〝進むなら、守り抜け〟
ゾットの塔に囚われたアルカソーダラ族の救出報告をした後、ヴリトラさんに呼び止められ、投げかけられた言葉を心の内で繰り返す。この道を進むには犠牲が付きまとう。これまでも、これからも。目を背けられない現実を突きつけられた気分だ。
「ハツナ、どうかした?」
「あ、ううん。何でもない」
ナップルームで夕飯を食べた後、夜風に当たろうとシャーレアンの街中に出たところ、同じくいまいち寝付けなかったらしいアリゼーと出会った。少し一緒に歩きましょうかと誘われて、そのまま知神の港の周辺を目的もなく歩く。アリゼーと二人きりで出歩くのは、ラストスタンドのコーヒーを彼女がご馳走してくれて以来だった。
夜と海が入り混じった風は思ったよりも肌寒い。初めてシャーレアンの地に降り立ったときは、直前にハイデリンと出会ったこともあって、この冷たさを感じる余裕があまりなかった気がする。冷えた風に当たっていれば頭も冷えるかも、なんて考えは浅はかだったみたいだ。
「って、さっきからこのやり取り、何度目よ。本当に大丈夫なの?」
「……うーん、どうなんだろうね」
アリゼーは怪訝な表情で首を傾げるけれど、私は曖昧に笑って返すことしかできなかった。「守ってあげてくださいね」と微笑んだアメリアンスさんの姿が脳裏に浮かぶ。歩みを止めないかぎり、仲間を、大事な人を巻き込むしかないのだろうか。目の前の彼女も、暁の仲間も、彼も――――
「言っとくけど、絶対に謝らないでよね」
「え?」
「私だけじゃないわ。アルフィノやラハ、皆にも。みんな自分の意思でここにいるの」
「アリゼー、」
すると、アリゼーは正面切って私を見つめながら、ビシリと人差し指を向けて言い張った。あまりの気迫に、思わず目が丸くなる。
「ラザハンで太守様と何を話したか知らないけど。あなたに巻き込まれたなんて、誰も思っていないんだから」
「…………そっか」
私の心は完全に見透かされていたらしい。中途半端にはぐらかしたから当然と言えば当然だ。アリゼーにも迷いがないわけではないだろう。それでも、真っ直ぐとした言葉を向けてくれるおかげで、私も幾分か救われたような気持ちになれるのだ。
「お父様とあんなことになった私が言えたことじゃないかもしれないけど。あなたにだって家族や、帰る場所があるでしょう。……月並みな言葉だけど、ハツナには幸せでいて欲しい。だから、勝手な真似をしたら許さないんだからね」
「わかった。ありがとう、アリゼー」
「絶対よ!…………本当は、まだちょっと納得いかないけど」
「え?ごめん。何か言った?」
「なんにも!さて、そろそろ戻りましょうか。夜のシャーレアンは冷えるわよ」
踵を返したアリゼーに手を引っ張られ、私達はバルデシオン分館への帰路につく。
そうか、アリゼーも幸せになってと言ってくれるんだ。これほど思ってくれる人が身近にいるのに、どうして私は私の幸せを願えないのだろう。私を引っ張る彼女の手は温かくて、どうしてだか今の私には握り返す資格なんてないと思えてしまうのだった。