無題「食事に いかないか」
今日の試合も勝てなかった。とは言え、一部隊壊滅、漁夫からうまく距離を取り、戦況を見ながら動いての3位。
まだ試合を始めたてのテジュンにとっては充実した気分を味わっていた。
「よくやったな!お前確実に上達してるよ」
ずっとデュオを組んでくれているオクタンも背中を叩いて労う。
その勢いのまま、テジュンは思い切って誘ってみたのだった。
一瞬動きが止まったオクタンだったが、試合中とは違った優しい声音で
「いいぜ」
と笑った。
いつも羽織っているコートを仕舞い、僅かしかない私物の中で一番くたびれていないジャケットと、普段は滅多に見ない鏡をしっかり見ながら何度も歯磨きと洗顔と、髭剃りをして慣れないヘアセットもした。
緩めのネクタイも結び直して、
「少しはマシになったか…?」
彼なりの身支度を整え、
「いきなり物を贈るのは…ダメだろうな…」
散々端末で調べたりもしたが、あまり重いのは引かれるかもしれないと今回は食事だけで感謝を伝えたかった。
と言うのも、この男─パクテジュン─が突然apex gameに出場することになってから右も左もわからないでいる所を、見かねたオクタンが銃の種類や構え方など一から丁寧にコーチしてくれたのだ。
しばらくは射撃訓練場で二人、ひたすら慣れていく特訓に明け暮れた。オクタンのストリームを見てあまりのスピード感と激しさに眩暈を覚え、且つ活き活きと楽しそうに跳ね回る姿にテジュンも胸踊らせた。
だからこそテジュンの世話にかかりきりになって試合に出られない状況を心苦しく思ったテジュンは、少しでも早く一緒に試合を楽しめるよう殆ど寝ずに訓練し、デュオで少しずつ参戦しだした所だった。
気性の激しさが伺える試合内容とは異なり、初心者のテジュンに対するオクタンは歳下にも関わらず親身で柔和で、テジュンはそのギャップに驚きを隠せなかった。説明もわかりやすく無駄がなく、きっと頭の回転も良いのだろうと伺える話し方やテジュンのレベルに合わせた練習の組み方、試合も独走せずテジュンの動きを見ながらカバーして共に勝とうと気にかけてくれるのがテジュンにも伝わった。
そして今日初めて、二人で一部隊を落とし先にダウンしたオクタンに足をもつれさせながら駆け寄ると、
「やったぜAmigo!サイコーの気分だ」
頬に傷を作り息の上がった声でテジュンに起こされながら労いの言葉をかけるオクタンに、テジュンは涙を溜めて抱きしめて
「진짜 고마워...」
「なんだって?」
オクタンは悪いわかんねえ、と笑ってテジュンの歪んだ顔を解すように唇を摘んだ。
「喜ぶのはまだ早いぜcompadres.試合は終わってねぇ」
テジュンは少し湿った声を咳払いで吹き飛ばし、オクタンが興奮剤を刺して駆けて行く背中をテジュンは追いかけた。
─────
待ち合わせ場所にあらわれたオクタンは、試合の装備とはかなり違う雰囲気を纏っていてテジュンを驚かせた。
白いシンプルなVネックのTシャツに黒いパンツ。恐らく何本も所有しているであろう義足は初めて見るデザインで革靴を履いていて足音も違う。腕に上着を抱えてカラーサングラスをして、トレードマークのキャップを外した髪型は短く立てられた明るいエメラルドグリーンに所々ブルーのメッシュが入っている。美しくグラデーションカットされたもみ上げから普段隠れている耳が可愛らしく凛々しく生え、小さなピアスが光っていた。
派手すぎず気障すぎず、品の良い出立ちと堂々とした物腰にテジュンの方が慌ててしまう。
「今日は誘ってくれてサンキュな。一人のメシも飽きてたからありがてえよ」
「いや、俺こそ急に誘ったのに来てくれて嬉しい…」
「へへ」
距離感がうまく掴めずにいるテジュンにオクタンは軽く駆け寄りいつものように肩に手を回す。
「力抜けよAmigo」
銃を持った時に言われる台詞だ。
近くなった顔を横目でチラチラと見て頬が熱くなるのを感じる。
オクタンに対する感情はただの敬意だけじゃないとテジュンは徐々に自覚していた。
それをオクタンは知ってか知らずか、気まぐれにスキンシップをしては可愛らしく揶揄って来る。従順に健気に着いてくる歳上、という存在が珍しく楽しんでいるようだった。
──────
レストランは高級までとはいかないがテジュンなりに頑張った店で、コースを二人で楽しんだ。テジュンはオクタンのテーブルマナーや所作の美しさ、場慣れした雰囲気に思わず見惚れてしまった。
興奮剤で叫びながら飛び回る高速兵の風情はそこにはなく、落ち着いた声でテジュンのペースに合わせて会話と食事を楽しませてくれた。
テジュンは感謝を伝えたかったはずが自分が接待されてるようで終始体温があがっているのを感じ、あっという間にデザートのジェラートは胃袋に収まっていた。
「ごめん、持ち合わせないからカードで払っていいか?」
「いいんだ!奢るから」
「奢りは嫌いなんだよ。次どっちが払うんだっけ?ってなるだろ?」
大慌てで財布を取り出すテジュンが
「へ?」
と間抜けな声をあげていると
「楽しかったからまたメシいこうぜ」
白いシャツに浮かぶ胸板のシルエットに、細身に見えて割と筋肉質なんだな…と新しい発見をしたテジュンに、夜道で並んで歩くオクタンも酒のお陰か耳元を赤く染めて親密そうに笑った。
その身体に、腕に、腰に、試合以外の時間に手を伸ばして良いのはいつだろうか。
友にしては近い距離で、でもまだ埋まらない空間を保ちながら二人は夜をゆっくりと歩いた。
「明日も訓練場集合な」
「ああ」
「今日はよく眠れそうだ」
「眠れなかったのか…?」
「ん、まあ平気だ。お前も自主練も程々にしねえと本番でやらかすぞ?」
「……わかった」