ひみつのお酒 三人集まって食事をしたり酒を飲むことは元々珍しくなかったが、最近ではゲームの中でも現実でも揃って遊ぶことが増えていた。
「雁首並べてやる必要ねぇのによ」
ゲームの中では三人揃うのだからリアルで集合する必要はない。けれどどうせなら三人一緒の方が面白いというだけだ。今夜は理鶯の野営地にそれぞれゲーム機を持参して集まっていた。
始まったばかりの限定イベントをクリアしたところで一息つき、次はどこかでクエストに挑戦するか、なんて言いながら理鶯の特製おつまみを食べつつ酒を飲む。
「今日はこれを少し開けよう」
そう言って理鶯が寝床にしているテントからいそいそと大事そうに抱えて持って来たのは一本のボトル。ラベルはなく、濃い色の遮光瓶のため中身がわからない。
「なんです、それは」
「小官が漬けたハーブの酒だ。ちょうど飲み頃なのでね」
「あなたのハーブティーも美味しいですから、期待が膨らみますね。いただいても?」
「ああ、もちろんだ」
理鶯は嬉しそうに笑ってボトルを開封した。ハーブ酒というと薬膳酒のようなものを想像していたが、香りが実に清々しい。まるで生のハーブで今作ったばかりのハーブティーのようなフレッシュな香り。しかしショットグラスに垂らした液体は濃密で美しい琥珀色をしていた。
「…っこれは」
香りを確かめ、一口。銃兎は驚いて口を押さえた。アルコール度数がめちゃくちゃに高いのだ。カッと喉から腹まで熱くなる。が、すぐに甘さとさわやかさに包まれてなんとも癖になる味だ。
「うめぇなこれ」
左馬刻も気に入ったようだ。二人がおかわりを求めると彼女は少しだけ注いだ。
「アルコール度数が高いので何かで割った方がいいのだが」
「なんでしょう、この刺激も含めて癖になりますねぇ、これは」
「つまみとも合うわ」
「それはセミだ」
「ぶはっ!」
「お、おお、そうか…うめぇよ」
「うん、よかった」
理鶯は嬉しそうだった。
水か炭酸で割るべき代物だとわかっていたが二人があまりに美味いと言ってくれるので少々、飲ませすぎてしまった。理鶯はボトルに栓をした。
「二人とも、水を飲んでおいた方が…」
「理鶯」
水を取りに行こうとした理鶯の腕を左馬刻が優しく掴んで引き寄せる。触れた手が異様に熱い。
「左馬刻、水をとってく…」
「理鶯」
掠れた小さな声。それはベッドの中で囁く音にとてもよく似ていて、理鶯の胸の奥がきゅうと苦しくなる。この声が好きだ。この声で名前を呼ばれながらめちゃくちゃにされるのが理鶯は一番好きだった。左馬刻の手から熱が伝播していくようだ。
「理鶯、かわいいな」
ふ、と息をついて左馬刻は柔らかく笑った。優しく、一切の気負いもなく、抱えた重みも痛みも忘れた風に。年相応、あるいはより若く幼く見えるくらいに自然で優しい笑顔だった。赤い目が理鶯を見る。獲物のように、奪い取ろうとするようにではなく。まるで家族や恋人を見るような慈愛に満ちた赤い色で。理鶯はたじろいだ。左馬刻という男に内包されているものが剥き出しになっているように感じられた。鎧も武器も持たず、ただ一人の青年となった左馬刻の紡ぐ言葉は稚拙だったが理鶯には効果的だった。
「かわいい」
「左馬刻、やめてくれ」
「なんで。理鶯、こっち。こっち見て」
理鶯が顔を背けると左馬刻は手を伸ばし、顎を掴んでゆっくりと視線を合わせようとする。見つめて微笑む。ただそれだけだ。けれど理鶯は動揺していた。
「理鶯、やだ? こっち見んのいや?」
「…いや、では…」
「理鶯」
柔らかく両手で頬を包み込み、上向かせて左馬刻は額を押しつけた。
「かわいい」
うっとりと笑う左馬刻に耐えかね、理鶯は銃兎に助けを求めた。
「じゅ…」
だが隣にいるはずの銃兎はいつの間にか横になって寝入ってしまっていたのだ。
「だーめ。こっち」
横目で銃兎を見ようと首を動かしたからまた左馬刻に捕まえられてしまう。困る。こんな風に触られるのは困る。大事にされていることは知っている。けれどこれは。これではまるで。
「さまとき」
泣きそうな声が出てしまって理鶯は唇を嚙んだ。自分たちの間にあるものは形にも言葉にもならない。それでいい。だからこんな風にしないで。
「んっ…」
左馬刻の唇がゆっくりと触れ、理鶯の息を奪った。じわじわと深まるキス。舌はいつもより我が物顔で理鶯の小さな口内を暴く。
「あ…」
声が漏れると左馬刻は笑って理鶯の首筋にキスをし、それから胸を服の上から強く掴んだ。がぶ、と首に噛みつかれていつもより痛みを感じて理鶯は震える。
「左馬刻…?」
「ああ…かわいいなぁ…理鶯…」
左馬刻の声は低く掠れていた。こちらを見上げた赤い目がいつもより凶暴な色で輝く。ぞく、と背が震えた。
「食っちまいてぇ」
大きく開いた口から覗く鋭い牙。いいぞ、と答えたのに左馬刻はそのまま理鶯の胸に突っ伏して眠ってしまった。酔いでタガが外れたのかそれとも本心が出たのか。とりあえずこのハーブ酒はまた当分封印だ。案の定、目覚めた二人はすっかり記憶を飛ばしていた。
終