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    ジュンあん、めくるめく世界線、3歳年上の放送作家の確定失恋回 意味がわかる人だけ読んでくれたらいいです

    さよならマイヒロイン なんかちょっと、俺に似てるなって思ったんだよ。実際話しててもけっこう考え方とか近くて、楽しくて、かわいくて良い子でさ。歳下なんだけど、すごく仕事もできる。あの子と一緒に仕事するの、贔屓目抜きにしてもめちゃくちゃ楽なんだよな、よく気がつくし。なんでも高校生のときから「プロデューサー」だったらしい。珍しい学校もあるんだなあ。
     ちょっと良いなって思いはじめたのはいつだったかって、はは、難しいな。どうだろう、はじめて一緒に仕事して、その仕事が終わるとき、とかかなあ。終わらないでほしいなって思ったんだよ。もっと一緒に仕事したいって。うん、はじめはね。けっこう純粋にそれだけだった。もしくはちょっと興味があった。ほら、全体的に突飛というか、なんか面白い子だからさ。あはは、たしかに。俺の職業病かもね、そういうの。
     でさ、そのときに食事に誘ったんだよ。俺にしてはけっこう頑張っただろ? それくらい気に入っちゃってたんだな、そのときには。で、来てくれたの、あの子。ん? ああ、楽しかったよ。すごく。次の約束をとりつけるのが不自然じゃないくらいには楽しかったし、楽しんでくれてたと思うよ。話も弾んだ。俺の話をあんまり熱心に聞いてくれるもんだから俺もつい浮かれて喋りすぎちゃったりしてさ。こんなこと俺滅多にないんだよ、本当に。
     それで二回目だ。今から思えば俺があの子と付き合えた可能性が万に一つでもあったとするならば、たぶんこの時に決め切るほかなかったんだと思う。チャンスの神様は往々にしてせっかちだ。二回目のデートはクリスマスだった。もっとも、俺はともかくとして彼女はクリスマス当日にのんびりオフなんか取れる仕事じゃないから正確に言えばクリスマスの少し前なんだけど、彼女のオフの中ではいちばんクリスマスに近い日だった。そこを俺にくれたんだ。なに?あはは、言いたいことは分かるよ。でもそれは俺がいっちばん後悔してるんだからそれ以上言わないでよ。そこで日和った俺の負け。でもさぁ、だって二回目だよ、二回目って、早いでしょ……。
     言い訳をするなら、日和った理由はもうひとつある。あの子、ずっとアイドルの話をしてたんだ。俺はそれなりにプライベートの話を織り交ぜながら仕事の話もしてたんだけど、あの子はずうっとアイドルの話だった。プライベートの話を振っても、なんにも出てこない。隠してる、って感じでもなくて、まるでプライベートなんて存在してないみたいな。趣味も娯楽も堕落も知らないみたいな。高校生からこの調子で仕事してきたせいなのかなあ。だから俺、そのときにちらっと思ったんだよな。この子のなかに俺の入る隙間ってあるのか?って。
     それから彼女を食事に誘っても忙しくて、って断られるようになった。ちょっと、ねえその「あ〜」って顔やめてくれよ。俺だってしまったと思ったよ。いやでも年が明けると年度末にかけて実際かなり忙しくはなるんだよ、たぶん半分くらいは本当だったと思うよ、半分くらいは……。
     でも俺、諦められなかったんだ。クリスマスだってさ、なにか大きな失敗をしたわけでも楽しくなかったわけでもない。誘いを断るようになったんだからあの子のなかでなにか心境の変化があったのは間違いないんだろうけど、まだ完全に終わったわけじゃないって、嫌われたわけじゃないって思いたかった。だから俺はもうちょっと「片思い」を続けることにしたんだ。べつに結婚に焦ってるわけでもないしね、ダメならダメでいいし、時間がかかるなら時間がかかるでよかった。

     ――で、目ぼしい成果をあげられないままだらだらとそうやって片思いを続けて……半年とちょっとくらいかな。その頃にはなんとなく周りにも俺があの子に片思いしてるのがバレてた。最初こそ隠してたものの、外堀を埋める意味でも多少バレててもいいか、なんて打算もあったり。そうしたらさ、あるとき応援してくれる人が現れたんだ。あはは、すごいんだよ、誰だと思う?それがさ、あの「Eden」のプロデューサー……兼アイドル。ああ、そうそう!七種茨くん。すごいだろ?たまたま仕事で一緒になってさ、なんか俺のこと噂で知ってたらしくって。あとあの子と同級生なんだって。ワーカーホリックのあの子のことすごく心配してるみたいで、定期的に俺の相談に乗ってくれたりして応援してくれてたんだ。
     でね、ちょうどその時期。七種くんのアドバイスのおかげかなんなのか、あの子が一緒に食事に行ってくれることになったんだ。あれだけ断り続けてたのに、珍しく、しかも彼女の方から!そりゃ浮かれちゃったよ、はは。お店も一生懸命選んで、服だって新調した。脳内でいろんなシミュレーションしたり、話題を書き出してみたり。良い歳した男がそんな、まるで恋する乙女みたいにさぁ。馬鹿みたいだろ。あはは、笑ってくれた方が助かるよ。なに、応援してくれるって?残念、遅かったなあ。気持ちだけ受け取っておくよ。

     それでね、行って、帰ってきた。いつもどおり、当たり障りなくたのしくて、俺はあの子のことがどうしようもなく好きで、あの子はアイドルの話をしていた。あの子は切羽詰まった顔で俺を一生懸命見つめながら、なにかを自分に言い聞かせるように笑っていた。――そうして俺は、近いうちにあの子にちゃんと告白する決意をした。もちろん上手く行く確信が得られたわけじゃない、俺は限界を悟っていたんだな。それでも到底嫌いになれるわけじゃなかったよ、だって何もない。俺たちの間には、何も起こってはいないんだ、起こらないんだ。嫌いにさえならせてもらえないんだ、俺はさあ。

     ちょうどスケジュールが被っていたエステレでの朝の空き時間、空いたスタジオにあの子を呼び出した。手を握って、好きだって伝えて、できることなら交際したいと言った。返事なんて永遠になくったっていいや、だとか思ったりしながら、返事はまた今度でいいから、って逃げようとした。そうしたら、ドアが開いた。まだ誰も来ないはずのスタジオの重たいドア。見られた。
     ――はは、ねえ誰がいたと思う?ヒントは今日のニュース。そうそう、当たり。あはは、良いリアクション。だから俺は今この話をしてるんだよ。

     漣ジュン。そこにいたのは「Eden」の漣ジュンくんだった。俺はしまったな、気まずいな、とだけ思いながら、ちらりとあの子の顔を見た。俺はその顔を見て、息が止まった。全部わかった。漣くんはお幸せに、と言い残してバタンとドアを閉めた。見開かれた海色の瞳。思いの丈を伝えた俺に向けていた彩度の低いぼやけた困惑よりずっと鮮烈でずっと鋭利な激情が、その瞳に宿ってた。絶望の色だった。見たことのない色だった。ああ、ああ。漣くんのあの引きつった顔。覚えがある。今の俺はきっと彼と同じ顔をしてるんだって思った。漣くんのことは仕事以上には知らないし、彼とあの子のつながりも知らない。でもその表情はなによりも雄弁だった。証左だった。あの子にしたっておんなじだ。或いはそれは、同じ感情を持つものとしての共鳴なのかもしれない。
     ねえ、君なんだろ。そうか、君なのか。そうか、そうか……。

     俺って、あんまり嫉妬とかしない方だって思ってた。この恋の最中だって、俺は一度もあの子の周りに嫉妬なんかしなかった。あの子は主に男性アイドルのプロデュースをするんだし、いちいち気にしてたらキリないだろってさ。俺も仕事柄女の子……女優やモデルの子と話すこともけっこうあるけど、そういうのいちいち嫉妬されちゃたまんないし……いやまあたぶんそれもきっとかわいいけどね、でも仕事は仕事。高校だってあの子はほとんど男子校みたいなところにいたんだったらお友達に男が多いのも仕方ない。他人は他人、俺は俺。とにかく俺は俺のことをそういう気持ちの良いやつだと思ってたんだよ。でもさぁ、違ったんだな。俺があの子のことに関して他の男に嫉妬しないでいられたのは、あの子がアイドルをアイドルとしてしか見てないからだ。仕事仲間を仕事仲間としてしか見てないからだ。だから、でも、これはちょっと、堪え難い。あの子があいつを、あいつが閉めたドアを見つめるその眼差し。腹のなかの臓器のすべてが切り刻まれてその機能を失ったような、熱を帯びた痛みと息苦しさが駆け巡った。嫉妬だった。鮮烈な、これは嫉妬だ。
     ずるい。ずるい。ずるい。なんだよ。女神様だなんて呼ばれてたって所詮は人の子、結局人気アイドルに迫られたらころっといくのかよ、とか、プロデューサーがアイドルに手を出すのかよ、とか、つーかプロデューサーを誑かすアイドルの方が問題だろ、とか。そうだ、あの子は良い子だから、あいつがぜんぶ悪いんだ、とか。きっと騙されて遊ばれて捨てられるだけだから俺のほうが君にやさしくできるはずだ、とか。ね。いろいろ思った。いろいろ思ったんだ、あんまり綺麗じゃないどろどろしたことを。でも口には出さなかった。唇を噛んで、ぐっとやり過ごした。俺よりずっと憔悴し切ったちいさな女の子が、俺の好きな女の子が、目の前にいたから。
     「返事、やっぱり今聞かせて」って、俺は言った。彼女がはっと、俺の顔を見つめた。まだ何か言い淀んだまま口を開けずにいたから、俺はすこしだけ苛立ちながら、あとほんのすこしだけ泣きそうになりながら、言葉を重ねた。「ちゃんと振ってよ。ねえ、急いでるんだろ」。
     それからゆっくりと震える唇をうごかした彼女が、俺の片思いをそっと殺した。言い訳するように、取り繕うように、あなたはとっても素敵で、あなたの恋人になるひとはとっても幸せだと思う、と続けた彼女に、ずいぶんひどいことを言うね、と微笑んでみせると、彼女は泣きそうな顔で俯いた。俺はその頭を撫でることもしないで、一歩後ろに下がった。
     さっきの子、漣くん、たぶん九時から収録だよね。スタジオ空いたよって教えてあげてくれるかな。勝手に空いてるって思っててごめんね、って言っておいて。それじゃあね、ありがとう。俺はできるだけ声が震えてしまわないようにそう言い残して、しずかにスタジオを出たんだ。


     ――なんで突然こんな話を、って? いや、ちょうどニュース見たら思い出してさ。そうそう、さっきの速報。人気アイドル「Eden」そして「Eve」の漣ジュンが結婚、お相手は一般女性!?ってやつね。まったく、今日まで俺がずうっと黙っててあげたこと、ほんと感謝してほしいよ。うん、一般女性ってことになってるけど、あの子だよ。あんずさん。俺が好きだった人。あはは、負けたのがあの「王子様」なら俺もちょっとは同情してもらえるかな。なんてね。まあ実際あれだけ格が違う男に出てこられたら悔しくもないっていうか……なあんて、ね。はは……。

     ……いや悔しかったに決まってんだろ!!!!

     あーあ。好きだったなあ。
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