wait a minutes「……少しボリュームを下げられないか」
「ああ?」
ドロップシップのブースで、ヘッドホンをして大騒ぎでゲーム配信をしていた俺へのコメントの洪水。画面越しの何万人のファンよりも、俺は後ろの気配に気を取られる。手元のスイッチでマイクをミュートして振り返ろうとすると、ゲーミングチェアの横からヌッと手が出てきて手早くインカメラの接続も切られる。すぐ後ろにある気配に顔をあげると少し眉を顰めた神経質な男の唇があった。マウスに置いた手に腕を絡めてぐいと引っ張り、頬や唇へ軽くスタンプする。
「怖い顔すんなよ、男前が台無しだぜ?」
「…………」
配信中とは打って変わって、ごく親密な、猫撫で声。
俺の配信を止めた主、クリプトは、まだ難しい顔をしたまま、チェアに覆い被さるように両手を置いて俺の唇を追ってぱくんと食べた。
「ンッ……ふ、ぉ」
マイクは切ったし、カメラは切られてる。わかってるけど、たった今まで何万人の前でパフォーマンスしていたのに。突然のキスに心臓が跳ねた。衆人環視じゃないが、舞台袖で幕越しに交わっているような背徳感に、えも言われぬ興奮が増す。思わずモニターの配信画面を横目で確認する。大丈夫。wait a minutesの文字が揺れている。その間もコメントは流れ続けている。
用心深い癖に、この男は突然大胆なことをして俺を混乱させる。でも、そういう所が予測不能で面白い。
俺の口内の弱いところを知り尽くしている舌が、俺の中で暴れる。ぞくぞくと腰に響いてがたんとチェアが揺れた。膝で股間を圧迫され、びくんと腰が跳ねる。
「んんふっ……♡」
やや性急に、強めの刺激を与えられて一気に意識がそちらに傾く。しかしすぐに引き抜かれて、捏ねられた唾液がとろりと垂れるのを、クリプトの指が拭い、そのまま指先で唇を塞いで
「shhh……」
吐息まじりに、唇からゆっくりと発せられる音に、目と耳が集中する。それまで爆音で目まぐるしいゲームをして叫んでいた自分の聴覚や視覚を、静かに掴まれた心地がした。
叱られた猫のように大人しくなってしまった俺を満足そうに見下ろしたクリプトは、当然のように抱き上げて我がブースのソファへと連れ帰り、続きの作業に戻った。
俺はその後を期待してしまって、仕事が終わるのを静かに待つしか選択肢がなかった。
配信は中断して、それきりだ。
アーカイブに残さないようにしないと。