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    tyoko178iv

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    1話✳︎果音サイド 照準を合わせ、引き金を引く。鋭く空気を裂きながら、銃弾は正確に的の中心を射抜いた。
     ヘッドフォンを外し一息つく。射撃練習を始めてすでに数時間が経過していたが、身体の疲れはなかった。ドクターとの約束の日まで時間がない。それまでに、コンディションを整えなければならなかった。

    「もうすぐ試験だけど、ちゃんと対策してる?」
    「ここ最近は徹夜かな〜でも、パートナーの調子は絶好調!これなら実技は余裕で合格できそう!」
    「どうせ筆記試験は一夜漬けなんでしょ?」
    「過去問解いてるから余裕だよ!」
     
     練習場に甲高い声が響く。思わず目をやると、銃を手に取った見習い兵士が手持ち無沙汰な様子で談笑していた。練習用の銃とはいえ、あのように雑に扱えば多少なり危険は伴う。
     それを注意する気は始めからなかった。だが、目線を逸らす前に、見習い兵士の方が此方の視線に気づく。

    「うわ、果音じゃん」
    「アレが噂の精霊嫌い?」
    「まぁ、精霊どころか人間からも嫌われてるよ。あんまりいい噂聞かないんだ…なんでこっち見てるんだろ」
    「気味が悪いね…早く行こ」

     足早に去っていく彼女たちを果音は咎めなかった。そも、反論する気もないが。何より果音が恐れたのは、兵士たちの後ろにいる揺らめく光体の鋭い目線……精霊だ。
     生命力に飢えた眩しい目を見ると酷く体が震え、息ができなくなる。これが先程言われた精霊嫌いの所以だ。
     暫く身を縮こませていると、鋭い目線の気配が消える。ようやくいなくなったようだ。噛み締めた唇を弛め、細くなった息を整える。

     人と精霊は体に刻まれたシジルを通し契約し、ある時は友として、またある時は主従として互いに協力して生活している。人は精霊から人智を超えた力を引き出し、精霊は人から溢れんばかりの生命力をもらう。この荒れ果てた世界で、人が生きながらえているのは精霊の助力があってこそだ。 

     それならば人にも精霊にも馴染めない自分は、この星の生き物ではないのだろうか。少なくとも、軍部には自分のような人は見当たらない。

     顔をあげると、また眩い目線を感じてしまうかもしれない。恐怖心を押さえ込むようにヘッドフォンをつけ、再び銃と的に向き合った。
     冷たく物言わぬ鉄の塊が、唯一の拠り所だ。だが、その生活も間もなく終わりを告げようとしている。

    ◇◇

    「次の試験に受かったら軍部を出て行く……そう言ったのかい?果音」

    「はい、ドクター」

    驚いたような声とは裏腹に、ドクターと呼ばれた人物……アイザックは、穏やかな微笑みを浮かべていた。彼は果音の主治医で、記憶のない果音にとって親代わりでもある存在だ。
     今日はカウンセリングの時間だったが、これ以上話すことはないと言わんばかりに、果音は口を閉じる。

    「たしかに精霊と契約していない兵士が、試験に合格するのは難しいだろう。それでも、君の実力なら特別枠の昇級も認めらるだろう?今まで頑張ってきたじゃないか」

    「私の意思ではありません。ドクターが言うまま、課題に取り組んできただけです。私は……この世界で生きて行くことに疲れました。せめて、最後くらいは結果を残していきます。それが、貴方への恩返しになれば……」

    「そうか……それなら、君の選択を受け入れよう」

    意外にもアイザックが早くに折れたため、果音は怪訝そうな顔で彼を見つめる。

    「君の意思に変わりがないのなら、君を軍部から出してあげよう。そこからどうするかは君次第だ。果音」

    「……ありがとう、ございます。ドクター。約束、守って下さいね」

    「勿論だよ、愛しい僕の息子よ」

     大きな腕が果音を包み込む。虚な目で、果音はそれを受け入れていた。アイザックの愛は、果音にとって唯一与えられる人の温もりであった。それすら最早未練ではない。最も簡単に、数日後の果音は手放すことだろう。


     数日後……昇給試験の日がやってくる。
     絶対に合格すると、必死に試験に臨んだ。筆記試験は勿論、実技も人間が出せる上限の点数を叩き出したつもりだった。周囲にどれだけ疎まれようとも関係がなかった。

     だが、それがいけなかったのだろう。普段なら事前に回避できるような悪意ある悪戯にすら気づくことができなかった。最終試験の会場をすり替えられてしまったのだ。精霊と契約していないのにも関わらず、契約者たちと同じ会場に送り込まれてしまった。試験が始まってしまった以上、一度中断すれば失格扱いとなってしまう。本来なら、もっと早くに申し出るべきだったが、また精霊の目線を感じてしまい動けなくなってしまっていた。

     ここで諦めてしまえば、約束を果たせなくなる。肺が潰れたように苦しい、酸素の取り込みが悪いせいで視界が霞む。立つことが精一杯だった。

    「俺、カタバミ!まだ誰とも組んでないならさ、俺と組もうぜ!」

     思わず目をやると、快活な少年が自分に手を差し伸べていた。
     こうした時、果音はどうすればいいか分からなかった。だが、この機を逃せば自分は失格になってしまう。混沌とした思考が少しずつ晴れてくる。
     なんとか首を縦に振ると、カタバミと名乗った少年は嬉しそうに顔を綻ばせた。
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