愛する貴方の地に足が届かない(プロローグ)視界の片隅に捉えた仕事中の恋人に、新一は珍しく足が止まった。
ちょうど休日で人通りが激しい道の真ん中で、突然立ち止まっては迷惑だろうと、すいすいと人を泳いで街路樹に背中を預ける。そして「ふむ」と、新一は顎に指を当て、いつもの推理のポーズをとった。
江戸川コナンから工藤新一へと戻り、それから直ぐに降谷から押せ押せでアピールされてから付き合って、既に五年。降谷と新一は未だ身体の繋がりの無い、プラトニックな交際だ。
始めは新一が未成年だから触れてくれないのかと思っていたが、新一が目出度く二十歳を迎えてもレストランでの豪華なディナーやプレゼントはあれど、そのままベッタベタにホテルで一夜を過ごす事も無く、普通に自宅へと送られて別れに軽いキス。アルコールを飲まなかった降谷は、颯爽と愛車を走らせて帰ってしまった。
悩んだ新一は悪友たちにそれとなく、彼等にはバレバレの相談をしたところ「真面目そうだし、学生だから手を出しにくいのでは?」と答えを貰い、それならばと同棲まで漕ぎ着けた。自宅で降谷からの連絡を待つより、一緒に住む方が確実に接触や隙が増えるので、もしかしたらチャンスがあるかもしれないと思ったのだ。
なんて男らしい下心を持って、大学入学と共に降谷のマンションに転がり込んで四年。院に進まず卒業し、同時に開設した探偵事務所について、手作りの御馳走で祝われただけで、その後は特に進展も無く、いつも通り大きなベッドに並んで眠って一日が終わったのだ。
これには流石の新一も「あれれ~? おかしいぞ~?」である。
指先で、掌で、手の甲で、触れること。思いっきり抱き締めること。舌を絡める深い口付け。戯れ合いの甘噛み。
ここまでは許されるのに、肝心な部分には決して触れさせないし触らない。
自分に魅力がないのかと、恥を忍んで母親に美容や男性相手のアピールに関するレクチャーをしてもらった。
男としての体力や野性味は降谷や赤井を筆頭に、素晴らしい男たちを知る新一には到底無理だと知っていたので、父親に頭を下げて知識や人脈、紳士としての所作振る舞いを磨いた。
その他あらゆる伝を使い、新一は頑張ったのだ。降谷へのアピールも、自分磨きも。
成人したら。大学を卒業したら。自分を磨いて魅力的な人間になれば。
そんな頑張りが、いま何処かでポキリと折れてしまった音を、新一は聞いてしまった。
捜査の一環として深くまでハニトラをしている降谷のことを、新一は理解しているつもりだ。
もちろん初めから理解していたわけでは無く、とある事件で知り合った、今では友人の女性が呟いた一言で、新一の感覚が揺らいだのだ。
新一が暴いた事件の真実の一つに、彼女の恋人に関しても含まれており、それは降谷の立ち位置によく似ていた。
彼も正義のために裏社会に潜っていたのだが、怪我をしてそれが難しくなると表の社会であらゆる仮面を被り、情報の為に関係を保つ事もあるらしい。
それについて新一が嫌ではないのかと尋ねると、ホッとしたような寂しそうな微笑みで言ったのだ。
「でも、命が奪われるよりずっと良い」
新一は言葉を咀嚼するように、ゆっくりと瞬きをした。その様子を彼女は愛しげにふふっと笑うと、はぁと溜息をついて曇り空を見上げた。
「当たり前だけど、仕事の事は私には分からない。彼が何処にいるかとか、次にいつ会えるかとか、もしかして危険が迫っているかもとか、今にも……今にも死にそうじゃないかって不安になるよりも……」
彼女の黒い瞳が空から新一へと戻る。
「例え私じゃない誰かに愛を囁いて、私じゃない女や男とセックスしてたとしても」
声は弱く、苦しげな呼吸なのに、彼女の瞳は何処か安堵しキラキラと生命の強さを感じた。
「死なない方が、ずっと良いの」
柔らかな胸の前で作った小さな拳。ブルブルと震えている掌に、何が入っているのだろう。何を守っているのだろう。
愛する彼の命。それとも彼女の心だろうか。
その日、新一は別の女性を抱いた降谷を拒まず、初めて抱き締めて眠った。
黒い瞳の彼女は愛する恋人の肌を知っている。熱を知っている。
いま目の前で腰を抱かれている降谷のターゲットは、新一が知らない恋人の肌や熱を知っている。
降谷は恋人である新一の肌も、熱も知らない。でも他人の熱は知っている。
恋人である新一は愛する降谷の肌も、熱も知らない。誰も知らない。
仲間外れに気が付いて思わず乾笑いが出てしまい、顎に触れている指で口元を覆う。溜息が出てしまいそうだ。
「どーすっかな」
魅力がない。性に疎く知識がない。馴れてない。ハニトラで発散して新一とはしたくない。やっぱり同性は無理だった。
ぐるぐると、大学を卒業してから一年考えた答えのない理由が、頭を泳ぐ。
元々性的なことに淡白である新一だが、好きな相手とは触れ合いたいし、若いせいか欲も直ぐに溜まる。
しかし降谷はどうだろう。年齢的にガツガツはしていないだろうし、任務でハニトラをしているのならば欲のコントロールもしている筈だ。仕事で発散してしまうから、新一とはプラトニックが心地良いのかもしれない。
降谷からキスをして抱き締めてくる事が多いので、新一が嫌いになった訳では無いだろう。
そうなると“同性と身体を繋げたく無いが、新一を愛しているのでプラトニックな関係でいたい”が正解に近い気がした。
「うーん」
つい唸ってしまう。
目の前のブティックへ入って行く仕事中の恋人は、甘えるようにしなだれかかったターゲットをあやす様に肩を抱き、耳元で何かを囁いている。それに何度も頷くターゲットの女性は、蕩ける瞳で新一の恋人の頬にキスをした。女性の店員や客は、それを羨ましそうに見ている。
そんなガラス越しの風景を、まるでテレビか映画を観ているような心持ちで眺めていた新一だったが、ふと、こちら側の自分を思って目が醒めた。
降谷を想い、隠れて処理して情けなる夜。アピールしてもやんわり拒まれる日々。降谷が抱いた女性に嫉妬してしまう醜い自分。
「生きていれば良いなんて、嘘だ」
このままズルズルと関係を続けて、ハニトラをしなくて済む階級へ行った降谷を考えたとき、新一がどうなっているか思い浮かばないのだ。未来が楽しみじゃないなんて、新一は初めて恐怖を感じた。
童貞なことも処女なことも、新一には恥ではなかった。愛する人が相手じゃなければ、意味がないから。
でも身体を求めていない相手に欲をぶつけず、無償の愛情だけを捧げて生きて行くなんて、難しすぎる。
ターゲットの女性が大丈夫なら、結婚して組織の出世街道を走る方が絶対に良い。仕事が出来て顔も良い。性格も悪くないし、上司にも部下にも信頼されて有能な男だ。
女性と結ばれて家庭を持ち、子供をたくさん育てて良い父親になるに違いない。
新一との未来は浮かばなかったのに、降谷と知らない女性の未来はこんなにも容易く浮かぶのだ。
きっと、これが答えなのだろう。
「パスポートは……実家か。身分証とか……あー全部実家の金庫だった。なら問題ねーな」
知らない女性を抱き締めている降谷を想い、ひとりなのが寂しくて泣いた夜。拒まれ続けて臆病になり、降谷に対して欲を見せないよう緊張した時間。
「降谷さんありがとう。元気で」
降谷を愛した五年。
誰かと歩く姿に失恋し、また恋をした1826日。
好きでいようと決めた43829時間。
新一を傷つけ愛した大切な157784760秒。
黒い瞳の彼女が握り締めたように、新一もギュッと拳を作る。不思議と涙は出なかった。
この日、降谷の恋人はマンションの荷物もそのままに、姿を消した。
他人の物になったビルの一室にも家具はそのまま残されており、唯一探偵事務所のプレートが無いだけだ。
新一だけが、まるで初めから嘘だったかのように消えてしまった。
ピチチ、ピチと小鳥たちのさえずりが耳に届き、新一の思考は薄っすらと覚醒した。続いて感じたのは大好きな珈琲と、パンが焼ける香ばしい匂い。
柔らかな光と美味しそうな匂いに包まれて、新一はうっとりと自分の体温が移った毛布に頭まで潜り込んだ。
そして「そうだ朝食はパンにしよう。あれ?パン、まだあったっけ?」と思ったところで、ガバリと起き上がる。
寝たときは一人であったこの家で、何故自分が料理していないのにパンや珈琲の香りがするのか。そんなこと考えるまでもない。
「降谷さん!」
行儀悪く寝室の扉を乱暴に開けリビングに駆け込むと、そこには予想通りキッチンに立つ恋人の姿があった。
白い無地のTシャツに灰色のスウェットパンツ、そして色違いのお揃いである紺色のエプロンを着けた降谷は、新一の顔を見るとふわりと優しく微笑み、キッチンから出てくると両手を広げる。
新一は迷わずその胸に飛び込んで、ぎゅうっと両腕で抱き締めた。
「おかえり!今回は早いんだな」
「ただいま、新一くん。やっと粗方片付いたんだ。今日午後に少し出たら、また毎日帰ってくるよ」
「マジ?!じゃあ一緒に夕飯食べれんの?」
「うん。何食べたい?下拵えする時間もあるから、少し凝った物も作れるよ」
とろりと溶けそうなほど甘い瞳で見つめられ、新一にはいつだって優しい掌が前髪を撫でる。そしてちゅっと額に軽くキスをされた。
久し振りに会えて嬉しい気持ちと恥ずかしさに体温が上がった新一は、思わず目の前の降谷に抱き付いて顔を隠す。
けれども恋人は追い掛けるように、今度は頭に何度も口付けるので、新一はむずかる赤子のように意味のない声を上げてしまう。
「帰るの遅かったんだろ?それなのにパンまで作って……今日はすぐ帰るから、久し振りに一緒に飯作ろうぜ」
「流石は名探偵、何でもお見通しだ。ちょっと気分が篭ってね、作ったらスッキリした」
「まさか寝てねーなんて……」
「ちゃんと君の隣で眠ったさ。新一が僕の場所を空けといてくれたからね」
パチンと俳優並みの決め顔でウィンクをする恋人に、新一はついジト目をしてしまった。作られたような爽やかな笑顔は完璧で、珈琲の香りと相まって、あの懐かしい安室を思い出す。
「さあ、顔洗って元気な寝癖を直しておいで。珈琲はホット?アイス?」
そんな新一の気持ちを知ってか知らずか、ご機嫌な様子でキスをしていた髪を撫で、背中をポンポンと叩く。顔を見ると、もう安室は居なかった。
それに少しだけ寂しいような、ホッとしたような気持ちに胸が騒ついたが、今朝ばかりは迷う選択に、直ぐ様興味が持っていかれる。
いつもなら間髪入れずにアイスなのだが、久し振りなので香りも味わいたい。迷った挙句、新一は「うーん……あい、ほっ…アイス!」と、子供のような返事を言い残し、来たとき同様にバタバタと走って洗面所へ向かった。
「ん……夢、か」
カーテン越しの光に照らされ、新一は目を覚ました。きっと香ばしいパンの匂いに誘われて、思い出したのだろう。
あの日とは違う、照明の無い真っ白な天井を見ながら、ググッと伸びをする。そのまま勢いをつけて起き上がれば、スプリングが利いたベッドは楽しげに上下し、新一の体を揺らした。
欠伸をしつつパジャマの上からカーディガンを羽織り、道すがらの洗面所で顔をささっと洗ってうがいを済ませ、パンの匂いがする場所へと向かう。
「おはよう」
「……はよ」
リビングとダイニングルームへと続くステンドグラスのドアを開くと、ダイニングルームで新聞を広げていた父親の優作と目が合う。それに返事をしつつ同じテーブルに着くと、キッチンから母親の有希子が出てきた。
「おはよう新ちゃん。化粧水は?」
「んー……」
言われて思い出したが、正直面倒くさい。
言葉を濁しながらテーブル中央のパンかごに手を伸ばすが、ズズズ…と、まるで猫じゃらしのように遠ざけられてしまう。それならばと、珈琲ポットへ手の向きを変えるが、早々にヒョイっと持ち上げられてしまった。
思わずムッと眉を顰めると、恐ろしく美しい笑顔を浮かべた有希子が、優しい口調でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「新ちゃん、買ったものは最後まで使いましょうね。母さんが言わなくても出来るでしょう?さあ、ちゃんとケアしてきなさい」
「……」
横目でチラリと盗み見た優作は、巻き込まれまいと我関せずの姿勢で新聞を読んでいたが、間違いなく同じ被害者であろう。両親ともに昔から肌は綺麗だったが、変わってないどころか、心なしか若返っているような気さえする。
しかし我が母親ながら、昔から男達まで美容を極めさせようとする心積もりには恐れ入る。
「新ちゃん?」
「……はぁーい」
「よろしい!今日はお姉さんと買い物に行きましょうね!」
こんなに大きくなった息子でもコナン時代の返事は可愛いと思うらしく、漫画やアニメならば“パアァァ!”と花を飛ばす勢いで機嫌を直し、まさかの「お姉さん」発言を残してキッチンへと戻っていった。
新聞に隠れて笑いを堪える優作を「おい、アンタのパートナーだからな!?」と恨めしげに見つめ、しかし幾つになっても母親に頭が上がらない新一は、いそいそとバスルームへ足を進めた。
今朝方に見た夢と同じく、しかし日本とは違うバスルームの洗面所へ来た新一は、文句を言いつつも大きい鏡に向かい合っていた。
夢とは正反対の不機嫌そうな顔が映っている。我ながら可愛くない顔だ。
「買ったも何も、母さんが無理矢理連れ回して揃えたんじゃねーか……」
両親が使うバスルームには、母親である有希子が拘って揃えたアンティーク家具が置かれているが、新一に用意されたバスルームに家具は元より、備え付けの棚なんて便利な収納は無い。
無駄に広いアメリカの家には、夫婦用、新一用、そしてゲスト用にバスルームとベッドルームが用意されているのだが、他の部屋と違い、新一の部屋はホテルのように物が無くシンプルだ。
なのに、洗面台の鏡の前だけはズラーッとメンズ用のスキンケア用品が並び、コットンやフェイスパック、日焼け止めまで所狭しと置かれている。綿棒と歯ブラシセットの肩身の狭さったら無い。ここでは石鹸でさえ花畑のような色をしている。
これら全てがアメリカに来た日、有希子に連れ回されて買い揃えられた物なのだから恐ろしい。
片手に収まるこの小さいガラス瓶たち全部で、一体何十冊のペーパーバックが買えるのだろうか。掌に落とした数滴で何ページ、何文字分……と、途方も無い逃避行をしてしまう。
人の価値観とは面白く恐ろしいものである。
「そっか、もう二週間になるのか……」
スキンケアの効果なのか、来た時よりプルプルしている頬に化粧水をのせていく。
あの日、恋人の降谷との別れを決意した日のことだ。新一はその足で探偵事務所が入っているビルに問い合わせ、看板を取ってもらった。
その看板は新一と一緒に彼の嫌いな国へ飛ぶつもりだったが、立ち会ってくれた宮野が引き取ってくれたので、新一は気分がとても軽くなったのを覚えている。多分だが、彼女が身を寄せている阿笠博士の家で保管してくれているのだろう。
米花町の自宅へと帰り、簡単に荷物を纏めて隣に顔を出すと、阿笠は心配そうな顔を、宮野は不機嫌そうな顔をしていた。しかし、その不機嫌は新一に向けたものでは無いらしく、二人して「気をつけて、留守は任せろ」と送り出してくれた。
そんなわけで、新一はバックパック一つ抱えて国境を超えた訳である。
因みに日本を発つ際、出発便を待ちながらケジメの為に降谷へ別れのメッセージを送り、続けて悪友たちや警察関係者などの一部にメールやSNSで連絡したのだが、両親にするのを忘れて電源を切っていた……にも拘らず、到着ロビーで両親が待ち構えていたのは、幼い頃から新一を知る阿笠のお陰に他ならない。新一と別れて直ぐに「アメリカに向かったのじゃろう」と当たりを付け、大事を取って工藤夫妻に連絡したのだ。
母親から聞いたその日に、阿笠と宮野へお礼品を段ボールいっぱいに詰め込んで送ったのは、言うまでも無いだろう。
「降谷さん、メール見たかな……」
新一が送った《安室さんと別れたから旅行に行ってくる。安室さんは悪く無いから、見掛けても絶対絡むなよ。俺も気不味いし》と言う文面は、新一の予想を超えて幼馴染たちに衝撃を与えたらしい。
恋愛沙汰における彼女たちの、いや園子のリサーチ力とフットワークの軽さは恐ろしい。
新一は彼女たちとプライベートでの腐れ縁は勿論のこと、仕事柄頼られて偶に会うこともある。根掘り葉掘り聞かれて口を滑らせない自信が無かった新一は、降谷の了承を貰って飽くまで“恋人の探偵の安室さん”として紹介をしていた。
コナンであった時期のアレコレを話せない分、顔は知っているのに素性がわからず、名前に聞き覚えのない“降谷零”よりも、喫茶ポアロの店員であり毛利探偵の助手だった、探偵の“安室透”の方が顔馴染みで、彼女たちが安易に身元の詮索しないと踏んだからだ。
新一と交際していたときはストッパー役を引き受けていたが、彼が愛して離れられない日本を離れ、降谷の動向を把握していない今となっては、鈴木財閥のコネクションや世良の好奇心を、蘭一人で止められるとは思えない。その為、一応釘を刺す意味で報告したは良いものの、失敗だったかもしれないと頭を抱えている。
電話には出たくなくて、日本を発ってから電源を落としたままの静かなスマートフォンとは違い、一緒に持ってきたタブレットに届くメッセージやメールの姦しさに、少々辟易しているからだ。
別れた理由から傷心を励ます内容になり、気分転換の方法や海外でのオススメスポットの紹介に話題が変わっていく様は、彼女たちのように色鮮やかで目がチカチカする。
こうなってしまったら最後、もう誰にも止められないと長年の経験から心得ている新一は、返事は一切せずに見て見ぬ振りを貫かせてもらうことにした。物言えば唇寒し秋の風、である。
然しながら彼女たちとは反対に、いつもなら揶揄ってきそうな悪友たちが、揃ってだんまりなのが気にかかる。久し振りに飲みに誘って話をしたいところだが、海を挟んでいるので静観するしかないだろう。
後は野となれ山となれ。
折角だから着替えようと部屋に向かい、充電しながら実に二週間ぶりに立ち上がるスマートフォンを眺める。
しかし一件だけ幼馴染の園子から「帰国したときでいいから詳しく話しなさいよね!」と鼻息荒い留守電が入っていただけで、それ以外の着信や留守電のみならず、降谷専用のメールアドレス宛にも返事は無い。
「返事ねーけど、潜ったのか?」
付き合った五年間でも、黒の組織並みの長期の潜入捜査は無いにせよ、突然数ヶ月連絡が途絶えたかと思えば、ふっと帰ってきた事もある。今回もそうだとしたら、最長でも数ヶ月後に了承の返事が来るだろう。
「蛇の生殺しかよ……まぁ、顔見て言わなかった俺の自業自得だけど」
はぁ……と大きな溜め息を吐きながら、別の日に母親に連れ回されたショッピングモールで、馬鹿みたいに買い揃えられた服から適当に選んで身に付ける。
降谷と居たときは、一緒に買い物しては、選ぶのが好きな彼に全部任せていたので、母親が選んだ服を着るのは久しぶりで面白くはある。新一の周囲には、着せ替え好きの人間が集まるのだろうか。
鏡に映る顔は相も変わらず冴えないが、洋服は誂えたかのようにピッタリで品があり、新一にとても似合っていた。
さて、今日は何処に連れて行かれるのだろう。