタシに代わってご飯を食べさせてくれる。それをむず痒く思いながら口を開いて、どうしてこの人はここまでアタシの面倒を見てくれるんだろうなんて考えながら口を動かす。

    「……ねェ、瀬名先輩」
    「その呼び方、やめて」
    「?」

     じゃあなんて呼べば良いのよ?

    「泉さん?」
    「もっとやめて」

     急に不機嫌な声色で睨みつけてきた瀬名先輩についビクッとしちゃえば、「ごめん」と謝った後にそっぽを向かれてしまった。

    「……『泉ちゃん』って、あんたはそう呼んでたよ」
    「泉、ちゃん?」
    「俺が何度もその呼び方をやめろって注意しても、絶対に変えなかったくせにね」
    「そう。……泉ちゃん」

     口にした瞬間、どうしてかしっくりくるその呼び方に何度か「泉ちゃん」と唇を動かしてみる。

    「なんか、泉ちゃん、って名前を呼んでるとあなたのこともちゃんと思い出せそう」

     そう言って笑えば、またしても寂しそうな顔をした『泉ちゃん』が少しだけ俯いてしまった。





     退院の日。こんな時でも面倒を見てくれるのは泉ちゃんらしく、病院の入り口まで車で迎えに来てくれた。なんなら泉ちゃんはしばらくアタシの家に泊まりこむみたいで、とことん世話をみてくれるつもりらしい。

     記憶はないのに、どこか他人に思えないのは、レオくんが言ってた「兄弟みたい」っていうことなのかしら?

     玄関のドアを開ければ、「にゃんこ、ただいま」と当たり前のように言った泉ちゃんがアタシのにゃんこを抱き上げる。

     アタシが入院してる間は、マネージャーちゃんだったり、それこそ泉ちゃんだったりがにゃんこの世話をみてくれた。

     飼い主のアタシよりも先ににゃんこを抱き上げるなんて嫉妬しちゃうわよね。

    「心配かけてごめんね、にゃんこ」

     泉ちゃんの腕の中にいるにゃんこの額を指先で撫でてから、泉ちゃんの背中を追うようにして部屋の中へと進む。

     あまりにもアタシの部屋に馴染むその姿は、やっぱり仲が良かった証拠?

    「入院してる間、ちゃんと掃除しといたから」
    「うん……ありがとうございます」
    「…………」

     我ながら他人行儀。どこか違和感を覚えながらも、本来の姿が思い出せないんだからしょうがないじゃないって心の中で勝手に言い訳を呟いちゃうのはどこからか湧いてくる罪悪感。

    「今夜、なに食べたい?」
    「え?作ってくれるの?」
    「そうだよ。退院祝いに、特別になんでもリクエスト聞いてあげる」

     そう言う泉ちゃんは、料理の腕に相当自信があるのかしら?好きな食べ物を複数思い浮かべながら「それじゃあ、鳥のから揚げが食べたいわ」と言えば、「そう言うと思った」とホッとしたように微笑んだ泉ちゃんにどうしてか胸がきゅんとした。





     ご飯を食べたあと。ソファの上で無防備にうたた寝してる泉ちゃんが珍しく思えて、思わずそばに寄ってみた。泉ちゃんの腕の中で丸まって寝ているにゃんこを見てから、もう一度泉ちゃんの寝顔をまじまじと見つめる。

     にゃんこに対して『羨ましい』に似た感情を抱いたことと、この寝顔にもやっぱり見覚えがあることにアタシはちょっとだけ戸惑う。

     アタシはもしかして、大事な人の存在を忘れちゃってるんじゃないかしら?

     そんなことを本人に伝えてしまって、もしもアタシたちになんにもなかった時に気まずすぎるから聞けないわけなんだけど……。

    「……泉ちゃん」

     もっとそのお顔が見たくって、目元を隠してる前髪を、左手の指先でそろりと避けてみる。

     ついでに名前を呼べば、うっすらと瞳を開けた寝ぼけた泉ちゃんが「……なるくん?」とアタシの名前を優しく呼んだあと、「思い出してくれたの?」と泣きそうな顔で呟いた。

     急に掴まれた手首にびっくりして、泉ちゃんから後退るように距離を取ってしまった。腕をぶつけたローテーブルががたんっと派手な音を立てたせいで、寝ていたにゃんこも咄嗟に逃げ出す。

    「……ごめん、寝ぼけてた」
    「う、うん」

     ビックリした。触れられた手首が心臓になっちゃったみたいに熱を持ってドキドキ言ってる気がする。どうしてこんなにドキドキしてるのかわかんないし、寂しそうな瞳を伏せた泉ちゃんを見ていると、なんだかむねが張り裂けそうだった。





    side ritsu.

    「ねーェ、凛月ちゃん」
    「ん〜?」
    「……泉ちゃん、って。アタシとどんなだった?」
    「どんなって?」

     俺の隣に座って限定のフラペチーノを啜ったナッちゃんが、どこか不安そうな顔で俺を見る。

    「……うーん。うまく言えないんだけど、なんだか大事なことを忘れているようで落ち着かないのよ」
    「うーん」

     どうしたもんか。そう思考を巡らせながら、俺もナッちゃんとお揃いのフラペチーノをずずず、と啜る。

     俺が勝手に言って良いものでもないだろうし、セッちゃんのタイミングに任せるべきだろうとは思ってるから……。

    「ナッちゃんから聞いてみたの?」
    「んーん、……聞けない」
    「どうして」

     ガラス窓の外の景色を眺めたまんまそう聞けば、俺のほうを向いてから少しだけ悩んだナッちゃんが、俺とおんなじように窓の外を見つめながら「……だって、怖いんだもの」と小さく呟いた。

    「なにが怖いの?」
    「……」
    「……」
    「……アタシの、おもってるものと違うのが怖い」

     少し恥ずかしそうにそう呟いたナッちゃんの横顔は、学生時代に見た記憶とシンクロしていて思わずふふっと笑ってしまった。

    「……なにがおかしいのよォ」
    「……だって。……ううん、ごめん。ナッちゃんは、そういうとこが可愛いよね」
    「えぇ?どういうことよ」

     ふふふ。セッちゃんが知らないナッちゃんを、またしても俺は目撃してしまったんだからおかしくて笑っちゃう。セッちゃんが聞いたら、すごい悔しそうな顔をするんだろうな。

    「不安なら、そう言ってみれば」
    「だれに」
    「セッちゃんに。あぁ見えて意外と、セッちゃんは鈍感で、臆病者だから」

     俺の言葉に、不思議そうな顔で首を傾げるナッちゃんにふふっと笑ってみせたところで、「くまくん、誰が臆病者だって?」と独特の低い声が俺たちの背後から聞こえた。

     振り向けばセッちゃんがいて、「おつー」と声をかければ、「ほんと疲れた」と言った後に当然のようにナッちゃんの横に座る。

    「泉ちゃん、お疲れ様。撮影はどうだった?」
    「うん。いいものが撮れたよ。向こうにデータも送ったし、あとは連絡を待つだけ。くまくん、あんたもこの後CMの撮影だったよね?」
    「うん、そう〜」
    「いいなァ。……アタシもはやくこの怪我を治して、またカメラの前に立ちたいわァ」

     俺とセッちゃんの間に座ったナッちゃんが、俺たちの会話を聞きながら薄く色の乗った唇を尖らせる。

    「焦る必要はないでしょ、なるくん」
    「そうそう。ナッちゃんはずっと働き詰めだったし、たまには休んだって大丈夫」

     そう二人して宥めれば、それでも不満そうなナッちゃんが手持ち無沙汰にフラペチーノを啜った。

     その後は他愛もない話をして、俺の仕事の時間が迫ってきたこともあってここらへんでセッちゃんへとバトンタッチ。

     そろそろ出ようか、ってなったところでお手洗いに立ったナッちゃんの背中を見送ってから、ふと冷たい瞳をしたセッちゃんが口を開いた。

    「……一緒にいてくれて、ありがとね」
    「ううん。だいじょーぶ。犯人が捕まるまではナッちゃんのこと、ひとりにしたくないし」
    「助かる」
    「ナッちゃんのためだもん」

     ナッちゃんが怪我をした原因。
     世間には伏せているけど、悪質なストーカーが原因だった。
     事件に合うしばらく前から、熱狂的なファンにストーカー行為を受けていたことは、ナッちゃんがこうなってしまった後にはじめて知ったこと。

     それは俺だけじゃなくて、セッちゃんですら初耳だったらしい。

     ちょうど公園を抜けた階段にさしかかったところで襲いかかってきた犯人に抵抗した際、そのまんま階段の下まで転げ落ちちゃったってはなし。

    「……悔しいなぁ、もう」
    「焦らない焦らない」
    「わかってるよ」

     店の外はすでに薄暗く、席に戻ってきたナッちゃんに暗い雰囲気を悟られないよう二人してなんでもない顔をする。

    「お待たせェ」
    「じゃ、帰ろっか」
    「凛月ちゃん、お仕事がんばってね」
    「はぁい」

     またね。そう手を振って、タクシーに乗り込むふたりを見送ってから俺もスタジオへ向かった。


    side izumi.


    「泉ちゃん、見てみて。お月さまがとってもキレイ」
    「ん?……ほんとだ。まん丸」

     タクシーの後部座席。窓の外を指差すなるくんに誘われて、ぐい、と身を寄せておんなじ窓から月を見上げる。

     つい触れ合った肩と肩に、ビクッと身体を震わせたなるくんに「あ、ごめん」と謝罪してからまた距離を開けた。

     なるくんは事件の記憶もろもろを頭から消してしまった。それぐらいこいつにとって恐ろしい経験で、忘れたいものだったのかもしれない。

     目撃者なんていなくて、公園に設置された監視カメラだけが頼り。この犯人に見覚えはないか?と、俺たちKnightsのメンバーも全員がその映像を見せられた。複数のカメラに映った、追いかける犯人と、逃げ戸惑うなるくん。追い詰められたなるくんはなんとか抵抗して、もみくちゃになった後にそのまんま階段の上から転げ落ちたってわけ。

     そんななるくんを放置して逃げ去った犯人を、俺は絶対に許せない。もしあのままなるくんが死んじゃってたら、なんて思うだけで心臓が冷えるようだ。

     本当は今すぐなるくんの手を握りたかったのに、今のなるくんは俺との関係すら忘れてしまったからそんなこともできない。

    「……泉ちゃん?」
    「うん?」
    「どうしたの、怖い顔して」
    「……べつに。ちょっと疲れただけ」

     手を繋ぎたい。細い腰に腕を回して、なるくんの体温をぎゅうっと抱き締めたい。キスをして、セックスをして、全身でなるくんで満たされて安心したい。

     ほんの一ヶ月前までは当たり前だった関係も奪われてしまった俺は、これからどうしよう、なんて考えながら窓の外の流れる景色を目で追った。




    side naru.


     夢を見た。真っ暗な道をひとり歩いてるときに、誰かがアタシを追いかけてくる夢。なんだか妙にリアルな夢で、これが夢か現実かの区別がつかなくなった。

     恐怖に震えて呼吸が速くなって、嫌なふうに心臓がドクドク脈打つ。怖い。嫌だ。助けて。誰か助けて。誰か、誰か、……泉ちゃん、助けて!

    「なるくん!」

     そう名前を呼ばれて、ハッと目が覚めた時にはアタシは自分のベッドの上。明るい照明に、それから心配そうにアタシを覗き込む泉ちゃんのお顔。

    「怖い夢でもみた?どうしたの、急に」
    「……、わかんない、……っ」

     わかんないけど、なんだかすごく怖かったのだけは覚えてる。思い出すのが怖くって、それから、目覚めたときに泉ちゃんの顔を見てホッとしたのとで涙が溢れそうになる。

     零れそうな涙を指先で拭って笑って誤魔化したけど、その指先が尋常じゃないほどに震えてる。わけもわからず情けなくなったアタシは、布団のカバーをぎゅうっと掴むことで震えを誤魔化そうとした。

    「……大丈夫、俺がいるでしょ」
    「……え?……うん、」

     とんとん、って。アタシの背中を優しく擦ってくれる泉ちゃんに心臓のあたりがあたたかくなって、さっきまでの嫌な感じがいっきに塗り替えられていく。

    「……いず、みちゃん……」
    「ん?」
    「……あのね、……えっと、」

     アタシ、なにを言おうとしてるのかしら。

    「……そばにいて」

     恥ずかしくって仕方ないのに、どうしてかわからないけど無意識のうちにそう言ってた。





     アタシの了承を得てから、泉ちゃんが恐る恐ると言った風にアタシの布団に入り込んでくる。

     まさか、一緒に寝てほしい、なんて子供みたいなことを言ったつもりはなかったのに、アタシはそれを拒絶することもなく受け入れていたからびっくりした。

     泉ちゃんのあったかい体温が布団の中に入ってきて、それと同時にアタシの背中にぴとりと張り付いて眠っていたにゃんこがいちどだけ「にゃあ」と鳴いた。

     いま、アタシの布団の中にはみっつぶんの温もりがある。

    「……子供みたいだねぇ、なるくん」
    「……、……いいでしょ。あったかいし」

     お互い気恥ずかしさを隠すように、からかうみたいに言葉を交わす。さっきまでの冷え切った空気が嘘みたいに落ち着く。

     思い切って泉ちゃんの方に身体を寄せてみれば、おそるおそる、といったふうに泉ちゃんが肩に手を回してきて、そのまんま向き合う形でぎゅっと抱き締められた。

     アタシの心臓はバクバク鳴っていて、だけどどうしてか落ち着くこの温もり、泉ちゃんの匂いに泣きそうになってしまう。

    「……おやすみ、なるくん」
    「おやすみなさい、泉ちゃん」

     アタシと泉ちゃんの関係って、なんなのかしら。ホッと一安心したら、どんどんまぶたが落ちてくる。泉ちゃんの胸に耳を寄せて、とくとくと聞こえる心音を聞いているうちに思考が遠のいていく。

     今度の夢は、どこか懐かしく感じるようなものだった。

     アタシがまだ幼い頃、銀色の髪の毛の、同い年ぐらいの男の子が「スマイル、スマイル」と笑いかけてくる光景。競い合うように美しさを磨いて、時に仕事を奪ってやればすごく怖い顔で「おめでとう」と睨んでくるアクアマリンの瞳。空色の制服を身に纏った彼と再会して、ネイビーの衣装をはじめとしてお揃いのデザインの衣装、思い出を『5人』でたくさん積み重ねてきたこと。

     高校卒業間際の頃、海外へ挑戦すると言った彼を見送って、そういえばこの頃にお互いの思いを伝えあってお付き合いするようになったんだ、とか。それからつい最近の記憶、アタシが事件に巻き込まれる前に、なんだかすごく嬉しい言葉を貰ったような気がする。


     次にふと目を覚ました時には、夢の記憶はまったくなかったけれど、なんだかとっても暖かいものに満たされていて不思議な気持ちだった。

     やっぱりアタシは大事なことを忘れてしまっていて、その『大事なこと』の記憶の片方は、泉ちゃんが持っているんだってことはなんとなく理解した。

     いまだにぐっすり眠ってる泉ちゃんの寝顔を見つめながら、つい癖でその頬にキスをする。

    「……ん、……なに、朝……?」
    「おはよう、泉ちゃん」
    「……んぅ」

     ってアタシ、なにを当たり前のように泉ちゃんにキスしてるのよ。

     自分でそう恥ずかしくなりながら、いまだ半分夢の世界にいる泉ちゃんにバレていないことを祈りつつもこの温もりを手放したくなくてもう一度布団にもぐる。

     相変わらずあったかくって、いつの間にかアタシたちの真ん中に挟まるようにして眠っているにゃんこも相まって心の底から幸せな時間だと思った。





     あれから一ヶ月。さすがに向こうでの仕事もあって、日本にばかりいられない泉ちゃんはイタリアへと戻ってしまった。

     退院してからずっと一緒にいたからか、どうしてか虚無感が酷い。

     相変わらず、夜に外を出歩くのはなんとなく気が引けるのもあって、基本的には日中以外は部屋に引きこもっておとなしく暮らしてる。

     一応、アタシの怪我が治るまでは活動休止としたKnightsだけれど、個々のお仕事は進んでいく。リハビリがてら、雑誌の小さな写真から徐々にお仕事の感覚を取り戻していくのは楽しくて充実してた。やっぱりアタシはこの仕事が大好きだと実感した。


     1週間向こうで仕事をして、また1週間ほど日本に帰ってくる。そんなスパンで海外とを行き来する泉ちゃんに、「大変ねェ」なんて思いながらも、いつもアタシばっかり悪いから、今日は泉ちゃんを空港まで迎えに行こうとひとり出掛けた。

     アタシ自身も何度も使った空港への道のりも慣れたもの。そろそろ日本の上空あたりを飛んでるかしら、なんて想像しながら、軽い足取りで電車を乗り継ぐ。空港に入って、泉ちゃんが降りてくるだろう到着ロビーでその姿を今か今かと待ちわびる。

     「ロビーで待ってるわよ♪」と一言だけメッセージアプリに到着を知らせてから、泉ちゃんに会う前にお手洗いに行っておこう、と空港の通路を歩いていたその時。

    「嵐ちゃん……!」

     そう名前を呼ばれたかと思えば、突然ぎゅっと掴まれた手首に心臓がドキリと跳ねた。途端にあの時の記憶がフラッシュバックして、アタシの首筋を舐めた男の舌の感覚さえもリアルに思い出す。

     「無事で良かった」なんて言う男の言葉に恐怖を感じて、何故だか足が震えて逃げ出せない。だけど、これは好機だと思った。アタシの記憶を返してもらう、絶好のチャンスだって。

    「あんたねェ……!」

     相手はあの時、ナイフを持っていた。もしかしたら今回も、隠し持っているかもしれない。だけどアタシは負けたくなかった。ぜんぶぜんぶこいつのせいで、アタシは大事なことも一緒に手放そうとしてしまったんだから……!





     あの後、「なるくん!」とアタシの名前を呼ぶ泉ちゃんの声にハッとして目の前の光景を再認識した。

     アタシの足元には、自称アタシのファンの男が転がっていて、それから、通路の向こうから泉ちゃんと一緒に複数の警備員さんが駆け寄ってきた。

     そう。アタシはグーパンを男に食らわせてやって、その後「反省しなさい!」だとかなんとか言って平手でぶってやったのだ。

     アタシは興奮のあまりはぁはぁと息が上がってて、事情を理解した警備員さんが倒れ込んだままの男を押さえつけていたのを覚えてる。

     心配そうな顔でアタシに駆け寄ってきた泉ちゃんに、興奮のままぎゅうっと抱き付いて。泉ちゃんの顔を見た瞬間安心して、気を張り詰めてたそれが緩んだ瞬間にまた恐怖で脚がガクガク震えた。アタシたちの足元には犯人が隠し持っていた小型ナイフが転がっていて、アタシの身体を受け止めきれなかった泉ちゃんと一緒にその場へとへたり込んでしまったのだ。

     




    「……ねぇ。もう二度とあんな無謀なことしないって約束して」
    「ごめんなさい」
    「ごめんじゃなくて、」
    「ありがと」

     それから。

    「大好きよ」

     そう言って、泉ちゃんの唇へとキスをする。ちょっとの間だって、泉ちゃんとの大切な記憶を忘れてしまってごめんなさい。

     アタシの部屋のベッドで、またあの日みたいにふたり布団に潜り込んで身体を寄せ合う。

     ただあの日と違うのは、アタシと泉ちゃんがまた「恋人同士」っていう関係であること。

     それから、泉ちゃんの背中に回したアタシの左手の薬指には、バレンタインの日に約束してくれた指輪がしっかり嵌ってること。

    「……ねェ、泉ちゃん」
    「……なぁに」
    「アタシね、泉ちゃんのこと忘れてたじゃない?」
    「……認めたくないけど、俺のことだけ、キレイさっぱりね」

     ふふ。拗ねないでよ。そう言ってまたキスをしてから、言葉を続ける。

    「でも、泉ちゃんのことを忘れてた時の記憶はしっかりあるのよ」
    「ふぅん」
    「ふふ。……アタシ、泉ちゃんのこともう一回好きになってたから笑っちゃったわ」

     いま思い返せば、そう。アタシはまたしても泉ちゃんに恋をして、好きになってしまってた。凛月ちゃんとカフェでお話してたときに、「泉ちゃんのきもちを知るのが怖い」って凛月ちゃんに相談したのだって、人生で2回目。

     今になってあの時凛月ちゃんがニヤニヤしてた理由が解ったし、本当は恥ずかしくて忘れさりたかったけどそうもいかない。

    「…………」
    「だから、ね。許してちょうだい」

     甘えるようにその唇にちゅう、と吸い付いて、名残惜しさを感じるような音を立てて唇を離す。

    「……死ぬかと思った」
    「うん?」
    「なるくんが。俺のことだけ忘れちゃったとか。……もう二度と勘弁して」
    「ん、」

     そう言った泉ちゃんがアタシのうえに乗りかかってきて、呼吸も奪われるような深いキスをされる。

     心なしか震えてる声が可愛くて、寂しい思いをさせてしまったことに対する罪悪感と、それから少しの嬉しさで心が満たされる。


    「……なるくん、」
    「なぁに、泉ちゃん」
    「……もっかい言おうか」
    「そうねェ。また聞かせて」

     ふふ、とお互い笑い合いながら、鼻の先と鼻の先を擦り合わせてじゃれ合う。きっと聞かせてくれるのは『あの言葉』。

     アタシの記憶にもちゃあんとあって、だけどまた聞かせてくれるのならば何度だって言ってほしい。

    「……俺とずっと一緒にいよう、なるくん」
    「ふふ、」
    「……結婚しよう」
    「はい」

     あの時とまったくおんなじ。

     少しの気恥ずかしさと、甘酸っぱさと。
     それから、こんな時に痛感しちゃった、どう足掻いたって泉ちゃんをぜったいに好きになってしまうってこと。

    「泉ちゃん、大好きよ」
    「……もっと聞かせて」
    「あん、……ちょっと、泉ちゃんのエッチ」

     服の下に手を差し込まれ、やわりと撫でられる久しぶりの感覚に体温が上がる。

    「……アタシのこと、これからもたくさん愛してね」
    「その言葉、そっくりそのまんまお返しするけど」

     どこか嬉しそうな泉ちゃんの柔らかい微笑みに胸をきゅんとときめかせながら、何度だって恋に落ちてしまう目の前の運命の人を抱き締めて、久しぶりの熱に浮かされ蕩けるほどに愛し合ったのだった。


    おわり


     



    言い訳ーーーーー
    せっかくの記憶喪失ネタなんだから、もうちょっと丁寧に書けたらよかったなぁ。次回に期待!ってことで供養🙏
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