アラビアンパロのせななる 今日もいつものようにきらびやかな衣装を着て踊る。美しいアタシ自身を見せつけて、お客さんからお酒を注がれて、チップを貰って。なに不自由ない生活だけど、それ以上も以下もない。お店の人は良い人だけど、ここにあるのは雇用関係だけ。おさない頃にこの旅団に拾われて、お金になるアタシたちは使い物にならなくなるまでここから逃げ出せない。
おまけにアタシ自身には特殊な『病気』にかかってるから、きっと死ぬまでこのまんま。
チップを握りしめたお客さんが、「注いで」とアタシにリクエストする。それにニコリと笑って見せて、空のグラスに唇を近付け、口の中に湧いた唾液をとろりと吐き出せば、こぼれ落ちるそれがみるみるうちにキラキラ光る宝石に変わっていくのだ。
アタシの『病気』、それは、アタシから流れ出る体液すべてが宝石に変わってしまうこと。その宝石は一時的なものではあるのだけれど、それでもその美しさには価値がある!なんてお金持ちの人たちが国内外問わずこぞってアタシを見に集まってくる。
「ちょうだいな」
一通りその行為を終えてそう言いながら胸元を差し出す。そうすれば、元々手にしていたチップに加えて更に追加されたそれが、アタシの衣装の隙間に差し込まれる。
「なぁ、金ならいくらでも出すから。今夜どうだい?」
「うふふ、ありがと。でも駄目よ、アタシは誰のものにもならないの」
そう言ってウィンクをしてからくるりと踵を返しステージの上へ戻り、周りの仲間に合わせてパフォーマンスを続ける。
そうこうしてる間も、ずっとアタシのことを見つめ続ける痛いぐらいの視線が気になっていた。一ヶ月ほど前から、ふらりと現れた綺麗な人間。どこか見定められているような、見下されているような視線が居心地悪い。氷みたいに冷たい瞳でアタシのことを見てるくせに、声をかけたり何かしてきたり、なんてことはしてこない。
(なんなのよ、あの人)
何故かはわからないけど居心地悪い。
見られるなんて慣れてることなのに、どうしてかわからない胸のざわめきに今日ももやもやとした気持ちが止まらなかった。
2.
「えぇっ、みかちゃん!本当に!」
「えへへ、そうなんよ」
「おめでとう、なんだか自分のことのように嬉しいわァ」
「ありがと、なるちゃん」
旅団の仲間で、大親友のみかちゃんから聞かされたのはとてつもなく嬉しいニュースだった。ずっとこのお店に通い続けてた彼が、みかちゃんを『買う』と申し出たのだ。
みかちゃん自身もあの人に恋をしていたのは知っていたし、お店が終わったあとに隠れて会って、その日言われたこと、はじめてキスをしたこと、恥ずかしそうに話ししてくれるのがアタシは大好きだった。
「でも、寂しくなるわ」
「……なるちゃん」
「アタシ、みかちゃんから聞くあの人の話が大好きだったの。もう聞けないのかァ」
「そんなことないで!ここ辞めても会いに来るし……」
「ううん。いいのよ、みかちゃんが幸せなのが一番大切。本当に良かったわね」
本音を言うと、羨ましい。恋をしているみかちゃんはどんどん綺麗になっていったし、何よりも頬を染めながら彼のことを話すみかちゃんは何よりも愛らしかったしね。
「……なるちゃんはどうなん?」
「え?」
「その、好きな人とかおらんの?」
「好きな人ねェ」
そんな時に頭に過ぎったのは、何故かあの氷みたいな瞳をしたあの人だった。話もしたこともないのに、どうしてかしら。
「いないわよ」
それに。
「アタシは恋なんて無縁だもの」
アタシ『自身』を求めてくれる人なんてこの世にいない。そんな寂しいことを思いながらも、みかちゃんの横顔を見つめながら親友の門出を祝ったのだった。
3.
今日はお休みの日、みかちゃんにプレゼントを買うために町へと繰り出していた。
いつもは着ないような地味な色のマントを被って、暑い日差しに焼けてしまわないよう深くフードを被りこむ。
みかちゃん好みのアクセサリーが良いかしら。あの子はぬいぐるみも好きだからそういうのでも良いんだけど、なんて、露店に並んだ商品を品定めしていたその時だった。
「ねぇアンタ、……これ、落としたよ」
「あら、ありがと、……って」
差し出されたのはアタシが愛用しているハンカチ。その手を辿って顔を上げれば、なんとそこにいたのは店に来ていたあのお客だったのだから言葉が詰まった。
「え、」
「あ、」
この反応は本当……?アタシに気付いたらしいその人も、まさかみたいな顔をして目を見開いている。オフの日までつけ回してくるお客も中にはいるし、あまり信用はしたくないのだけど。
「……あなた、いつもお店に来てくれてる」
「ふぅん、覚えてたんだ」
むっ。どうしてか、そんなたった一言から感じる上から目線につい反抗したくなってしまうのはどうしてかしら。
「いつもいつもアタシのことばかり見つめてるんだもの、あんなに熱い視線を送られたら誰だって気付くわァ」
アタシを意識して見てるのはあんたの方でしょ?と言わんばかりにつん、と言い返してみせれば、少しだけ口角を上げたその人が意地悪な笑みを浮かべた。
「別にそれでも良いけど」
「何よその言い方」
「じゃあまたね」
あら、意外とアッサリ。真夏の太陽に似つかわしくない白い肌に冷たい瞳。涼しい風が吹いたかのようにアタシの前からいなくなっちゃったその人の背中を見つめながら、またしても感じる胸のざわめきに心臓のあたりを抑えたのだった。
4.
「あぁ嫌だわ。今日はステージに上がりたくない」
「なるちゃん、お腹痛いとか言って休んだ方がええんやない?」
「……そうだけど、それはそれでムカつくし」
アタシが乗り気じゃない理由。それは、今日のお客さんの中にやたらとアタシを気に入っている富豪のお偉いさんが混ざってるから。どうせ店に出た瞬間にお金を積まれて、今日が終わるまでずぅっとアタシはその人の隣に座らされてるだけ。
アタシが嫌だって言ったところで、旅団のオーナーも太客だって解ってるから「行ってこい」としか言わない。
「はぁ」
最後に大きな溜息をひとつ吐いてステージへ上がる。そうすればその人がボーイを呼びつけて、さぁいつもみたいにアタシに声がかかる。派手な遊びをする人だから、他のお客さんは『この日』を楽しみにしているとこもあるから質が悪い。
「嵐」
「はい」
解ってる。これは仕事だもん。ボーイに名前を呼ばれいつもみたいにお偉いさんの隣に座る。精一杯の笑顔を取り繕って、どうせこんな嫌な時間が続くならこの客から絞り取れるだけ搾り取るだけ。そんな思いで肩を抱かれ、「会いたかったよ」なんて臭い言葉を吐いてくるその人に肌を撫でられ、アタシの口元から溢れる細やかな宝石をその手のひらに吐き出した。
そんな時だった。
「失礼します」と一言添えて、ボーイがアタシの元へとやってくる。何かしらと思えば、「あちらのお客様へ」だなんて言うのだから一瞬なにが起きてるかわからなかった。
アタシの隣に座っていたその人も、「はぁ?」なんて顔をしているのだから当然だ。この人にお金で上回る客なんてここにはそうそういないし、それをいったいどこの誰が……?そう思い、案内されるままにその席へと足を向ける。
「えっ……」
「どうも」
そこにいたのは、なんとあの銀髪の青年だったのだから驚いた。どこにそんなお金が……?なんて心配しながら、「ちょ、ちょっと……大丈夫なの?」なんて突然声に出してしまった。
「はやく座りなよ」
「え?あぁ、えっと……はい」
ちょこん。まるでアタシらしくもない。なにを要求してくるでもないその人の横に座って、アタシは居心地悪くステージの上でパフォーマンスをする仲間たちに視線をやるだけ。
「……居心地悪い?」
「うん」
「なんで」
「……だって、座ってるだけだなんて」
「じゃあ何か楽しいことでも話して」
「そ、そんなこと急に言われても困るわァ」
グラスに唾液を注げなんて言ってこないし、肩に腕を回してくることも、セクハラまがいの台詞を囁いてくることもしない。
ただひたすらにまったりとした時間を過ごしながら、この前町に繰り出したときに見たもの、買ったもの、オシャレなスイーツの話だとかそんなことを喋ってしまっていた。
「泉」とだけ名乗ったその人を、なんとなく「泉ちゃん」なんて呼んでしまうぐらいにはアタシは心を開いてしまっていて、最初に感じていた居心地の悪さなんて忘れて夢中になってお喋りをするだけ。
たのしい。泉ちゃんが教えてくれる、アタシの知らない外の世界の綺麗なものだとか、たったそれだけの時間が信じられないぐらいに楽しかったのだ。まるでみかちゃんと喋ってるときみたい、お友達と話ししてるみたいな、そんな錯覚さえ覚えてしまう。
アタシを「なるくん」と呼んだ泉ちゃんが、「またね」と言ったところで今日のこれは夢だったんじゃないかってぐらい「普通の日常」だったのだ。少しだけ寂しさを覚えながらその背中を見送って、ふわふわとした気持ちのままこの日の仕事を終えた。
5.
(……今日は泉ちゃんは来てなかったなァ)
なんて、お客さんの中に泉ちゃんの姿を探すようになった頃には、アタシはすっかり忘れてしまっていたのかもしれない。アタシ自身の、特殊な能力の価値に。
営業を終えて、ちょっとだけ夜の風の涼しさを浴びようとお気に入りの高台へと足を向けたその時だった。突然背後から男に抱き締められて、反抗をする前に口元を覆われたハンカチによって何かを吸わされてしまい意識を失ってしまったのだ。
次に目覚めたときには視界は真っ暗で、布で目元を覆われ、おまけに手足を拘束されていることに気が付いた。
そこで思わずゾッとする記憶が蘇る。幼い頃にもこうやって、誘拐されたときに無理矢理精通させられたアタシは何者かによって大人たちの見世物にされたのだ。
アタシの先端から溢れたそれは、海のないこの国でとても貴重なパール粒となって転がっていく。興奮した大人たちのそり立つそこから吐き出された白濁を身体中にかけられて、泣きわめくアタシの目元から溢れるそれは次々に色とりどりの宝石へと変わっていく。
「……やだ、誰よ」
「…………」
そんな記憶のフラッシュバックに思わず泣きそうになりながら、そこにいる複数の人間の気配に、お尻を突出すような形で縛られ吊るされたつま先が恐怖で震えるだけだった。