となり『夕食はオレが奢るから。ラーメンでいいかな?』
礼と共に任せる、と返して数十分。届いたメッセージを見返しているうちに、元気の良い足跡を響かせながら送り主が現れた。
「やあ、セス。もうしばらくかかると思っていたところだよ」
「思ったより早く着いたみたいだな、良かった! ほら、これ」
爽やかな声と共に突き出された大きな袋からは、カラフルな何かが透けて見えている。あまりにも見慣れたそれは。
「ありがとう。……珍しいね。インスタントラーメンはあまり好きじゃないものだと思っていたけれど」
「たまには、こういうのもいいかと思ったんだ。それに、今日はカップじゃないぞ。ほら、袋麺だ! これなら、テイクアウトとそう大きく変わらない……よな?」
「…………確かに、そうかな?」
隣の店舗に聞こえやしないとは分かっていても、少しばかり小声になってしまう。もちろん、僕は六分街のラーメンが一番だと思っているとも。
心の中で言い訳しながら袋を覗き込んでみれば、派手な色合いの新商品から無難な定番ものまで、思っていたよりも多種多様だ。選択肢が多いと迷ってしまうと言う彼のことだから、悩む前に目に付いたものを買ってきてくれたのかもしれない。
「何を食べる? オレのも選んでくれよ」
「僕に任せて良いのかい?」
「キミのセンスを信じてるからな」
そう言われては、変わり種を選ぶ訳にもいかなくなった。妙なセンスだと思われてはたまらない。
「……わかった。用意したら向かうから、部屋で待っていてくれるかい? 何か良い映画を見繕っていてほしいな」
「うーん、オレに選ばせるのか……?」
「僕も、君のセンスを信じているからね」
意趣返しのように言ってみせると、セスは店内をうろうろし始めた。自信なさげに萎れた耳としっぽが、感情をありありと表している。このラーメンが出来上がる数分の間で、果たして何か見つけられるのだろうか。
――結局、知っている中でも一際定番の商品を選んでしまった。スープが溢れないよう、慎重に階段を上る。店内からセスの姿が消えていたから、きっと何かいい発見があったのだろう。この短い時間で選ぶとは、相当な決め手があったのかもしれない。
「アキラ、大丈夫か?」
扉の前まで差し掛かったところで、内側からドアが開いた。シリオンの聴覚は、僕の足音程度すぐに拾ってくれるらしい。
「ありがとう。実を言うと、セスが恋しくて泣き叫んでしまうところだった」
「な、……キミは本当に……」
もごもご言いながら、セスは僕の代わりに扉を閉めた。以前に比べたらリアクションは薄くなったのかもしれないけれど、まだ上手くかわしきれないところが好きだ。いつまでもそのままでいてほしい。
くだらないことを考えながらトレーを置くと、湯気と共に美味しそうな匂いが立ち上る。我ながらちょうど良い加減だ。
「それで、セスは何を選んでくれたのかな」
「……ああ、ほら! これにした」
掲げたパッケージにはチャーシューがたっぷりと乗った……ラーメン?
「今から食べるって考えたらさ、ぴったりだろ」
「なるほど、これは掘り出し物を見つけたね」
一体どんな内容だったか。思い出せないままデッキにセットして、箸を手渡す。
「さあ、のびる前に食べてしまおう」
「そうだな。いただきます!」
律儀に手を合わせたセスは、ふうふうと冷ましながら麺をすする。少し熱すぎただろうか? 額には汗で髪が張り付いている。
「うん、美味い! アキラに頼んで良かった」
「そうかな? 確かに美味しいけれど」
「そうさ。キミが選んでくれたことに意味があるんじゃないか」
セスは、こういうぐっとくる言葉をさらりと言ってのけることがある。僕がどれほど心を掻き乱されているか、きっと気付いていないだろう。というか、気付かないでいて欲しい。
「なんでもそうだと思わないか? 何をするか、も大事だけど。誰とするか、も大事だって」
「……つまりセスは『僕と』食事をするのが好きだって話かな?」
「まあ、そういうことだな。やっぱり、一人で夜勤中に食べるのとは全然違うよ。今日こうして分かったけど、どこの、とかじゃなくてさ……キミと一緒に食べるラーメンが一番美味しいな」
どうにか僕のペースに持ち込みたくて、わざとからかうように言ってみせたのに。あっさり肯定されてしまったらどうしたらいいんだろう。
「……アキラ、スープが熱過ぎたか? やけどでもしたのか」
口元を覆ったまま、僕はただテレビを見つめることしか出来なかった。そんなの、どんな愛の言葉よりも熱烈じゃないか。
大将には悪いけれど、僕も『セスの隣で食べるラーメン』を最高の一杯にさせてもらおう。