今、僕は人生最大と言ってもいいほどの危機を迎えているかもしれない。
隣にはクークーと寝息を立てているテメノスさん。
……そして厄介なことに現在進行形で恋心を抱いている相手でもあった。
そんな人が僕のすぐ隣で呑気に寝こけているのだ。
(こんな状況で眠れるわけないだろう……!)
脳内で理性と煩悩が終わりのない真っ向勝負を繰り広げていた。
遡ること数時間前。
たまたま異端者の疑いがある人物を審問するために、僕とテメノスさんはとある町へとやって来た。
だが、一日中聞き込みをして探し回っても目当ての人物は結局見つからず、もう夜も更けてきたので、この日は宿に泊まってまた明日聞き込みをしようということになった。
そこまではよかった。そこまでは。
その町唯一の宿屋の主人の口から出た言葉は、
「あいにく一部屋しか空いてないんですよ」
との事で、少し狭いけど備え付けのソファでなら寝られないこともないそうだ。
「…………」
この町に到着するまでの道のりを思い返してみる。
ここに来るまで森の中を通ったし、道もかなり入り組んでいた。土地勘も無かったせいで、二人でかなり歩き回るハメになった筈だ。
僕はともかく、テメノスさんをそんな場所で野宿させるわけに行かず、結局は承諾してしまった。
思わずチラリとテメノスさんを見ると……、特に気にする様子はなく、いつもの笑顔を浮かべているだけだった。
案内された部屋に入り、甲冑を外す。
当然テメノスさんはベッドに寝るように促して、僕はブランケットを持ってソファに横になろうとすると。
「何してるんですかクリック君。君も一緒に寝るんですよ」
ココで。とテメノスさんは自分の隣をポンポンと叩く。
「!?……はぁ!?貴方と一緒のベッドで寝ろってことですか!?」
「だって、別々になるよりこうやって一緒に寝た方が安全でしょう?」
……そう言われてしまったら僕は何も言えなくなる。
いざって時はちゃんと起きるから大丈夫ですよー、と言って、テメノスさんはそのままあっという間に寝ついてしまった。
……で、今に至る。
(ていうか……、いくらなんでも警戒心無さすぎじゃないか?)
ここまで無防備だと、信用されてるというより男として見られてないんじゃないかって、悲しくなる。
ん……と微かな寝言が聞こえ、チラリと隣を見る。
普段は、本心かどうかわからない貼り付けたような笑顔を浮かべているテメノスさんだが、今は眠っているせいかいつもより少しあどけなく見える。
海と空の色をそのまま映したような青い瞳は今は閉じられ、思ったよりも睫毛が長いことに気がつく。
いつも僕の名前を呼ぶ唇は、微かに開いて──。
(…………少しくらいなら、起きない……かな?)
気がついたら、吸い寄せられるように僕とテメノスさんの唇が近づいていって。
「ん……」
二人の唇が重ね合った。
すぐに唇を離し、我に返ってテメノスさんの様子を窺うが、どうやら目を覚ましてはいないようだ。
(もう少しぐらいなら……)
止まらなくなった僕は、彼の唇だけに留まらず、頬に、瞼に、首筋にと口づけを落とす。
「はっ、はっ……」
すっかり熱くなった体が求めるままに、僕は口づけだけじゃなく、テメノスさんの衣服に手をかけようとしていた。
その瞬間。
ガシャーーーン!
「!?」
「ふぇっ!?なんですか!?」
外から何かが割れる音と、数人の男達の怒鳴り声が聞こえてきて、テメノスさんは目を覚まし、僕はこの一瞬のうちに自分のしたことに気がついて、飛び退いていた。
「なんでしょう今の音……、……あぁ、酔っぱらいがケンカしてるみたいですね……って、クリック君?何してるんですか!?なんで壁に頭打ちつけてるんですか!?」
「……何でもないです。ちょっと壁に虫が止まってまして」
「……頭突きで虫つぶしてるんですか?」
***
数年後、色々あってめでたくテメノスさんと恋人同士になり、ちゃんと口づけを交わした時に「キスしたの初めてですから……、なんか緊張しましたね」と言われた時、思わず土下座しそうになったのだった。
END