落ちた星 〜プロローグ「……本当に、この子をここに置いていかなければならないの…?」
女性はそう言いながら骨ばった細腕で揺りかごを抱きしめ、目の前の孤児院を見つめた。
暗い空の下、その女性のすすり泣く声を雨音がかき消していた。雷鳴が轟き、稲妻が白く光るたびに孤児院の朽ちかけた木造の門と夫婦を照らしている。
「この子の"星"は、あまりにも不安定すぎる。このままでは、俺たちまできっと巻き込まれてしまう!」
「でも、この子は私たちの生まれたばかりの…」
「それ以上言うな! この世界に、この子のような存在は、あってはならないんだ!」
出産したばかりで体力が摩耗しているその女から、男は必死の形相で赤子を奪い取り、戸口の屋根の下に揺りかごごとその赤子を置いた。
「…行くぞ」
「待って…もう少しだけ、もう少しだけ…!この子の顔を目に焼き付けさせて……」
女は揺りかごに駆け寄り、赤子の小さな手にそっと触れた。
「ああ、こんなにも可愛くて、指も小さくて……」
こぼれ落ちた大粒の涙は、雨と混じって揺りかごの中の赤子の頬を濡らした。
「戻れ!早くしないと、誰かに見られてしまう!」
「お願い…やっぱりこの子を連れて帰らせてください、この子の"星"が不安定なのは、きっと、生まれたばかりで怖いからよ…!」
「紫色なんて不吉な色の"星"の赤子は見たことがない!いつか街に…いや世界に災いをもたらす存在なんだ。これ以上、この子に関われば、私たちも破滅する!」
「いや! 離して! 私の子を…!」
男は女の細腕を掴み、力任せに馬車へと引き戻した。悲痛な叫び声は、むなしくも轟く雷鳴にかき消され、いくらその腕を伸ばしても揺りかごには届かなかった。
女は窓から揺りかごが小さくなっていくのを、馬車の揺れに合わせ、ただ呆然と見つめていた。やがて、その小さな揺りかごの輪郭は、暗闇の中に徐々に溶けて消えていった。
しかし紫色の怪しげな星の光だけは、最後まで女の濡れた瞳にぼんやりと写っていたのだった。