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    msyesterday_029

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    msyesterday_029

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    2021.02.03

    難破船 あ、バッド入る。
     アンは帽子を目深に引き下げると、道端のビルの壁にもたれてゆっくりと深呼吸をした。心が記憶に引きずり込まれる方へと傾く時、大抵は抗うすべなどないが、なにしろ往来で倒れるのは避けたい展開であるから、少しでも先送りにしたかった。
     ココじゃダメ。どこか、トイレの個室、とか。人目につかないところまで。自分にそっと言い聞かせて足を動かす。網タイツとラウンドトゥが目に入る。それでわずかに安心する。そこに、アンが選んだ愛するものがある。
    「おねーさん具合悪いの?」
     ──良かったらさ、そこのカフェまでエスコートさせてくれない?
     そう嘯く甘い声が聞こえると同時に、明るいコーラルが視界の隅で揺れた。
    「なんちゃって」
     目をやる先で知った顔が笑う。悪漢奴等の〝REOくん〟──円山玲央。にっこり笑って自分を見上げる少年に驚きと共に意識が向いたことで、今にも心を呑み込みそうだった波がにわかに引いていく。アンはアンの手を待つかたちに差し伸べられた幼い手へ目をやり、玲央のセリフには応えず口を開いた。
    「……REOくん」
    「そ! 悪漢奴等のカワイイ担当、REOくんですっ」
     決めポーズらしい動きをしてからアンへ顔を寄せ、「ね、ホントに座った方がいいよ」と囁く声はやはりむやみに甘い。服の下で冷たい汗が肌を伝っていく感覚がした。
    「あのお店。甘いものも甘くないのもあるし、喫煙席あるよ。どう?」
     肩をすくめるように体で店を示す。アンは喫煙席というワードにつられて件のカフェの方へ一瞬向けた視線を、目を細めた玲央に戻して、細いため息と共に手に手を重ねた。
    「……乗った」
    「やったぁ♡ じゃ、行こっか?」
     下から包むようにアンの手を握った玲央がそのまま歩き出すのに抗わずついていく。変なことになったなあ、と思う。

    「タバコ平気なの?」
     着けてから聞くことじゃなかったな。
     煙をゆっくりと吸って吐き、多少落ち着いたことで思い当たってそうたずねたアンに、慣れた手つきでメニューを繰る玲央がまた笑う。
    「すっごい顔に出るんだね、アン。大丈夫だよ。僕から言い出したことじゃん?」
    「そうだけど……」
    「てかさ、アンって呼んでよかった?」
    「どうぞ」
     玲央は笑顔を絶やさず「じゃ、僕のことも玲央って呼んでね」と言い、開いたページを手で示した。ついでのように、テーブルに置かれたアンの手にさらりと触れていく。
    「あったかいのがいいよね」
     優しい声が言った。
    「フルーツティー、ホットもおいしいよ」

     インフルエンサーの若者をゲストとして招いて〝イジる〟情報番組内の短いコーナーの撮影帰りだった。BAEの共同生活の話題を挟んでアンが料理音痴であることを拾う、そういう触れ方をされることに特に文句はなかったし、どういうわけか上手くいかない調理の様子を放送されてコメントされることも気にならなかった。
    「アンちゃん、実家にいた頃全然料理とかしなかったの?」
     風向きが変わったのはスタジオでそう聞かれてからだ。会話の流れで家事はすべて母親が行っていたことを明かすことになり、案の定〝甘やかされて育った世間知らずの子ども〟というかたちで話が運ばれていった。表情を崩すことはなかったが、同コーナーに若者代表としてレギュラー出演しているタレントは何か察したのか撮影終了後にアンへ声をかけてくれた。いくつかのSNSで相互フォローだったために、投稿に血縁者の影が一切ないことを思い出したのかもしれない。
    『いやーでもマジでやらせない親もいますからね、子どもが自分でできるようになんのがイヤみたいな……』
     撮影中にそのタレントが一言挟んだそれが真実と言えば真実だった。アンは気遣う言葉に短く礼を言ったあと、トイレでメイクを直して帰路についた。起こったことで言うならばそれだけだった。

     とりとめのない会話をしながらガラスのポットが二人の間を何度か行き来し、中で紅茶に漬けられていた果物が残らずさらわれた頃、ポットと揃いのティーカップをソーサーに戻してアンは切り出した。
    「REOくんって」
    「れ〜お」
    「……玲央、こういうことよくやってんの?」
    「デート? うん、割と」
     デート。
     一語目で一旦立ち止まったアンをそのまま置き去りに「仲良しのおねーさんと遊んだりー、誰も捕まらなかったらナンパしてみたり」と言いながら、玲央はホイップとココアパウダーがトッピングされたホットドリンクをストローでいじくる。ガラスのポットの蓋を戻してカップへ紅茶を注ぎ、世慣れた振る舞いの正体にひとまず納得をしてアンはうなずいた。
    「ふぅん……まあ、ありがとう。助かったし、ココ、初めて来たけどイイ感じ」
    「ん? へへっ、そう?」
     よかった、と答えて細められた目から言葉以上のものは感じない。少し首をかしげて優しく目を細める、そのしぐさが誰かと似ていて、アンは思わず「うわ、それ」と口に出した。
    「何?」
    「オーナーにすごい似てた、今」
    「えぇ? アニキ?」
    「うん。兄弟だねやっぱり」
     話の運びの器用さや人は選ぶだろうがスレスレで不快にならない程度の強引さ、人懐っこそうな笑顔の一方で時折底の見えない目をするところ──短時間でも玲央が、依織に似たところのある子どもなのはよくわかった。もしかしたら単に依織個人にというだけではなく、そもそも生き方を同じくする人種という意味で似ているのかもしれないが。
    「……そんなこと初めて言われた」
     玲央は短く黙ったのちにもごもごとそう言って自分のマグカップへ目を落とした。話しながらコロコロと表情を変えていた玲央の、本気で照れているらしい頬の赤みと困ったような眉間のしわを眺めながら、アンは共有している──季節限定らしい──スモアパンケーキにフォークを刺す。
    「言われないんだ」
    「ん〜……アニキと僕じゃ、交友関係? 被んないし」
    「ああ、そっか」
    「……、ありがと」
     うつむくような角度から上目づかいで小さく言われて苦笑する。少なくとも店でなら人を楽しませ〝愛される〟ための手管にかけて誰にも負けるつもりはないが、自分が素でいる場で目の前に愛されることに長けた生き物が現れると、戸惑うようなくすぐったいような心地がした。アンにはその瞬間の玲央に作為のないことがわかったから、なおさらだった。
    「そんな照れる? カワイイとこあるじゃん」
    「だって嬉しいもん……似てる、似てるかあ……」
     ふにゃふにゃと頬を緩ませる、肌に表出される素直さが見ていて好ましかった。表情にはいくらかの意図を感じる瞬間もあるが、顔色を偽ることはない。てのひらが隠れる長さのカーディガンの袖口を頬に当て、「そういえば」と玲央はふと言う。
    「48、あれから元気?」
    「夏準? うん、なんかすっかり……」
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