アイ光守護天節2023「てっきり、狼男の仮装をすると思ったのに……」
「少々趣向を変えてみようと思ってね」
「その結果が、吸血鬼なの?」
問いかけたハツナは戸惑った表情でアイメリクを見上げている。確かに、あの流れなら狼男の仮装をすると思われていても仕方がないか――そう考えながら、アイメリクはハツナの頬をするりと撫でた。
赤ずきんを被った少女がお使いに出たところ、母親の言いつけを守らず花畑に寄り道をした結果、狼男に騙されて食べられてしまう。そんな昔ばなしが、黒衣森には伝わっているのだという。ハツナからその話を聞いたアイメリクは、守護天節の仮装にちょうどいいのではないかと提案した。提案と言えば聞こえはいいが、愛しい少女の赤ずきん姿が見たいという下心以外、何も持ち合わせていなかったが、ハツナは「いいアイデアですね」と賛同し、今日を迎えたのである。
しかし実際には、赤ずきんに仮装したハツナ――鮮やかなルビーレッドに染色したハピネスケープマントと、可愛らしいレースをあしらったサロンサーバー・スカートがよく似合っている――に対して、アイメリクは狼男ではなく、黒いマントに裏地の赤い黒い外套、牙をあしらった口当てと漆黒のスーツという、いかにも吸血鬼という出で立ちでハツナの前に現われた。
「狼男の餌食になる前に、赤ずきんを攫いに来たんだよ」
「……悪い人。助けてくれるわけじゃないんですね」
「今の私は人ではなく、悪い吸血鬼だからね」
冗談めかして言いながら、アイメリクは恭しく跪き、手を差し出した。まるで、舞踏会でダンスを申し込む紳士のように。
「さあ、お手をどうぞ。お嬢さん」
「ふふっ、なんて礼儀正しい吸血鬼さんなんでしょう」
くすくす笑いながら、ハツナが手を重ねた瞬間、アイメリクはハツナの手を優しく握りながら、そのまま彼女を横にして抱き上げる。
「一体どこへ連れて行ってくださるんですか?」
悪戯っぽく微笑みながら、アイメリクの身体に腕を回す。
「随分と楽しそうじゃないか」
「どこの誰とも知らない狼さんより、よく知っている吸血鬼さんに攫われる方がいいと思って」
「それは光栄だな。ではまず、二人きりで守護天節を楽しむとしよう」
「ええ、喜んで」
腕の中でハツナとアイメリクは額を合わせ、微笑み合う。守護天節の夜は、始まったばかりだ。