空き教室と俺達出刃亀部隊! ナイトレイブンカレッジの、どこかの空き教室。寮長の仕事や自身の部活動、果ては寮生のかくかくしかじか。恋人同士のはずのリドルと監督生は、すっかりお互いの時間を取れずにいた。
監督生も監督生で、学園長からのおつかい(正直いい大人なんだから身の回りのことくらい自力でなんとかしてほしい)やらグリムの尻拭い、果ては授業の予習復習などにこちらも余念がなく。
我慢の限界に達したリドルに連れてこられた空き教室で、ふたりは久方ぶりの逢瀬を。
「かんとく、──いや、ユウ。その、目を……閉じてもらっていいかい?」
「は、はいっ!」
監督生は緊張で声が裏返っていた。その様を見たリドルはクスリと笑みをこぼし、お互い顔を近づけていく。
しかし、お互いの唇が触れるか触れないか。そんなもどかしい距離で止まってしまう様を覗き見しているリドルの同級生達。
……そんなふたりの恋路を覗き見している人たちがいるのもまた、このナイトレイブンカレッジである。
「うっわ。ここで止まるとか……なんで止まんの?」
「予測するまでもなく、大方緊張で止まってしまったんでしょう。リドルさんのことですから」
「ちぇ〜! なにそれつまんねぇ。噛みつけよ金魚ちゃん」
「フロイド、静かに。そう焦るものでもないでしょう。……ですが僕も大変興味深いです。この寸止め」
「えーっ!! せっかくいいところだったのに!」
「カリム、静かに。……それにしても、リドルもやっぱり人目があるとキスができないのか」
大声を出したカリムを諌めているジャミルだが、彼の手には何故かメモ帳が。曰く、「俺の推しCPはリドルと監督生だからな、ネタを集めておかないと気がすまないんだよ」とのこと。薄い本でも出す気でいるのか。
そんな同級生達の出刃亀を尻目に、顔を監督生から離したリドル。ちょっと待っていておくれ、そう言って教室のドアを開けた。
「覗き見していたのがバレたぞ。リドルの顔が真っ赤だ」
シルバーはそう指摘したものの、女王の怒りを鎮めることにならなかった。
「き、……キミたち。ここで何を……! もしかして……!」
「あぁ、バッチリ見ていた。何なら次のネタ用にメモも取らせてもらった」
「み、見るんじゃない!! それにジャミル! キミは一体ボク達で何をしておいでだい!?」
「ああ、だから次のネタ用にメモも取っていたと」
「今すぐその覗き見とメモを取るのをやめろ! ……あと見るんじゃない!」
覗き見……基、同級生達の出刃亀行為にリドルの顔は真っ赤になっていた。
なおもラギーとフロイドはニヤニヤしながらもリドル達につっかかっていく。
「堂々としてりゃいいんすよそんなもん。やっぱりリドルくんはお坊ちゃんすね〜」
「あはっ! 顔真っ赤〜! やっぱ金魚みてぇ」
ふたりから揶揄われ怒りが爆発寸前のリドル。首をはねてしまうよ! といつ自身のユニーク魔法を発動してもおかしくない。
というよりも既にマジカルペンをふたりに向けているのだから発動も秒読みか。
「リドルさんが止まったことで、監督生さんは一体どう思っているんでしょうね……? 監督生さん、今のご気分は?」
アズールに突然尋ねられた彼女は率直に本心を言うことにした。
「本音を言うと、ちょっと期待は……してたんですけど」
本音を聞いたカリムは監督生の頭を撫でてこう言った。ジャミルはその様をメモ……スケッチし始めた。
その点でいえば、むしろジャミルはパワーアップすらしている。
「よかったなリドル! 監督生の方が度胸があるじゃないか!」
「カリム……、お前はもう黙っていろ。それにしても、形勢逆転だなリドル」
主人を宥めつつ、ジャミルがスケッチの手を止めた。ジャミルに続けて今度はジェイドやシルバーまでも意見に同調し始めた。
「ふふ。それでは……監督生さんからリドルさんに迫ってみるのも一興かと」
「俺もそれには賛成だ」
リドルは内心焦っていた。同じ部活に所属し、この場でなら諌めてくれるであろうシルバーですら、ジェイドの悪ふざけに乗っかっている。
味方がいない……! と、ある意味羞恥を隠しきれないでいるリドル。それを監督生は呆然と見つめていた。
「あっ……ち、違うんだ監督生……! べ、別にというか、け、決して嫌なわけではなく……!!」
「えっと……じゃあ、ちゃんと……お願いします?」
呆然と見ていた監督生だが、逢瀬を果たすのなら今しかない! と覚悟を決めた。お願いします? と何故か疑問文で返してしまったが。
「おーっ!! 監督生くん攻めるじゃないッスか! 頑張れ〜!」
「やっちゃえやっちゃえ小エビちゃん! 金魚ちゃんの反応、ぜってぇ面白え〜〜!」
なおも調子に乗るラギーとフロイド。そんな様をアズールは他人事のように見てはぼやいていた。
カリムに至ってはリドルを応援すらしている。宴でも始める勢いだ。
「はあ……。僕は当事者でも何でもないのですが、柄にもなく緊張してきましたよ」
「頑張れリドルー!」
同学年たちの囃し立てにげんなりしていたリドルに、予定調和を嫌うジェイドが一石を投じた。
一度ジェイドに同調したシルバーも、眠気が覚めてしまったようだ。
「さて、次は動けるかどうか。勝負所ですが……」
「俺は眠気が飛んだ」
真っ赤になったリドルはマジカルペンを一旦下げ、出刃亀部隊を全員教室の外へと追い出そうとする。
これ以上はもう限界だ! とでも言わんばかりに。
「……っ、も、もう全員出ていってくれ!」
見られただけでも限界なのに。ふたりきりの久しぶりの逢瀬なのに。どうしてそれらを同級生達といえども、他の男に見られなければならないのか。
お互いが想い合っているところを、自身に目を向けている監督生を、他の誰にも見られたくない!
リドルの必死の想いは、誰にも負けなかった。その様を見ていた監督生は、ふふっと笑い出した。
「ふふっ、もう先輩は可愛いなぁ」
リドルは監督生の『可愛い』という言葉を聞き逃さなかった。中性的に見える彼にとって、好いた女子、況してや自身の恋人から可愛いと言われることは最早地雷原にも等しかったのだ。
そんなことなど知る由もない監督生は、リドルと同級生達のやりとりを見て笑っていたが、意地悪な子どものような笑みをするリドルに、ひとり辟易する。
「誰が、何を、可愛いだって? そんなにボクのことが可愛いと思えるなら、キミにはちゃあんとわからせなければならない。それに……今度は誰の邪魔も入らないように、ボクの部屋に行こう」
一呼吸も置かずにリドルはそう言うと、監督生の背中と膝裏に両手を入れて、彼女を姫抱きする。そうして、空き教室を後にした。
廊下から、恥ずかしいから降ろしてください! だの、ハートの法律第〇〇条……であるからして今キミを降ろすわけには……という、恥ずかしいやりとりをふたりが去ったあとの同級生達は静かに見つめる他なかった。
翌朝。
いつものようにメインストリートで登校しようと待ち合わせをしていたエーデュースたちは、自身が所属する寮長と、懇意にしている同級生が何故か姫抱きで登校している様と。
囃し立てるラギーとフロイド、予定調和を嫌うが為にそれ以上のドン引きするような行為をクラスメイトに提案するジェイド、どっちを応援しているのか最早わからないカリム。
その様をまたもメモしているジャミルに木陰で眠るシルバー、もうツッコミすら放棄しているアズール……。
いつもなら、監督生!? お前これどういうことなの!? とひとこと突っ込んでいたかもしれない。だが、あまりの上級生達のカオスな様を目の当たりにしたエースは死んだ目を向けこう言った。
もう、わけがわからないよ、と。