「ですからクリック君は~、と~っても可愛いんですよー」
「はぁ、そうなんですか……はぁ」
酒が入って少々呂律の回らない口調で上機嫌に惚気ける目の前の男性に、俺はもはや曖昧に頷くことしか出来なかった。
取材のために話を聞きに来ただけなのに。
なんで俺は今こんな酔っぱらいの惚気を延々と聞かされているのだろうか。
そんな俺の胸中など知ったことかとでも言うように、目の前の神官サマはクリック君が可愛いだの、カッコイイだのヘラヘラ笑いながらくっちゃべっている。
「あ、そうそう。この前もですね、知り合いから怪談聞いたんですけど、その日の夜ずっと私にギュッと抱きついて離してくれなかったんですよ~」
うん知ってる。
だってその話これで5回目だからね?
俺はあまり売れていないが一応、作家である。
先日、聖堂機関への取材でストームヘイルへとやって来た時、たまたま目の前の彼ことテメノスさんをみつけた。
異端審問官テメノスさんと言えば、前聖堂機関長カルディナが引き起こした一連の殺人事件の解決に一役買ったということで、俺達の業界ではかなり有名な人物である。
ここは是非とも彼の話も……と、明らかに迷惑がっているテメノスさんにしつこく食い下がっていたら、
「テメノスさんに何をしてるんですか?」
金髪の青年──聖堂騎士クリックに肩をガシッと鷲掴みにされた。
……あの時は肩が砕けるかと思いましたハイ。
我に返ってテメノスさんに平謝りした時に気づいた。
二人の薬指にお揃いの指輪がはめられていることに。
もしかして二人はそういった関係なのだろうかと、恐る恐る尋ねたら二人とも否定したりお茶を濁したりすることもせず、アッサリと結婚していることを教えてくれたのだ。
その時、俺の頭上にパッと明かりがついたかの如く閃いた。
今度の新作……、この二人をモデルとした男同士の恋愛モノにしよう!と。
断っておくが、決して面白おかしく書き立てて彼らを笑いものにしようとかいうつもりではない。神に誓って、だ。
ソリスティアではもう珍しくないが、外の大陸では同性愛というのはまだまだ少数派な国もある。だから俺の書いたこの本が、そんな人達の心に響けば……。そんな願いを込めて今回のテーマに決めた。
……それに、ぶっちゃけこの二人の馴れ初めは下手なドラマよりドラマチックだ。
さっそく取材の約束をとりつけて(本人からはかなり渋られたが)、とある町の酒場で待ち合わせをした。
ちなみにどうして酒場なのかと言うと、単純に酒が入れば素面の時は話してくれないようなことも、うっかり喋ってくれるかもと思ったからだ。
……あ~~~、あの時の俺を殴りたい。
結果は、このとおりただ惚気けやら自慢やらを垂れ流すだけの場となってしまった。
……もう今日は諦めて、また日を改めた方がいいかもしれない。
だって「好き」だの「愛してる」だの「クリック君可愛い」だけで半分以上のページ埋まるもんコレ。
「ちょっとテメノスさん、飲みすぎですよ」
そうこうしてる間に救世主……じゃなかった、クリックさん登場。
「約束の時間となったので、テメノスさんを迎えに来ました。……構いませんね?」
えぇ、構いませんともよ。早くこの酔っぱらい連れて帰ってくれ。
「ホラ、テメノスさん。歩けますかー?」
「あるけないですクリックくんがおんぶしてくれなきゃかえれません。ついでにちゅーしてください」
「ハイハイ、ちゅーでもなんでもしてあげますからねー、お家に帰りましょうねー、……それでは僕達はこれで失礼しますね」
テメノスさんの駄々を聞き流し、大の大人を背負ってペコリとお辞儀をしながらクリックさんは酒場をあとにした。
さて。
一人残された俺は、残りわずかの酒をグイッと飲み干して、今回の取材で得たことを簡単にまとめてみた。
『とりあえず、クリックさんとテメノスさんの二人は、大変仲睦まじいようだ。以上』
…………担当から般若のような顔でボツにされる未来しか見えなかった。
***
道中、クリックの背中におぶさりながら、テメノスは上機嫌に口を開いた。
「クリックく~ん」
「なんですか?」
「クリック君はカッコイイです」
「ありがとうございます。テメノスさんは綺麗ですね」
「優しくて誠実ですし、いつも誰かのために一生懸命ですし」
「それはテメノスさんも同じですよ」
「君と一緒に暮らせて、私は今すごく幸せです」
「えぇ、僕もです」
「だから……もう私を一人にしないでくださいね」
「……はい、ずっと一緒に生きていきましょう」
テメノスは満足気にフフッと笑いながら、心地よい揺れに身を任せるように瞼を閉じた。